第12話
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
千鶴の長い一日は終わろうとしていた。
「皆さま、ごきげんようでしたっ」
掃除を終えると教室を出る。
「ごきげんように過去形はいらないの」
後から出てきた結希さんは笑いながら指摘した。
「あはは、ついつい」
「ま、ゆっくり慣れましょ。ところで見学、やっぱりいかない?」
「うん、ごめんね」
新聞部はさっそく今日の放課後に見学会を開くらしい。
掃除の前、結希さんに一緒に行こうと誘われた千鶴は「折角だけど」と断った。サービス精神あふれる突撃記事の数々は確かに面白いけど、自分にそんな取材はムリだし、何より今は気が乗らなかった。
結希さんと別れた後、千鶴は別館にある図書館へと向かった。
今日最後の、そして一番重要なことをするために。
この水色の日記帳は私には重すぎた。
結論が出ているのなら返事をしなくちゃ、結希さんの言うとおりに速やかに――
図書館は思ったより広くて、曲線的でお洒落な長机が目を引いた。
ファッション雑誌や旅行のムック本もあったりして、千鶴は一目で気に入った。
人もまばらで、誰もが静かに読書や勉強に勤しんでいる。
千鶴はお洒落な長机を尻目に一番奥で隅っこの小さな机に陣取った。
腰を下ろして目を閉じると、めまぐるしい今日のことが思い出される。
靴箱の前で胸が高鳴った瞬間の、心が弾ける感覚。
だけど、万里子さんはあまりにも私と違う人。
私なんかが先輩に、憧れの存在になれるなんて思えない。
期待に添えるなんて出来っこない――
もう一度、心の中で確かめる。
(初めから「憧れ」なんてなかったんだ――)
一大決心をして、自分で選んだこの学園で、自分に嘘はつきたくない。
そんなの、お母さんもきっと悲しむ――
千鶴はふと、母の言葉を想い出した。
「千鶴はもっと甘えてもいいのよ。今はまだ甘えていいの。だって大きくなって、例えば高校生のお姉さんになったら、もう甘えられなくなるでしょう?」
そう、いつの間にか自分も高校生、もっとしっかりしなくちゃ。
自分でちゃんと結論を出さなくちゃ。
閉じたを目を開ける。
筆箱から黒ボールペンを取り出す。
ノックの音がカチャリと鳴る。
学校説明会でもらった粗品のプラスティック製ボールペンは、見た目は安物でも書き味はなかなかのお気に入り。鞄から水色の日記帳を取り出し、青インクでしたためられた言葉を暫く見つめた千鶴は、ページをめくると大きく深呼吸をした。
万里子さん
交換日記のお誘いありがとう。
すごく嬉しかったです。
でも、わたしに家庭教師は出来ません。
万里子さんの優しい気持ちだけいただきます。
せっかくのお誘いなのに本当にごめんなさい。
そして、ありがとう。
高等部一年月組 立花千鶴
追伸 裏表紙のくまさん、とても可愛いですね。