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かつて、とある世界で戦争が起きた。
些細な食い違いから、どちらかを根絶やしにしないと終わることのない悲しい戦争。
お互いの主義主張や正義があるから、止まらずにどこまでも争いが続く。
しかしその戦争は良くない方向へと向かい、行き過ぎた科学技術はいつしか自分たちでは歯止めが効かなくなって、全てを壊した。
最後の結末、戦争の終結は僕の目の前に広がる砂漠という形だった。
人類が英知の光だと思っていたものに世界は焼かれ、数多の命を消し去った。
意識したその途端、数えきれない魂一つ一つの叫びが耳をつんざき、どこからともなく聞こえる救いを求めていた声が怨嗟に変わる。
僕にはそれが聞こえてしまった。
人間の進歩は必ずしも発展の為には成り得ない。
命が世界から消え去り、戦争をしていた両者すらも滅んでしまったのだから。
「終わりだ、全てが終わったんだ」
膝をつき、なすすべなく変わり果てた地上を見回した。
行き場のない悲しみに力が入り、拳を強く握りすぎて手に血がにじみ、どうすればいいのかわからない感情が頭の中を支配して、痛みなど感じなかった。
自然と頬を涙が伝うのは、心が感情を理解する前に、守りたかった世界がないことをわかってしまっているから。
流れた涙が砂に落ちて、水を吸った砂は塊になる。
「僕には救えなかった」
誰に言うわけでもない言葉をぽつりと呟いたが、しかし僕に声を返す者がいた。
「本当に終わってしまったんだね」
聞き覚えのある声に、振り返らずに言葉を返す。
「ごめん、結局こんな結末になっちゃって」
「謝ることはないさ。この戦争に君を巻き込んだのは私なのだから」
「それでも、ごめん」
落ち込む僕にその人は優しそうに語りだす。
「ツカサはよく頑張ったさ。戦うことが嫌いな、誰よりも世界を救いたいと思った優しい青年が本気で戦ったんだ。これが世界の迎える本来の終焉だったのかもしれない」
「違う。違うよ! これが結末だなんて、悲しすぎるよ……」
向き直り目を見て答えると、君は問うように僕に聞く。
「ならツカサはどう思う? 人が消え、緑など残らない地平線まで広がる廃墟と砂漠を見て、ツカサはどう思う?」
「間違いなんだ」
「間違い?」
「ちょっとした間違い。些細な誤解から危険を感じて、みんなが大事な何かを守りたくて――守る為に戦って、それがどんどんと行き過ぎてしまった」
「それがツカサは、間違いだと言うのかい?」
「間違いを、誰かがこんなになる前に気づきさえすれば、僕がみんなに気づかせてあげれればこんな結末にはならなかったはずだ」
世界が救われるなら、僕なんてどうなってもよかった。
僕はこの世界が好きで、どうしようもないくらいにみんなのことが好きだった。
全てを失った後悔が消えるのならば、自己犠牲すらいとわない。
例えこの身が消えてなくなろうとも、何度だって差し出せる。
考えながら、また涙が一滴、砂の上に落ちる。
「もしも――涙で大地が潤うのなら! 僕はいつまでも涙を大地に捧げ続ける!」
僕の言葉に驚いたような顔をするが、どこか寂し気な表情を君はした。
「それがツカサの答えかい?」
「僕は僕のために、自分を犠牲にしてでも世界を救う!」
「犠牲、ね」
決意の言葉に君はこう答えた。
「でも、そうしたら私はツカサのいない世界に生きなくてはいけなくなる」
「それしか方法がないと思うから、仕方がないよ」
ここまで来てしまった以上、最後の選択肢は僕一人しか選ぶことができない。
世界を終わらせるか、誰かの犠牲で続けるか。
そのためなら、僕は喜んで犠牲になる。
「この世界の行く末を決めるのは私じゃない、ツカサだ。だけど……」
どこか遠くを見ながら君は言う。
「私はそれが正しい選択だとは思えない」
君は僕の選択を否定するように言った。
「誰かの犠牲と世界を天秤にかけ、合理的な選択を選ぶ、それは世界から見れば正しい選択なのかもしれない」
「なら!」
「だけど私が嫌だ。ツカサだけがいない世界を私は拒む」
「でも、こうするしか方法は――」
「わかってる。どうしようもないことを言ってしまったことくらい。ただ、知っていてほしかっただけさ」
優し気な表情をする君は言った。
「ツカサは自分で思ってるより、誰かを支えて生きてきたことを、ね」
「僕が、かい?」
「ツカサがいなかったら、この世界には選択すら与えられず滅んでいたはずだ」
最後に君は言った。
「辛い選択を選ばせてしまうかもしれないけど、みんなの思い、私の思いを背負ってほしい。ツカサ、世界を救ってくれ」
僕は頷いた。
そして、その世界は一つの結末を迎えた。
誰の記憶にも残らない世界の記憶。忘却された世界。
しかし、いくら忘れ去られようとも、魂に刻まれた歴史は消えはしない。
とある世界の戦争は、いつしか神話となり受け継がれていく。
僕は思うんだ。
過去を変えることはできないが、未来を変えることはできる。
だから、自分を犠牲にしてでも、僕は絶対に世界を救ってみせる。
その誓いと後悔を胸に、僕の意識は消えていった。