2-6
「第一級高等魔導士がさっき強くないとなれないのはわかったでしょ? でも別の基準があるの。本当は国家機密だから言っちゃ駄目なんだけど緊急事態だから言うわ。第一級高等魔導士は虚幻種を倒すべく選ばれた存在なの」
「虚幻種?」
「人間が魔物に対抗する手段である魔法。だけど、虚幻種に魔法は効かない」
「魔法が効かないだって!?」
「魔力から作られた魔法を、解明できない原理で無効化する。私の魔法は爆発自体は魔法だけど、爆発から起きる衝撃波は魔法じゃないから食らわせられるから資格を取れたの。でも虚幻種を対処するには数人、最低二人以上で戦わないと勝てないとされていて、しかも最悪なことに私はまだ虚幻種との実戦はしたことがないわ」
「ま、待ってくれ! 何の話をしているんだ!? この状況とどう関係するんだ!?」
「私にもわからないけど、胸に刺した何かのせいで男は虚幻種になったわ」
煙が晴れてきて、男が消し炭になっていたら襲ってきた相手をやつけただけだ。
正当防衛で終わりでいいが、もしも予想が的中してしまってたら、どうすればいい?
魔法も効かず、僕のソードすら皮膚で弾いた男にどうやって勝てばいい?
僕もこんなこと願いたくはないがセレナの一撃で消えてくれてればいいのにと願うが、煙が晴れてその場には男が立っていた。
「な、なんだあの姿は?」
最早人間とは思えない肥大化した筋肉、人間というより魔物に近い。
「私もこんな事例初めてだからわからないけど、もう彼は人間じゃない。国家が指定する討伐目標の魔物よ」
「ぐうぅぅ、ぐぎ、ぐぅ、ぐがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
魔物となった男は咆哮を上げる。人間の口から発せられたとは思えない音で。
「もう自我はないみたいだわ。ツカサ、人間だと思わない方がいいわよ」
男の体がゆらりと動き攻撃の兆しをを見せる。
「わかってる。僕もそんなにお人好しじゃないさ」
間合いをはかりながら静かに息を飲み、次の一手を探ろうとするが、そうはさせまいと速攻でパンチを繰り出してきた。
ソードでパンチを受け止めるが、拳に傷はつかず、むしろこちらが力で押される。
「くっ、なんて馬鹿力だ!」
男はこちらのことなどお構いなしにパンチを連続で放つ。
まともに当れば致命傷になる力でありながらパンチは速く、避けと受けで精一杯だ。
「援護いくわよ!」
だがパンチは、武器や遠距離の魔法を使うわけではない生身の攻撃だ。
腕が伸び切った刹那、セレナの魔法で関節に衝撃を与え、あらぬ方向に腕が曲がる。
「ぐおぉぉぉぉおおおおぉぉっっ!」
痛みから発せられる雄叫びは、男へのダメージが入った証拠だ。
流石は第一級高等魔導士、僕が切ってもダメージを与えられなかったのに。
この調子で攻撃をしていけばなんとか魔物を倒すことができるはず。
そんな慢心が僕の隙を生む。
「がうぁっ!」
「え!?」
男は痛みを与えたセレナに対して目標を移したようで、僕には目もくれず走る。
まずい! とソードで止めようとするが、男のタックルにソードは弾かれた。
僕のソードでは男にダメージを与えられない、そして止めることもできないなら、男にとって脅威であるセレナを狙うのは当然の理屈だ。
セレナも実戦経験があるようなので、咄嗟に防御の魔法で身を守った。
が、それがよくなかった。
「きゃぁぁぁぁあ!」
「セレナ!」
相手は虚幻種、魔法が効かない魔物、つまり防御の魔法が意味をなさないのだ。
タックルに直撃して吹き飛ばされたセレナが地面に落ちる。
「大丈夫かセレナ!?」
遠くから声をかけると、なんとか意識はあるようだ。
「な、なんとかね。でも、相当やばいわ」
よろよろと立ち上がり、魔法か何かでふわっと空を飛び僕の隣に来るも、そのまま倒れそうになったので肩を貸す。
「魔物と戦うことは知識、なんて言ってたけど使えなきゃ意味ないわね」
「これからどうする?」
「ツカサのソードではダメージを与えられない、ダメージを与えられる私はこんな状態、こりゃ実質詰みね」
「逃げるのかい?」
「えぇ、でもツカサだけね。私は囮になるわ」
「僕だけ逃げるつもりはない。囮になるなら怪我をしていない僕がなる」
「その場合ツカサはあの男の攻撃を止められなくて私が狙われるし、ツカサも体力を使ってしまう。私が囮になった方がツカサは確実に逃げられるわ」
感情ではなく損得を優先させた物言いにピンチを再認識させられる。
にしてもセレナが囮になるなんて!
「これ以上はどうしようもないし、一般人であるツカサの無事が最優先だわ」
こんな不甲斐ない結末に僕は納得できずにいたが、それを察して。
「聞いて? ツカサはウテファの町に逃げて、電話機で研究所に連絡をして。事態を話せば援軍が来てくれるはずだから」
「それまでセレナはどうするつもりなんだ!?」
「私だって虚幻種との戦闘は初めてだけど、第一級高等魔導士なのよ? なんとかそれまで逃げ回って見せるわ。運が良ければ倒せるかもしれないし」
無理だ……足元もおぼつかない状態で男と戦える訳がない。
「行ってツカサ! あなたが遅れれば遅れるだけ時間がなくなるわ!」
貸していた肩から手をどけて僕を突き飛ばす。
こうやって話してる間でも、虚幻種はこちらにゆっくりと近づいてくる。
選択肢は残されていない、セレナの指示が正しいのは誰の目から見ても明らかだ。
後ろを向きウテファの町へ走ろうとする。
これでいいのだろうか? 運が良ければ倒せるなんて言っていたが、ソードで受けても力負けする威力でタックルされて立つのもやっと、まず間違いなくセレナは死ぬだろう。
でも僕にできることはない! セレナのことを思えば逃げるべきなんだ!
むしろ、出会って一日しかないセレナより、身の安全を考えるべきなんだ!
走ろうと一歩踏み出して、短い時間だがセレナと会話した記憶が思い出される。
ツカサがいてくれて助かったわ。
気持ちがわかるのよね。誰も助けてくれない、頼れる人が周りにいない感じ。
いつか私が困ってる時助けてくれればいいから。
踏み出した足が止まる。
僕はセレナを犠牲にしてまで生き残っていいのか? 記憶喪失で頼れる人がいない僕を助けてくれたセレナを、見捨てて逃げてもいいのか?
そんなにしてまで生き残って、何が僕に残るんだ!?
「また、僕は救えないで終わるのか?」
残るのは後悔だけ。
助けられた人々を助けられず、その耳には永遠に僕を呼ぶ声だけが残る。
その結末を僕は知っている。いつ経験した記憶かはわからない。
ただもう後悔なんてしたくない! 悲しい結末をたどる訳にはいかないんだ!
「次こそは僕が救う! 絶対に助けるんだっ!」
心の中で誓った途端、僕の体から何かが発せられる感覚に陥り、みなぎる何かを感じて心は決心をしていた。
逃げようとした一歩を戻し、男を目標に捉えセレナの前に立ち塞がった。
「何してるのツカサ!? 逃げて!」
折角逃がせると思ったのに、無謀にも立ちはだかる僕を止めようとする。
「いいや! 逃げないね。セレナを置いてなんて。僕を助けてくれた人を見捨てるなんてできないよ。もう後悔するのは嫌なんだ、だから……」
ソードを抜き臨戦態勢を取る。男は僕に関心がなく進む足を止めない。
「全てを救う!」
一直線に男に向かい、無防備な男の腕をすれ違いに勢いよく切り付ける。
そこでようやく男の足は止まり、僕の方を見る。
「あぁぁぁぉおおおぁぁおっぁぁああががぁぁああ!」
今までで一番の咆哮、それが意味すること。
「う、腕が切れてる!? さっきまでダメージを与えられてなかったのに?」
男の腕はソードで切り落とされて、痛々しく血が噴き出す。
「来いよ! 次は僕が相手だ!」
ダメージを与えた僕を、男はようやく戦うべき敵と認識して向き合う。
「ぐっぉぉぉ、おおおおぉぉおぉっ!」
痛みから無茶苦茶な攻撃を繰り出すが、立ち向かう覚悟を決めた僕に恐れはない。
攻撃の軌道を読み、隙をついて胴体をソードで切る。
今までだったら弾かれていたはずの攻撃も、なぜか今だとダメージを与えられる。
胸元から血が流れ、与えられる傷の大きさに男は焦る。
だがもう終わりだ、僕にはわかる。
攻防を繰り返し切羽詰まった状態の男と、冷静さを失わない僕に勝敗は明らかだ。
しかしそれ以上に、僕の中には言葉では言い表せない力がみなぎる。
「これで! 終わりだぁ!」
胴をソードで切り抜き絶命の悲鳴を上げて、体が真っ二つになる。
倒された男はどさりと落ちて、何かの力が抜けていく。
それは虚幻種になる瞬間に感じた嫌な空気が抜けて、元に戻るようであった。
その時誰かの声が聞こえた気がした……助けを呼ぶ誰かの声が。
まさか男はまだ生きてるのかと触れようとした瞬間! 僕の体から発せられていた何かの力と嫌な空気が混ざり合っていく。
形のない何かは混ざり合って、やがて綺麗で温かな光となって空へと消えていく。
なんなんだこれは? これも何かの魔法だろうかと空を見上げる。
「ツカサが虚幻種を、倒した?」
一部始終を見ていたが、信じられなさそうにセレナが言う。
「第一級高等魔導士ですらない、一般人のツカサが虚幻種を自力で倒せすなんてツカサ、あなたは一体……」
セレナは安心したのか地面に倒れたので、すぐに駆け寄りセレナを抱きかかえる。
慌ててウテファまでの道のりを走って行った。