2-4
リーアナを出てぼちぼちと街道を歩き始める。
「ウテファまではどれくらいの距離なんだい?」
「遠くはないから普通に行けば午後には着くわね。そこから汽車に乗ればミストアレアには次の日の朝には到着よ」
「え! 意外に早く着くんだね」
僕は大冒険となる旅が始まるのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
「汽車に乗っちゃえばね。けど私としては途中駅のカファリアナ温泉とかも寄りたかったけど、上司からの指示には逆らえないわ」
もっと長い旅路を覚悟してた反面、それならそれで。
「長い時間汽車に乗るってことは色々な風景が見れるのかな?」
「お! ツカサも旅の楽しみ方をわかって来たんじゃないかしら? 始発のウテファからミストアレアまで汽車で行くってことは緑豊かなミストアレア領土の半分を横断するんだから、風景は最高にいいわよ」
「いいね。なんだか楽しみになってきたよ」
「でしょ? 他にも駅弁は美味しいしお酒も美味しいし最高よ」
「セレナは通だね。色々な楽しみ方を知っているよ」
「もちろん! なんでも楽しまなくちゃ! あっはっはっ!」
街道は穏やかで何もないが、会話が弾み移動時間も楽しく、汽車での事や風景のいいスポットの話をしながら進んでいった。
セレナの話は面白く、つきることがなく僕に色々なことを教えてくれる。
僕もそれが楽しくてずっと聞いていられそうだ。
こんな流れでウテファまで着くのだろうと考えていたとき、木々の間を縫って進んでいた街道から、リーアナが見えなくなり、セレナはふと会話を止めた。
話がぶつ切りになり、急に会話を止めたので何かあったかとセレナの顔を見る。
周りを観察するようにきょろきょろとしていた。
僕も周りを見渡して、そこでようやく楽しく会話するのを止めた理由がわかった。
「ツカサにもわかる?」
「何がとは言えないけど葉が風で揺れるだけじゃない音、妙な視線や息遣いがある」
つまり近くに動物がいる。いや、それだけでは説明できない重苦しい空気。
「魂のある生物は魔力を持つ、魔法を使わない動物はそもそも魔力が低いから気にならないけど、魔物は別。魔物は魔法を使うだけあって魔力の量が極端に多いわ」
「周りに魔物が……いる?」
「ええ。しかもリーアナに生息する魔物とは思えない魔力の量」
強い魔物がいる。僕は緊張しながらソードの柄に手を置く。
「いきなりで悪いけど、ツカサ? 戦闘の準備はいいかしら?」
「わかった」
神経を集中させて魔物の出方を見る。
静寂が空間を支配するが、それもつかの間、何者かが街道に飛び出してくる!
何者かは大きな口を開けて、鋭い牙でこちらを仕留めようとした。
僕は研ぎ澄まされた神経で、なんとか避けて現れた魔物を見る。
狼のような姿だが、毒々しい黄色い毛並みに普通の狼よりも一回り大きい。
が、それ以上にこの大きさで今の俊敏な動き。
「これが魔物?」
「ゲルトウルフね。気をつけて素早いわよ」
言った途端、僕をめがけて飛んで噛みつきを行ってくる。
僕は咄嗟にソードを抜いた。
魔物の口が眼前まで迫る瞬間、僕は魔物の息が顔にかかるすれすれで体をずらす。
攻撃を避けられたゲルトウルフは宙に浮き無防備な体勢だ。
僕は体が覚えていたかのように、無防備な腹をソードで切り上げる。
見た目や行動でわかるとおり普通の動物とは思えない筋肉の生物で、真正面から切れるかわからないが、飛び込んでくる勢いを殺さず無防備な腹には、その限りではない。
スローに感じられた瞬間が、ゲルトウルフの墜落した音で終わりを迎え、ソードについた血を払い鞘に納める。
「――あ、あれ?」
唖然としたセレナが終わったあとに声を出し、僕も終わって緊張がほぐれる。
「なんとかなったね」
「待って! なんとかなりすぎじゃない!? それにまだ起き上がるかもしれないわ」
「もう起き上がらないよ」
「え、なんでわかるの?」
「切った感覚で」
疑いつつもセレナは魔物を観察すると。
「た、確かに死んでるみたい。え? 何? ツカサって達人?」
「僕にもわからないけど、なんだか体が覚えてるみたいで……」
「凄いわね。なにかあったら私が対処しようと思ってたけど、その必要はなさそうね。次に魔物が出たらツカサの補助に回るわ」
「次の魔物……」
注意して周りを観察をすると、この一匹で終わりというわけじゃないらしい。
「にしてもなんでゲルトウルフなんかがこんな場所にいたのかしら。ミストアレア周辺に出る魔物で、縄張り意識が強いから他の地区に行くはずないのに」
「こいつはそんな遠くからやってきたのかい!?」
「のはずよ。見たところ気が立ってたみたいだし、ミストアレア方面の生態系で何かあったのかもしれないわ」
「その何かで魔物が遠くまで逃げて、リーアナ周辺にいるわけか」
「なんだかミストアレアに行くまでに何か起きそうね。ウテファまで何回か戦闘になるから気をつけていきましょう」
楽しい旅行気分を切り替えて、僕は静かに頷いた。
ウテファへの道のりは整備された街道であるため、魔物が出ても道がしっかりしており対処は簡単であった。
案の定道中で何匹かの魔物に出くわした。
どれも僕が知っている動物とは驚異的な能力の違いを見せつけられる。
何より魔法を使うということはとても脅威に感じられ、大きな猪の魔物は突進する際に正面を防御の魔法で守っていたり、鷹の魔物は口から音波を発してきた。
魔法を使えない僕からすると対処ができないように思えたが、セレナが補助に回ってくれたおかげで無理なく魔物を倒していけた。
研究所に勤めていて知識もあり、実力があると言っていたのは嘘ではなかった。
魔物の種類を見極め、魔物が使ってくる魔法の種類を教えてくれる。
猪の魔物は僕が突撃を避け、セレナがすかさずがら空きの背後に魔法で攻撃する。
鷹の魔物では、僕の周囲に音波を防ぐ魔法をかけて僕がソードで切り捨てる。
他に何度も魔物が出てきたが、攻守整った僕とセレナでは負ける気がしなかった。
と言うか最初は緊張していたが、戦いに慣れてわかってきた。
「最初にセレナはリーアナに生息する魔物とは思えない魔力の量って言ってたけど」
「わかる? リーアナにしては強いって程度でソードの達人のツカサに、国家資格なんて持ってる私がいれば雑魚よ雑魚」
「ざ、雑魚って」
「雑魚も雑魚よ。魔物には縄張りがあって、その近辺に住んでる人もいるけど、どうしてそんな場所にわざわざみんな住んでると思う?」
「どうしてって、そりゃ対処ができる人が住むというか」
「つまり脅威じゃないのよ。魔物は住処をあんまり変えたりしないから、地元の人は対処の仕方を知って住んでるの」
地域毎に伝統的な狩りがあるように、魔物も理解していればなんとかなるわけか。
「何より魔物と戦うってことは知識なの、知っているかいないかで戦い方は大きく変わるわ。ツカサも今では話しながら戦う余裕が生まれてきたし」
「それはセレナの補助や知識のおかげさ」
「私もツカサが前にいてくれて戦いやすいわ。私たちいいコンビだと思わない?」
「そうかもしれないね!」
喋りながら魔物にとどめを刺して、そこでようやく周りから魔物の気配が消えた。
「ふー、なんとかなったわ。にしてもここを通ったのが私たちでよかったわ。戦えない人か、護衛代けちった旅行者とかがいたら犠牲者が出てたかもしれないわね」
「それに違う地域の魔物だし?」
「これくらいの魔物なら腕に覚えがある人なら戦えるわ。でもツカサは魔法のことを詳しく覚えていないから大変だったでしょ?」
「言われてみるとそのとおりかな。魔物と戦うことは知識、的を得た言葉だね」
「これからゆっくり覚えていけば、ツカサの腕なら魔物ハンターも夢じゃないわね」
「ま、魔物ハンターって……ところでさっきの会話の続きなんだけど」
「なに? 何か気になることでもあった?」
「知識で知ってても、対処ができない凶暴な魔物なんかはいないの?」
「もっともな疑問よね、もちろんいるわ。一般的な人では対処できないそういう魔物を討伐するのも私の仕事だったりするわ」
やっぱりセレナはかなり強いらしく、戦ってる最中それがひしひしと伝わってた。
「ただ、それでも倒せない魔物ももちろんいて、そうなったら人は住めない場所になる。禁止地区とか呼ばれる場所よ」
「それほどの魔物もいるんだね」
「有名な場所だと北の島では200年以上前に、ある魔物によって壊滅した国があって、世界で初の禁止地区になり、今でもそこは立ち入り禁止よ」
「200年も前から!?」
「魔物も種類によるけど、寿命で死なない種類もいるからね」
今戦った魔物たちは動物と形が違わないが、この世界には想像もつかない恐ろしい魔物がいるとなれば、知ることの重要性をしみじみ感じた。
魔物も倒し終えて、予定より遅れながらも街道を進む。
だが、すぐには旅行気分には戻れはしない。
魔物が地域を移動してくる何かがあるのならば、警戒を解くわけにはいかなかった。
そんな状態でリーアナを出て数時間、ようやくあと少しでウテファの町だ。