第2話 ルサンチマン
この学校のバレー部は弱く、いつも区大会では3回戦どまりが関の山だった。俺と龍と薫が入部したときは部員がギリギリ試合に出られる人数で、俺たち3人は3年生が退部するとすぐ試合に出場した。
ポジションは背の高い龍がウィングスパイカー、器用な薫がセッター、運動があまり得意じゃない俺は余ったところに入れられた。3人ともノリで入部したけれど、試合に出てバレーの楽しさを知っていくうちに、どんどんその魅力にハマっていった。何度も負けたけど、その時は別に悲しくもならなくて、ただ純粋にバレーをできるのが嬉しかった。
でも、先輩たちが受験勉強でバレー部を辞め、俺たちの代になってから、バレー部内の人間関係は変わっていった。
新入生が6人も入部すると、バレー部員全員が試合に出られるということも少なくなり、半年も経つとレギュラーメンバーも固定されていた。高身長の龍がレフトのエーススパイカーで、キャプテンの薫がセッター、俺は下手だが前々からやってみたかったウィングスパイカーのポジションに入った。
弱小チームなので、上級生がポジションを先に選んで、下級生は上手なやつから順にレギュラーになる、という雰囲気だった。だから俺よりもバレーが上手くなった下級生がいても、俺はウィングスパイカーとしての練習ができていた。
だが俺は、下手なのにレギュラーに入れてもらっていることにどこか肩身の狭さを感じていた。
そんなある日、俺はけがをした。不慮の事故だった。練習試合で1年生がサーブカットを弾いてしまったボールを、俺は必死に追いかけた。取れるかどうか微妙なボールだったが、その日試合でいいところが無かった俺は、ダイビングレシーブをした。そして、体育館の壁に激突した。頭を強く打ち、俺は救急車で運ばれた。
結局頭を四針縫い、手首の筋を痛めたくらいで思ったよりも重症ではなかった。けがをしていても練習中の球拾いくらいはできたのだが、俺はその間家でゲームをして過ごし、ついに一度も練習を見に行くことは無かった。肩身の狭さから解放された俺は、練習に行かなくていいことを嬉しく思っていたのだ。
でも、けがが治った後久しぶりに練習を見に行った俺は、その光景に愕然とした。俺のポジションに1年生が入っていたのだ。しかも、そいつは明らかに俺よりも上手く、完全にこのチームのウィングスパイカーになっていた。このチームに俺は必要なかった。
その日以来、俺は薫に言い訳をし、練習をサボることが多くなった。そんな俺を見かねたのか、龍がある日、校舎の裏に俺を呼び出した。
「おい進、何で練習に来ないんだよ。とっくにけがは治っているだろ?」
「・・・なぁ龍、俺ってこのチームにいる意味、あるのかな?」
「あ?」
「俺はもう少しで3年生になるっていうのにバレーは下手くそで、試合ではいつもみんなに迷惑をかけて。1年生からはなんであいつがレギュラーなんだって目で見られて。どうせお前も薫も、俺なんていらないって思っているんだろ!」
「・・・だったらなんで練習サボってんだよ。お前下手くそっていう自覚があるんならもっと練習しろよ!・・・ああそうだよ。俺はなぁ、いつもお前のプレー見ててムカついてたんだよ。下手なくせにしゃしゃりやがって!お前の言う通りだ。みんなお前がけがでいない間、せいせいしてたよ。これでレギュラーになれるチャンスが増えたってな!」
俺の中でふつふつと湧き上がってきたものが、全身をめぐった。そして、そいつに身を任せた俺の身体は、ただ目の前の人間を傷つけるためだけに機能した。
気づいたら俺は、そばにあったコンクリートの破片を手にとり、龍の身体めがけて投げつけていた。破片は龍のおでこにがつんと当たり、切り傷のようになって額から血があふれ出した。痛がる龍を見ながら、俺はしばらくそこから一歩も動くことが出来なかった。
「・・・お前が悪いんだ。人の気も知らないで。お前は背も高くて、レシーブとかも上手くて、何だってお前の方が俺より出来ていた。だから、お前が悪いんだ・・・。お前なんか・・・死んじまえ!」
俺はそう言い放つと、龍を残してその場から逃げ出した。