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地獄現世支部  作者: 翠雪
本編
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華開く幕

 船頭が踏みしめる歩を遮ろうと床から伸びた触腕を、威嚇を込めて靴裏で潰す。

 耳障りな悲鳴をあげた黒は、私の付近の足元を脅かすことをやめ、穢れの肉壁を侵入者のために割いた。しかし、全方位が化け物の胃の腑と化した官邸内部とあって、隙あらば攻撃しようと企む気配を肌に感じる。狙われるとすれば、まず間違いなく後方の新人たちからだろう。人の起こした問題を過度に助けたり、首を突っ込みすぎたりしないようにというのは地獄のみならず天地全域を含めた世界の意向ではあるが、中途半端に巻き込んだ果てで殺してしまっては元も子もない。死後の役を軽くするための組織であるはずが、裁判の対象者を想定よりも早く招くだけの結果に陥らせたとあっては名折れもいいとこ、馬鹿馬鹿しさの極みだ。

「猫間、乾。支給された品は構えておけ。あれらは、姿形を思い出し、強く念じればどこへだろうと顕現する」

 随従する彼らは、狐塚に与えさせた武器を携えていない。身軽なことは結構だが、出し入れの仕方もまともに教えられていなかったようで、指令に対して戸惑う声が上がる。深い溜め息をついたのは、案内役の東堂から二人を引継ぎ、管轄せよと命じておいた狐風情への呆れからだ。常に本心を言わずのらりくらりする奴は大方、この事件の深くまでは人の子を踏み込ませるつもりはなく、途中で脱退させてから、代わりに自分が本丸に乗りこもうとでもしていたのだろう。怪談や伝承における狐が人間と多く交わるためか、そこに存在の根を置く狐塚は、人間という概念に対して無条件の強い愛着を持っている。故に生じた弊害は今回が初めてでもないから、段々と慣れてきてしまった。部下に手を煩わせられるのは上司たる己の至らなさから来るのかと頭を悩ませそうになり、ひとまずは懸案事項を横へ置いた。

 振り返り、たった二桁の年輪しか重ねていない存在と向かい合う。

「一度しか教えん、一度で覚えろ。まず、手を前に出せ」

 見本として、指示した動作をやってみせる。利き腕の掌を下に向けた無防備な状態を狙おうとする不逞の輩を、勝る殺意で足踏みさせる。苛立っていると勘違いしたのか、猫間の動作がいささか慌ただしいが、訂正する時間も惜しいためそのまま続けることにした。

「こ、こうっスか?」

「二丁扱うのだろう、両手でやれ……そうだ。そのまま、相手を呼ぶように念じろ。名前があるなら思い浮かべてもいい。重要なのは、対象の存在を強く信じることだ。貴様らが思い描いた理想が、我々が扱う武器の力の根源となる」

 話している間にも、隙を狙う待ち伏せが順調に膨れ上がっていく様子が、焦点を絞っていない範囲の視野で伺える。侵入者を真似てか、四辺から剥がれて人型を形成していくはぐれものすらある。唸り声を聞き取ってうるさそうに眉をしかめるイザナギの留まり木は、なかなかに優れた偵察兵となるかもしれない。

「例えば、乾。堀川国広は、現存の如何が定かではない刀剣だな。だが、所在が不明だとされているのは、民草の心の多数決による結果に過ぎない。奮う主が『ある』と信じてやれば、現実に『ある』刀としてあれは生まれ直すことができる。存在を規定してやるのも、人にのみ許された傲慢だと知れ」

 伏した視線の先に、柄が現れ始める。桜の花弁が舞うように破片がはらり集まってゆく光景は、おぞましい空間にあってなお、純粋で美しい。

「次に、猫間。型名しかない銃も、量産型のうち一個を特別に認識して初めて、相手は存在意義を担う。握り、引き金をひいた感覚を忘れてはいまい? 同じ名前の複製品は無数にあれど、貴様が扱った二丁はそれらのみ。名のあるものより多少難しかろうが、扱い手としての自覚と責任をもてば、問題は起こりようもないだろうな」

 痺れを切らした一塊が飛びかかってきた背後を、鋒が強く反った幅広の銀で絶つ。範を示すために形作った巴形薙刀は、泥の露を刃に残すことすら許さずに、両断した端と端は左右それぞれの床に飛び散っている。無謀な皮切りに鼓舞された愚者共が一斉に攻勢へ転じ、鈍く距離を詰めてくる。幅をとった両足から腰へ重さを落として応じていると、武器の召喚を実践させていた二名の方向から連続して銃声が轟き渡った。

「よっ、しゃ! てか出来たけど、させるタイミングもさせることも滅茶苦茶っスね相変わらずさァ!」

「言ってる場合か頭下げろ!」

 大脇差が、最年少の死角を襲ったなりそこないの首を飛ばす。慣性で間に合わなかった青色の毛先が少々散ったが、姿かたちに影響をきたす量ではないだろう。何やら文句を言い合いながら互いの前と後ろの両方を補い合っている景色を眺めながら、背後に迫った塊を下から切り上げて滅する。外へ穢れを排出する前の最後の砦たる入口兼出口とあって、かかってくる数は枚挙にいとまがない。外から輸入している分も少なくないのだろう、高い天井から垂れる雫には怨念が分別なく凝縮されており、頭による制御を失いつつある。やはり、時間に余裕はないようだ。

「ここは私が任されよう。話をつけるつもりなら、正面の階段を上がれ。その先は目と耳を頼るといい」

 ぐ、と力を溜めて縦に薙げば、化生の血肉に隠されていた玄関ホール入口の扉が顔を見せ、晒された勢いのままに開け放たれる。駆け出した幼子らが生み出したそよ風が、前方へと抜けていった。

「ありがと、瑠サン」

 すれ違いざまに言い去った彼女の声音に揺れはなく、次いだ彼はその決断に無言で付き従っていた。であれば、送り出した側の道も自然と定まるというもので。背広の遠景が再び増幅した粘液に遮られ、目のない視線が一手にこちらへ注がれる。握り直した柄に滑りはなく、静かな高揚が四肢の末端まで満たされた。

「――我が名は五官王、普賢菩薩。輪廻の外の者共よ、身滅ぶ覚悟は決まったか」

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