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第一話:そして私は落っこちた

世の中には、私の知らないことが沢山ある。




頭も容姿も出身も生い立ちも平凡な私には、理解出来ない事が数えきれないほど。




でも、これだけは今の私にも分かる。







此処が、私の住んでいた所とはまるっきり違うということは…










****







綺麗に晴れた秋晴れの空の下を、私は今しがた買った本を抱えて歩いて行く。

気分は上々。というか、うきうき。

内心はスキップしたくてたまらない。


今日は一週間に一度しかない休みの日。ハッピーサンデー。

今は本屋からの、見なれた帰り道。

欲しかった本を大人買い…もといまとめ買いを果たし、後は家に帰るだけ。


早くも遅くもない足取りで歩いていたら、お店のショーウインドウに自分の姿が映った。


今の私の服装は、別に好きとかそういうわけじゃないが学校の制服だ。

ただ近所の本屋に行くのに、どの服を着よう…と悩まないようにしたらこうなった。

制服は毎日着ているから、楽だし。


まぁ…だからタンスの中の私服が、増えないのだが。


こないだ母親にこのことを話してみたら、女の子らしくないわねと苦笑された。

確かに世間の女の子のほとんどは、可愛い服とかお化粧とか芸能人に興味があるようで、いつ聴いていもそんなような話ばかりしている。

そんな話には興味の欠片も持てない私は、確かに世間一般でいうところの「女の子」らしくないのかもしれない。


でもその分、本にそのお金を回せるのだから良いんじゃないかな、私。

と、自分で自分のことを励ましてみる。


お小遣いには限りがあるのだから、どうせなら自分の一番欲しいものにつぎ込んだ方が有意義だろう。

人づきあいも大事だが、自分の意思だって大事なはずだ。

自分のお金ぐらい自分のために使ったってバチは当たらない。


……そういうこと思っているから友達も増えない気がするけれど。



「やっと見つけました、アリス」


と、そんな事を考えて歩いていた私の前に、一つの影が出来た。


「………………は?」


その男を見た瞬間、間抜けな声とともに思考も一緒に、私の頭から出て行ってしまった。

だって、私の目の前に阻むように立つ男の人の恰好が、余りにも奇抜すぎていたから。


白ともいっていいような、色素の抜け落ちた銀髪の髪の毛。

多分こっちも色素が薄いのだろう、ルビーのような真っ赤な目。透き通るような白い肌。

赤と白のチェックのジャケットに、黒いズボン。

肩からは、黄色い時計がぶら下がっている。

そして極めつけは、綺麗な銀髪の上にのびる、ウサギの耳…。


………ナンデスカ、コノカッコウハ。

まるで何かの物語から、抜け出たような。


歳は十八歳ぐらいの青年だが、男がウサギのコスプレって…いったいどういう趣味なんだよ、と突っ込みたくなる。

残念ながら私には、ウサギ耳萌え〜という趣味はないので。



「どうしたんですか?アリス。黙り込んでしまって…。ほら、行きましょうよ」



ウサギ耳を付けた青年が、私の手を引っ張る。

突然の事で、私は持っていた本の袋を取り落としそうになった。


断っておくが、私にはこんなコスプレをする知り合いなんていない。初対面だ。

しかもウサギ耳を付けてる人なんて、知らない。知り合いたくもない。


確かに私の名前はアリスだ。

母がかの有名な某童話の大ファンで、私にこんな名前を付けたらしい。

おかげで私は十七年間、この名前をからかわれて生きてきた。



母は世間一般でいうところの「女の子」だったけれども、その世間一般の女の子達がどういうからかいのネタを探しているのかは、分からなかったようだ。

…嫌いではないけど、好きにはなれない名前なのだ。


その名前をこのコスプレ青年は呼ぶ。

つーか、何で私の名前知ってんだよ。

…もしかして、私のストーカーか何かだろうか。



「…って、ちょ、行くって、何処に…」



早歩きでグイグイ手を引っ張るコスプレ青年に何とかついていきながら、私は頭の機能回復を試みる。



「それは勿論、あなたの望む場所ですよ」



首から上だけを私の方に向けて、彼はニコニコと答える。


よく見れば顔の造形は整っていて、怖いぐらい綺麗な顔立ちをしていた。

まるで作り物のような、そんな感じ。



「望む場所って何なんですか?…私は家に帰りたいんですけど」



私は彼を見上げながら、抗議する。

彼は結構身長が高く、180cm以上はあると思う。



「それは、着いてからのお楽しみです」



彼の頭上にある長い耳が、嬉しそうにピコピコと動く。


…て、動くんだ…それ。

ウサギ耳のついたカチューシャなんかを想像していたのに。

本物でないだろうけど、なんだかどんどんメルヘンチックになっていってるよ。この人。


というか、周りの人はこんな格好の人が歩いていて不思議に思わないんだろうか。


そう思って周りを見わたして、私は唖然となった。


いつの間にやら周りの景色は、私のよく知る本屋の帰り道ではなくなっていたからだ。



「え…、ちょ、此処どこよっ…!」



まったく人通りのない道路。

ガランとした家や店が立ち並ぶ、廃墟のような商店街。


ここは、いったいどこだろう…


急に心臓の鼓動が速くなる。

血管の収縮が、血の巡りが急速に加速したことによって、胸が苦しくなる。


なんだかよく分からない焦りにも恐怖にも似た感覚が、私の背筋を走りぬけた。

そう、例えるならば初めて電車で乗り過ごしてしまった時のような。

右も左も分からない駅のホームで一人、これでいいのだろうかとオロオロしていた時の自分を思い出す。


これでいいのだろうかと、不安になって。

早く帰らなくちゃと、焦って。

帰れなかったらどうしようかと、怖くなって。


…あの時の感覚にそっくり。


怖くて不安で意味もなく焦って。

でも心のどこかでは大丈夫だと思っている。

きっと帰れる、と。



そうこう思っているうちも、コスプレ青年は迷いなき足取りで、ずんずんと進んで行く。


これでもささやかながら手を振り払おうとしたり、相手を転ばせてみようとしたりと抵抗はしているのだが、まったく効果がない。

どうやら、運動部に所属していない帰宅部の引きこもりには、まったくもって無意味な抵抗だったらしい。

…今更入っとけば良かったと、後悔する気はないけどね。



「……ねぇ、何処まで行く気なのよ。もう、疲れたんだけど」



私は敬語も忘れ、文句を言う。

というかそもそも、こんな誘拐みたいな事を現在進行形でおこなっている相手なんかに、敬語なんか使う必要無かったのではないだろうか。

とっさの事で年上そうだったから使っちゃったけど、これっぽっちも必要ないどころか、もっと抗議の声を上げても良いぐらいだと思う。



「まぁ、この辺でいいでしょう」



彼はうなずくと立ち止まり、くるりと体をこちらに向けてきた。

必然、目が合う。



「な…、…何よ…」



私はじり、と一歩後退。



「そんなに警戒しないで下さいよ、アリス」



彼は笑顔のまま言う。

ウサギ耳が少し、垂れたような気がした。



「あなた、誘拐犯?目的は何?身代金?言っとくけどうちは全然お金ないから、あきらめた方がいいわよ。狙うならもっとお金持ちそうな人を狙うのね。寧ろこっちが身代金欲しいぐらいなんだから。それに私は見ての通り買い物した後だから、お金なんて持ってないわよ。恐喝なら銀行から出てきた人襲った方が、合理的よ」



そう一気にまくしたてて、私はコスプレ青年をねめつける。

幸いにして声は震えなかったが、多分迫力なんて皆無だろう。


思ったよりも緊張しているらしく、掴まれている右手が汗ばんできて気持ち悪い。

コスプレ青年はしばらくきょとんとしていたが、すぐにあのニコニコ笑顔に戻って私をひょいっと抱き上げた。



「……って、うわあっ!」



早すぎてまったく見えなかった。

いつの間に抱き上げられたんだ、私。しかも世にいうお姫様抱っこで。

警戒する暇さえなかった。



「ふふ…驚きましたか?やっと違う顔のあなたが見れて嬉しいです。いつもの顔も素敵ですけど、やっぱり好きな人には色んな表情をしてもらいたいものですね」



…なんか今さらっと、変なことを言わなかっただろうか。



抱きかかえられたので、さらに目線と顔が近付く。

近くで見ると、疑いようも無く整った顔の造形。

燃えるような赤い深紅の眼は、吸い込まれそうなほど綺麗で。



その時私は、抵抗という行為をすっかり忘れていた。

あの時、顔になり首になり攻撃していれば、もしかしたらこんなことには、ならなかったかもしれない。

どうして抵抗しなかったのだろうか。もしかしたらその場の雰囲気に、呑まれていたのかのしれない。

私って結構流されやすいタイプだから。


そして次の瞬間。


唇に何か柔らかいものが触れた。

それが何だと頭で理解する前に、温かいものが口内に侵入してくる。



「……っ、………んっ」



無意識のうちに声が漏れていた。

羞恥に頬がかぁ、と熱くなる。

キスされてる。しかもディープなもの。

ようやく頭がそう理解した時には、腕に力が入らなくて頭が真っ白になっていく。

濃厚なキスに、心臓が破裂するんじゃないかというくらいに脈を打つ。

彼の私を拘束する腕が強まった。


ふと、彼の足もとが目にはいった。

と、そこにはいつの間にか、ぽっかりと真っ黒い穴が空いていて…




「…!!…んっ!〜〜っ!!!!」





一瞬後に、浮遊感。











そして私たちは、底の見えない穴に落ちていったのだった。





気が向いたら書くみたいな感じなので、早い更新は期待しないで下さい。

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