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地獄現世支部  作者: 翠雪
本編
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雨中の会議

「東堂サン! アンタ、もう大丈夫なんスか」

 和傘が跡形もなく消えると、勢いを増すばかりだった天気が小雨に退行する。完全に降り止むことはないようだったが、それでも気分はかなりマシだ。土砂降りの舞台で踊る心得もなしに、これから行おうとしている分が悪い救出作戦を実行に移すのを躊躇う気持ちがなかったと言えば嘘になるため、本心から助っ人を心強いと思える。しかし、結界やら封印やらについては門外漢だが、環境にまで影響を与える術というのは、さぞかし消耗が激しかろう。病み上がりの度を越す負傷を身に刻んでいたはずの青年の様子を、正面から見返した。

「ふふ、心配してくれて嬉しいな。でもまず、ぼくはきみの監督役だっていうのに、今の今まで補助ができなかったことを謝罪させてほしい。乾にも、負担をかけてしまったね」

 以前に会った時と全く変わりがないのがかえって不可思議だが、確認した限りは動きも滑らかで、四肢に異常はなさそうか。流れで話を振られた乾は、左手を刀の鍔にかけたままだ。

「俺の管理は狐塚さんがされているので、特段。彼は放任主義のようですし、最低限行うべき仕事以外は好きに動けと言われています」

「おや、藪を突いてしまったかな」

 目を細めた人間味のある笑みが会話のどこから湧いたのかピンとこなかったものの、この職場で最初に言葉を交わした相手と久しぶりに言葉を交わすというのは、無条件に一息つけた心地になる。にしても、自分と彼はまとめて東堂に声をかけられたものだと勝手に思い込んでいたが、乾をスカウトしたのは、この場にいない狐塚の方だったのか。道理で、最初の訓練という名の無茶の同伴者に東堂がおらず、検査の時にちらと目が合っただけの狐塚がハンドルを握り、バスガイドよろしく新人向けの案内を務めることがまかり通っていたわけだと、時間差の大きい納得が腑に落ちた。

「オレの方はオレの方で、めちゃくちゃ迷惑かけてたし、全然……てか、どう動くか決めたいんスけど」

「うん。そのことなんだけど、焦点になるのはやはり巡だね」

 少年が拠点としていた建物は、既に穢れへ呑み込まれている。平穏だった頃の首相官邸を基準として、二回りは大きい体躯にまで育った黒い肉の表面は、今もぶくぶくと泡立っている。背景として視界に映り込んだ、官邸よりもさらに奥を闊歩していた大型の化け物は、突然に首から先が胴体と分断されて、動く車のない交差点へとくずおれた。その後に、犬科の遠吠えが聞こえたような気がしたのは、きっと空耳ではないだろう。本丸以外は順調に討伐されつつある敵方の様子を横目に、東堂の話へ耳を傾ける。

「彼は、カグツチと相性が良すぎたんだ。これまでは、お互いの利害……つまり、猫間を母親と定めて、愛してもらうという目的が一致していたから、二人は協力し合えていた。どちらが主導権を握るかで争うことはあっても、方向性の基盤が揺らぐことはなかったようだよ」

 雨にうたれ続ける義務はないと、人気も邪な気配もないビルの軒先へ促される。特異な音が聞き取れない耳では、目を閉じさえすれば、夕立に振られた梅雨の午後とほとんど変わらなかった。

「けれど、当の巡が心変わりをしたようだね。察するに、きみと話をしたのかな?」

 ろくな手入れをされていない毛先に溜まった水滴が、湿った床へ引っ越した。違和感のある静けさは、現世から隔離されたが故のものだろう。

「頑張ったんだね。でも、カグツチは、その変化に納得していない。神の寿命、彼が人間の体に宿っていられる期限は、今日が明日に変わるまで。生まれた時から予告されている命日に、少なからず頼りにしていた共犯者から裏切られたら、暴走するのも無理はない」

「なら、オレが飛び込むのが一番話が早いっつーことに」

「危険ではあるけど、それ以外の解決策はないかな。他の人員は、かえって猫間の邪魔になるかもしれないから、状況を悪化させないための時間稼ぎに注力してもらう。いいね」

 念押しに少しの間を置いて頷いた元担任の見目がやはり見慣れず、よく似た双子の他人と肩を並べているような気分になる。己の視界と同じ景色を眺められるようになったという瞳の色は、常の彼とも特段違いがなさそうだったが、不意に見遣る先には必ず人ならざるものの動きがあるから、申告された能力は疑うべくもなかった。

「……センセってさ、今、神サマと一体化してる感じなんスか?」

 服装や髪型の自由が保証された現代でも中々拝めない、整えられた長髪のポニーテール。装束さえ変えれば、役者と言っても通りそうだ。教鞭を奮うために電子黒板へ化学式を書き連ねていた手に握られているのは本物の刀剣で、自然に提げられているのがかえって気になる。

「いや、多分違うな。多少強引に、力を借りている形だと思う。家主の俺が死ねばイザナギも消えるぞ、と脅した」

「シンプルに物騒」

「聞いておいて……。だが、お前もやってみて損はないんじゃないか。視覚を補ってみてよく分かったが、聴覚があるに越したことはないだろう」

「そうだね。練習時間は取ってあげられないけど、出来ることが増えて損はないし。道中で試してごらん」

 センセとの会話に混ざってきた東堂へ気軽に応じかけて、彼の言葉にふと、聞き間違いであって欲しい小さな引っ掛かりを覚えた。

「時間がないから、道中で?」

 一直線にオレを狙ってきた触腕を兄が横へ裂き、彼の近くへ忍び寄っていた影を銃弾で散らす。お互いに、考えるよりも先に起きた、反射の動きだった。

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