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軽い感じで話しながら、魔法について聞けてようやく自分の中で納得してきた。
「つまりこうやって食事にさえ魔法を使う魔物が関係するし、日常のちょっとしたことで魔法を使うこともある。さっき指先を光らして明かりにしたように」
「それくらいに今現在の私たちの生活において魔法はなくてはならない。だからさっきツカサが魔法を知らないって聞いて驚いちゃって」
これほど重要なことなら、忘れてる方がおかしいとすら思えてきた。
「私が考えるに本当に知らなかったのか、それとも魔法に関係する何かで記憶をなくしたのかなって」
「魔法に関係する何かって?」
「魔法を思い出すのが絶対に嫌だって思えるくらいの何か、かな」
「でも魔法のことを聞いて、嫌だっていう気持ちにはならなかったよ」
「じゃあ違うのかも。これに関してはもっとちゃんと調査とか検査をしないとわからないと思うのよね。そこで相談なんだけど」
「相談? 何かあるのかい?」
「私と一緒にミストアレアに向かわない?」
「え、ミストアレア? ミストアレアってここのことじゃないのかい?」
「ここは正式にはミストアレア王国南西部で、ミストアレアって言うのは首都のミストアレアの町を指してるの。私の所属している魔科学総合研究所ってのがあって、よければそこで精密検査を受けないかって話」
「それは願ってもない申し出だけど、なんかこんなに良くしてもらっていいのかな」
今食べてる食事の代金も、今日泊まるこの宿の費用も全部セレナ持ちだ。
セレナは経費で落とすって言ってたけど、遺跡で倒れてた僕のような誰ともわからない人間に、そこまでしてくれるのは申し訳ない気持ちも半分に疑ってしまいそうになる。
もちろんまだ今日だけの付き合いとはいえセレナがいい人なのはわかっているが、それでも今日一日だけなのだ。
どうしようか迷っていると。
「研究所の方にはさっき電話で確認を取ったんだけど……疑うよね、そりゃ」
「少しね。ただこんなに良くしてもらったセレナを疑うなんてことしたくないけど、せめて――せめてよければ理由が聞きたい、かな」
「理由かー。うん、理由ね。ちょっと整理させて」
目をつぶり唸るセレナ。おかわりのビールが机に置かれ、無言で飲み一息ついてる姿を見て、よく目をつぶりながら飲めると少し感心していたが、目をぱちりと開く。
「なんていうかさ、気持ちがわかるのよね。あ、もちろん記憶喪失になったことがあるわけじゃないけどね。誰も助けてくれない、頼れる人が周りにいない感じ」
誰も助けてくれない、知ってる人もいない、僕自身を僕が知らない。
それは世界から孤立して、誰ともつながりのない虚しさすらも感じられる思いだ。
その中でセレナに手を差し伸べてもらえて、話せて、お酒を飲みながら食事をして、わからないことがあったら聞ける。
僕はセレナにとても救われている。
「セレナは優しいんだね」
「そ、そんなことないって。私もそれなりの地位の人間だから、困ってる人を放っておくわけにもいかないっていうかね」
「それでも僕は助かってる。それはセレナが優しいからだよ」
「ふふっ、ありがとうね」
「こちらこそありがとう」
「さあもっとツカサも飲んで食べて! 明日は朝から出発だから元気を蓄えてね」
セレナは僕におすすめの名産や地酒なんかを頼んでくれて夜は更けていった。
ただ、そういえばとセレナはこんな話をした。
「ツカサは魔法については覚えていなかったけど、倉庫で使った印刷機とか機材みたいな機械は覚えてたの?」
「え? あぁ、覚えていたね」
「ふーん? 私からしてみるとここ数十年で発達した機械技術の方が不思議でさ。魔法を使わずにも誰でも便利な力を得れるなんて魔法を越してるわ」
「魔法だって便利な力なんじゃないのかい?」
「いいえ、魔法研究の一員として言わしてもらうと、魔法は機械より便利じゃない。そして魔法は万能じゃないわ」
「万能じゃない? え、でも色々なことができるんじゃ――」
「酷なことを言うけど、ツカサの記憶喪失を魔法で今は治すことができないの」
言われてみればその通りで、魔法が万能であるなら精密検査を受けにミストアレアに行こうなんて言われないだろうし、多分想像が正しければ、
「治せたとしても、式を作るのにとてつもない時間がかかるってこと?」
「そう。しかもその式では他の人の記憶喪失は治せない。もしもツカサの記憶喪失を治すとしたら、ツカサに合わせたツカサにしかかけられない記憶喪失だけを治す式をつくらなくちゃいけないの。だから魔法でツカサの記憶喪失を治すことはほぼ不可能……」
ごめんなさいと言わんばかりに落ち込んでいるが、
「ミストアレアに行こうって言われた地点で、何となく想像はできてたから大丈夫だけど、ただそうか、言われてみると魔法は万能ではないんだね」
「そうなの。ツカサのことを例に上げちゃって申し訳ないけど、最初にそういうことは理解しておいてもらいたかったから」
魔法は万能ではない。その一言が何故だか僕の胸にちくりと突き刺さった。
次の日、朝早く起きてセレナと朝食を取りながら、今後の段取りを聞いていた。
セレナは昨日結構な量のお酒を飲んでいたように思えたが、何もなく起きてきた所を見るとどうやらお酒に強いらしい。
「リーアナから出発する前にやることがあって、機材を置いてる倉庫の契約更新をまずしなくちゃいけないのと、後はツカサの装備を整えないとね」
「装備を整えるって、ミストアレアへの道のりって大変だったりするのかい?」
「ミストアレアに向かうにはウテファから出ている汽車に乗るんだけど、リーアナからウテファに行くまでに弱いけど襲ってくる魔物が出てくるから」
「自分の身は自分ので守れるようにしておいた方がいいってことだね」
「そういうこと。でも装備なんて大袈裟に言ってるけど、リーアナ周辺の魔物なんて私がいれば余裕よ。でも昨日の話だとツカサは式を覚えていないから魔法は使えないみたいだし、備えあれば憂いなしってね」
余裕と言うセレナはふふっと腕を組み得意げな表情をする。
実技より座学の方が得意と言っていたが、セレナ自身がミストアレアからリーアナに来れているし問題はないのだろうか? いや、そういえばここまで相方と来ていたはずだ。
「ちょっと、そこで不安そうな顔しないでよ」
「え、あ、ごめん」
「こう見えても全国屈指の魔法使いなんだからね?」
「そうなのかい? え、僕は知らなかったけど、セレナって有名人だったりする?」
「う、うーん魔法の腕も有名ではあるけど、色々な意味で有名ね」
何やら含みを持たせた言い方をされると不安を煽られてしまう。
「わ、私の有名無名はともかく! 魔法の国家資格を持ってるから腕は信頼してくれて大丈夫。これまでも危険な魔物の討伐に行ったこともあるから」
魔物の討伐と聞くと、さっきの印象と打って変わって妙に強そうに思える。
思い返してみれば魔物とは魔法を使う生物のことで、研究所に所属して魔法について日夜研究している人間が魔物の対処方法を知らないというのもおかしな話である。
「なら大丈夫なのかな?」
「大丈夫だから。よーし! こうしちゃいられないわ、早速準備しましょう!」
食事を終えて宿を出て町を歩く。
今思うと泊まった宿は周りの宿に比べると高級だったようで、料理も美味しかったし高かったのではないだろうか?
王立の研究所に所属してるわけだし、セレナはお金持ちだったりするのだろうか? お金はセレナ持ちだったりするから心苦しい。
セレナが倉庫の契約を終えて僕の装備を見繕ってると、
「ツカサはどの武器がいい?」
「え? えっと、や、安いのがいいかな」
「そりゃ高すぎるのは買えないけど、身を守るのにはちょっとでもいい武器を買っておかないと――と、そういうことじゃなくて武器の種類よ」
「種類か、どんなのがおすすめ?」
「基本的に魔物との戦いでは刃が大きい方が有利かな、人と戦うことを想定するなら槍なんかの方がいいけど」
何やら物騒な話をしているが、人と戦う?
「盗賊の類も出てくる可能性はあるわ。でもビアルセナ地方は治安がいいから盗賊なんていないとは思うから、やっぱり魔物と戦うならこれかな?」
「ソード?」
「これなら初心者でも扱いやすいだろうし、試しに軽く振ってみたら?」
言われたとおりに鞘のまま軽く振ると「あれ?」と声が出る。
そのまま軽く振っているとソードの先端、どこまでが刃なのか、どうすれば当たるのか外れるのかが手に取る様にわかる。
「結構扱えるわね。記憶喪失になる前は剣士だったのかも」
「そうなのかもしれない。僕自身も驚いてるけど体によく馴染むよ」
「じゃあこれにしましょう? 値段も手頃だし。それとこの指輪も買っておきましょ」
「指輪も? なんで?」
「この指輪には魔法の式が書かれていて、式を覚えてない人でも魔力を込めれば弱い魔法くらいなら受けられるから」
指輪に魔法の式か。あれ? それなら、
「ソードには何かそういう式は書かれていたりしないの?」
「式の書かれた武器なんかもあるにはあるけど、割高になるし常時持つ武器に式が書かれてると、ちゃんとした魔法使いでもなければ扱いが難しいから」
「そうなんだ。に、にしても、ならこの指輪高いんじゃ――」
「さっきからツカサお金のこと気にしてる?」
「……少し」
正直かなり申し訳ないと思ってたがセレナ得意げに言う。
「私実家がお金持ちだし、大体は経費で落ちるはずだから心配しないで、上司にも確認は取ってあるから。それでもツカサの気がすまないなら、情けは人のためならずってね。いつか私が困ってる時助けてくれればいいから」
「う、うん。そうだね。セレナが困ってたらいつだって絶対に助けに行くよ」
「お願いね。準備もできたことだしウテファに向かうことにしましょ」
とか言いつつ、お土産屋でリーアナペイルフィッシュの干物を買ったりした。
干物が痛まないように保冷する容器にも、専用の魔法が使われているのを見て、魔法の存在を大きく感じた。