2-1
何もなくなり、消えたはずの意識は、次第に集まり形を作る。
それは不完全であり、完璧とは言えない魂の欠片。
不完全とは言え、いつしか魂は再び感情を持ち始め、僕はその場所にいた。
まるで揺蕩うように、どこともわからない場所を浮かんでいる気持ちで。
意識が朦朧とする中で太陽と月が忙しそうに回るのが見えたが、ここではない誰かの助けを求める声が頭に響き、助けたいという気持ちだけが残る。
不意に、近い場所で声が聞こえた。
「今度こそ俺は救わなくてはいけないんだ。犠牲になった人間たちのためにも」
悲痛だと思えるくらいに懇願する、誰かの切実な願い。
「君はどうするつもりなんだい?」
「俺には救わなきゃいけない人がいる、救世主にならなくちゃいけないんだ!」
意識が少しずつ覚醒していく。
「だから力を貸してくれ」
無力を痛感する青年の声が、自然に僕と重なる。
だから――なんとなくほほ笑んだ。
「僕と同じ結末を辿るなよ」
そして意識がはっきりして、目を開けると……
「ちょっと! あなた大丈夫!?」
夢心地とは一転して、大きな声に目を覚ます。
「うっ……こ、ここは?」
柔らかな木漏れ日が差し込み、爽やかな風が吹く度に木々の揺れる音が聞こえる。
「ここはミストアレア南西部リーアナの森奥地にある遺跡よ」
聞いた事のない地方を言われ、一瞬固まってしまい目をぱちくりとさせる。
答えたその人は、不思議そうな顔でこちらをのぞき込んでいた。
「ごめん。もう一度言ってくれないか」
「ミストアレア国ビアルセナ地方リーアナの森奥地の遺跡、まだ寝惚けてる?」
「寝惚けてるかもしれない。そんな地方聞いた事がないし」
「嘘でしょ? じゃあ、あなたはどこ出身なのさ」
「僕は……」
僕の出身地を思い出そうとしてなぜか言葉に詰まってしまう。
「なーに? 出身も言いたくないの?」
言いたくないわけではない、言いたくても思い出せない。
それどころか住んでいた場所も、どうしてここに寝ているのかも思い出せなかった。
「ち、違う。なんだろう、えっと――」
必死に何かを思い出そうとして、頭に手を添えて物事を一つずつ考えようとするが上手くいかなくて、何かが足りない気分だった。
僕の混乱っぷりを見て、その女性も単なる寝惚けた男ではないと感じたらしく。
「ちょっと、本当に大丈夫? あなた名前は?」
名前、そうだ名前だ、僕の名前は確か。
「ツカサ、だ。ツカサって呼ばれていた」
「ツカサね。私の名前はセレナ。安心して? 危害を加えるつもりはないわ。私は王立ミストアレア魔科学総合研究所に所属する人間よ」
何も思い出せず聞いた事もない場所の名前を聞いた所で安心はできなかったが、セレナと名乗る黒いマントをした女性に敵意はないようだ。
「ごめんちょっと眩しいかもしれないけど、この明かりを見てくれる?」
セレナは指をこちらに向けたと思ったら、その指先が光った。
内心驚きを隠せなかったが、言われたとおりに光を見つめてると、セレナは指を軽く振るように動かす。
「光を追うように見てもらえる? それともう少し目を見開いて」
これは僕の体調を診てくれているのだろうから素直に従うことにした。
「うん、問題はなさそうね。何か他に外傷はある? 痛む場所とか」
「特には、ない」
指の光が消えて、セレナの問診では問題がないらしい。
「うーむ、じゃあなんでそんなに混乱気味だったのかしら?」
「それが……全然思い出せないんだ。出身地も、どうしてここにいるのかも、なんで寝ていたのかも全然わからないんだ」
「それってツカサ、あなた記憶喪失ってこと?」
「そうなのかもしれない」
それを聞いたセレナは腕を組んで頭を悩ませた。
「本当に思い出せないなら、病院に連れて行ったてあげたり、町の人間に聞き込みをしてあげたいところなんだけど、私も今日ここで終わらせておきたい仕事があるの」
「いや、見ず知らずのセレナの邪魔をしてまで助けてもらうわけには――」
「何も思い出せないんでしょ? それこそ町への行き方だってわからないだろうし」
そのとおりだ。どうすればいいのかわからないし、一人で何かできるはずはない。
「ツカサより若くて頼りないかもしれないけど、困ってる人は見捨てられないわ」
「頼りないなんて思ってない。ただ、迷惑になるかと思って」
「迷惑なんかじゃないわ。ツカサは右も左もわからない状態だと不安だと思うし」
セレナは僕の事を純粋に心配してくれてるみたいで、優しさが伝わってくる。
「ならせめて、何をするのかわからないけど仕事を手伝わせてくれないかい?」
「いいけど、設置された機材を回収する単なる力仕事よ?」
「むしろセレナに力仕事をさせて、一人で休んでる方が性に合わないよ」
「それは嬉しいけど、体に不調があったらすぐに言ってね」
僕はセレナの仕事を手伝った。
遺跡の各場所に置いた機材をセレナに連れられて回収する。メーターのついた簡易的な測定器を探し、大きな台車に積んでいく。
重さは大したことはないが、これが結構な数でセレナ一人では大変だっただろう。
「いやー! やっぱり男手があると楽でいいわ」
「役に立ててよかったよ。にしてもセレナはこれを一人でやる予定だったの?」
「そうね。今日は一人でやる予定だったわ」
「誰かに声をかければよかったのに」
セレナがうつむき会話が少し途切れたが、何か変なことを聞いてしまっただろうか。
「本当は私の上司、というか相方とこの遺跡の撤収作業をする予定だったんだよね」
「その人は?」
「実は、先日から行方不明でさ」
「行方不明――その人はよく何処かに行ってしまうような人なのかい?」
「ううん、今までそんなこと一度もなかった。私と違って根が真面目で、私が何かしでかすとすぐ注意してくんの」
思い出を語るようにセレナは話す。
「小さい頃からの仲でさ、昔から鍛錬と勉強の繰り返しな癖して、よく相談乗ってくれたりして、なんか本当のお兄さん的な人だったんだよね」
「そんな人が行方不明ってことは何かに巻き込まれてるんじゃ……」
セレナも心配で気が気じゃないだろうに、と思ったが、
「いやいや、あいつなら大丈夫。多分何か目的があるんでしょ」
「心配じゃないのかい?」
「私に心配される程あいつは弱くないから、それに行方不明になったことを上司に報告したらなんて言ったと思う? あの子なら大丈夫だから予定通り帰還してって」
「信頼されてるんだね」
「にしてもこの作業を私一人でやらそうとした罪は重い! こんど会ったらがつんって言ってやりたい! 本当、ツカサがいてくれて助かったわ」
「僕も……セレナがいてくれて助かったよ」
「そうかしら?」
「セレナがいなかったら、僕はわけも分からずこの森を彷徨っていただろうから」
「そんなことないって! この森はそんなに大きくないし、魔物も出ないから街道だったり町にすぐ行ってたと思うわ。むしろ手伝ってもらっちゃって大助かり、よければご飯奢るから一緒に食べましょ?」
セレナは魔物と言った。僕はそんな生物を聞いた事がなかった。
記憶喪失のせいかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。記憶喪失で全ての記憶がないのなら、まず言葉だって喋れないし名前だって思い出せない。
今までの思い出、僕に関する事が思い出せないという独特で不思議な感じだった。
僕は人間で呼吸をして食事をとれて、眠るという行動も全て覚えているはずなのに、僕の頭の中に僕のことを聞いても何も出てこない。
考えると不安や恐怖に飲み込まれてしまいそうになる。だけど……
「えっと、ご飯嫌だった? そ、そうだよねー、初対面で馴れ馴れしすぎたかな?」
何も言わずに考え込んで黙っていると、不安そうにセレナが聞く。
「嬉しいよ。本当にご馳走になっていいのかな?」
「もちろん! リーアナの魚介はとっても美味しいから! 食べなきゃ損よ損」
暗く物事を考えてしまう性分の僕には、明るく接してくれるセレナがいてくれて気持ちが和んで助かった。