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ゆりたちの交換日記  作者: 日々一陽
第1章 みずいろの贈り物
10/35

第10話

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 流れるような筆で「部活動説明会会場」と書かれた立て看板。

 体育館に入ると椅子が整然と並んでいて、流麗なピアノの調べが聞こえてくる。

 旋律は賛美歌「いつくしみ深き」。

 令女に来てまだ5日、公立中学出身の千鶴ですら聞いたことがある有名な曲。

 見ると、小さく口ずさむゆりもいる。

 さすがはカトリックのお嬢様一貫校、賛美歌が鼻歌になるのだ。

 席はクラスで分けられていて、その中では自由に座れる。

 千鶴は絵里花さんと並んで最前列に腰を下ろした。


「真面目なんだ」

「あらそう? ここなら前に障害物もないし、一番近い特等席よ」

「そうですね。ありがとうございます」


 お礼を言いながら、千鶴なら絶対に最前列は選ばないだろうと思う。


「きっと面白いわよ。だから居眠りの心配もないし」


 くすりと笑う絵里花さんに釣られて千鶴も笑った。


(見た目だけじゃなくて中身も魅力的な人だなあ――)


 自分を俗物認定している千鶴は、彼女との違いにため息を漏らす。


「お気づきになって? このピアノ」

「賛美歌の、えっと、なんとか、ですよね」

「賛美歌312番、いつくしみ深き」

「すごい、番号まで覚えてるんだ」

「試験には出ませんけどね」

「いい曲ですね」

「ええ。でも気になるのはそこじゃなくって、弾いてる人ですわ」

「弾いてる人?」


 ピアノはステージの方から聞こえてくるが、幕が下りていて奏者は見えない。

 ただ、素人の千鶴にも上手い演奏だと言うことだけは分かる。

 音の粒が際だってキラキラ輝く宝石のようだ。


「これ、弾いてるの、万里子ちゃんですわ」

「万里子ちゃんって、姫さま?」

「ええ」

「どうして分かるんですか?」

「こんなピアノを弾けるのは令女にもそうそう居ませんもの」

「すごくお上手なんですね」


 千鶴は、ふと昼休みの出来事を思い出した。



 ―― ご自分でお決めになったら? 私だって忙しいの ――



「ひとつ聞いても良いですか?」

「ええ、私に分かることなら何でも」

「絵里花さんは、去年のクララ会役員だったんですよね」

「恥ずかしながら」

「クララ会役員って忙しいの?」

「時によるわね」

「たとえば、今日だったら?」

「今日はとっても忙しいはずよ。このイベントはクララ会主催だもの。予め出来ることは全部やってしまっても、会場の設営とか機材持ち込みとかは当日しなきゃいけないし、トラブルも結構発生するの。出席者が休んだり準備物が揃わなかったり。急に演出変えたいって言い出すゆりもいたわね。だから役員は満足にお昼も食べれないわ。私も去年はジャムパン咥えて走ったもの」

「絵里花さんが?」

「はしたないでしょ? 下手したらシスターに捕まってお説教ものよ」


 苦笑する絵里花さんを見ながら、もしかしたら、と千鶴は思った。

 昼休みに見た光景、私は偏った見方をしていたのかも――


「それにしても万里子ちゃん、張り切ってるわね」

「張り切ってる?」

「ええ。見たでしょ、入り口の看板、あれも万里子ちゃんの字だわ――」


 壁時計は開始3分前を指している。

 もう、座席はほとんど埋まっていた。

 気がつくと、さっきまで流れていた賛美歌は終わり、聞き慣れたヒットナンバーが演奏されていた。


「あら、万里子ちゃんって、ポップスも弾くのね」

「ホントだ。クリスマス定番のJポップですね。この曲、私大好き」


 昔、千鶴の祖母のお店では音楽を流していて、12月になると頻繁にこの曲が流れていた。切ないクリスマスイブを歌った、きっと誰でも知っている曲。千鶴も大のお気に入りで、今でもアカペラでフルコーラス歌える自信がある。


「今頃クリスマスって」

「でも、クリスチャンのイベントと言う意味では正解かも」

「そうね」


 それからふたりは口を閉じ、その流麗な調べに耳を傾けた。



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