表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゆりたちの交換日記  作者: 日々一陽
第1章 みずいろの贈り物
1/35

プロローグ ~ 第1話

◇ ◇ ◇ プロローグ ◇ ◇ ◇


 ちーちゃん入学おめでとう

 今までは苦労ばかりさせてごめんね


 朗らかで、思いやりがあって

 ちょっぴり寂しがり屋のちーちゃんへ

 素敵な物語をプレゼントします


 さあ起きて

 セーラー服に着替えましょう

 もうすぐ朝日が昇りますよ




◇ ◇ ◇ 第1話 ◇ ◇ ◇


 ゆり。

 それはマリアさまの花。

 そして

 少しでも理想に近づきたいと願う令桜れいおう女学園の生徒たちが自らを呼ぶ名。


 ゆりたちの交換日記。

 中等部のゆりたちが、憧れる先輩の靴箱に日記帳を忍ばせることから始まる、まるでラブレターのようなこの風習は、電脳ツール全盛の今でも学園のゆりたちに強く支持されている。


 春、中等部三年のゆりたちは想いを馳せて日記をしたため、

 高等部一年のゆりたちは祈るような気持ちで靴箱を開ける。


 しかしそれは、1年月組の立花千鶴たちばなちづるには無縁のことだった。

 だって彼女は外部から来たばかりの新入生だから。

 知ってる後輩は皆無だし、取り柄のひとつもない平凡な彼女に憧れを抱く後輩などいるはずもない。

 だから、自分の靴箱に水色の日記帳を見つけた時、千鶴の思考は停止した。


(…… えっ?)


 我に返って手に取ると、裏表紙に可愛いくまさんが手描きされたB5版。


(まさかこれって、交換日記の申し込み?)


 どくんと胸が高鳴った。

 きょろり周りを見回すと、胸に抱いて教室へ急いだ。


(でも私、外部から入学してまだ5日目よ)


 どんなに急いても校舎を走るなんて、この学園ではあり得ないこと。

 白い壁、煌めくステンドグラスの下を抜け、中央階段を駆けるように上る。


(いったい誰が?)


 窓に舞う桜の花弁に目もくれず、1年月組に辿り着く。

 そうして大きくひとつ深呼吸、気持ちを落ち着け扉を開いた。


「ごきげんようでございますっ」


 月曜の、まだ早い朝。

 誰もいない教室に向かって笑顔を振りまくと、そそくさと席に着く。

 そして、仏壇に合わせたばかりの手で十字を切ると、意を決し日記帳を開いた。


(どうか、人違いじゃありませんように!)


 目に飛び込んできたのは、青いインクで綴られた品のある綺麗な文字。





  憧れの千鶴さま


  わたしのノワールになっていただけませんか。

  そしてわたしの、家庭教師になってください。

  お返事お待ちしています。

   

  中等部三年椿組  御前万里子





「いゃったあああ~っ」


 ――と叫びそうな口を、千鶴はぐっと手で押さえる。

 間違いない。

 これがうわさの交換日記!

 中等部の生徒が、尊敬するノワール(高等部生)に申し込むって言う。


 いけない。

 頬が緩む。

 目尻が下がる。

 よだれが、零れる――

 誰もいない教室を見回して、千鶴はもう一度、ゆっくりそれに視線を落とした。



 ここは名門・私立令桜女学園。

 明治の世に上流令嬢の学び舎として創立され、今にその血を伝える格調高い女学校。

 一度その敷居をまたげば幼稚舎から大学まで受験と無縁に進学できる、安心安全・心の健康第一な先進の教育システム。地元の人には「令女れいじょ」と言う名で親しまれ、その高等部は中等部と同じ敷地に建っている。

 名家やお金持ちのお嬢様ばかりが集うこの学園で、挨拶は決まって「ごきげんよう」。


 しかし、高等部1年月組の立花千鶴は、ここでは珍しい公立中学の出身だった。

 「おっは~」で始まり「じゃね~」で終わる庶民的な毎日を送っていた彼女がここに通えるのは、今年から始まった「遺児特待制度」の恩恵だ。


(私なんか外部生だし、飛びっきりの貧乏だし、何の取り柄もない。尊敬される理由なんて何もないのに――)


 短い文章。

 しかし冒頭には間違いなく「憧れの千鶴さま」と書いてある。


(本当に?)


 最初は嬉しさでいっぱいだった千鶴の小さく薄い胸がじんわり不安に侵されていく。


(御前万里子さんって、誰?)

(家庭教師になってって、どういうこと?)


 昔、お母さんが楽しそうに語ってくれた令女れいじょの伝統「交換日記」。千鶴だってやってみたい、後輩と仲良くなって慕われたい―― でも、冷静になればなるほど、自分にその資格があるとは思えない。


 何故、私――


 思案に暮れる千鶴の頭上から、不意に声が掛けられた。


「ごきげんよう千鶴さん」

「ごっ、ごきげんようでございます、結希さん」

「もう千鶴さんったら。ごきげんように「ございます」はいらないわよ?」

 前の席の結希ゆきさんは、ストレートボブをさらり揺らして自分の椅子をくるり回すと、千鶴の机に頬杖をついた。


「普通にごきげんようでいいのよ」

「丁寧さを表現してみたのに?」

「昨日の「おはげんよう」の方が面白いわよ」

「も~、あれは言い間違い!」


 千鶴はほっぺを膨らます。


「で、何に見入っているの? それってもしかして、交換日記の申し込み?」


 きらり輝いた彼女の瞳は、千鶴の手元をしっかり捉えていた。

 しまった!

 と思ったが、時すでに遅し。


「あ、バレた?」


 千鶴はだらしない笑顔を見せて、あっさり観念した。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご意見、ご感想、つっこみ、お待ちしています!
【小説家になろう 勝手にランキング】←投票ボタン
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ