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地獄現世支部  作者: 翠雪
本編
63/88

連綿に烟る

「猫間。乾。貴様らが動かない間に、季節が何に変わったと思う」

 きせつ。四季?

 予想していなかった角度の問いかけに、再び乾と顔を見合わせる。ヒントになるものはと部屋を見渡したが、この階の壁はどこも不透明で、見下ろして葉の色付きを確認することは叶わなかった。日めくりだとか、印のついたものとまでは欲張らないのに、一枚紙に押し付けられた万年カレンダーすらお役御免にさせられているようなので、早々に降参することを決めた。

「オレ、さっき起きたばっかだし……」

「夏だ」

 最初から期待されていなかったらしい質問への正答が、体感ゼロ秒の待機時間で即座に突き返される。腰掛けた机上で山になっていた書類の上澄み一センチほどが瑠に掴まれ、白い数枚が手繰られていく。

「報告書は読んだな。明日の夜明け、この騒動の元凶である王生巡は、母体から出て七年が経過する。この月日が意味するところは?」

 中絶手術を行ったのは早朝。医学での堕胎を強く勧めた部長が病院側に相談し、未成年ならばと特別に手配された時間帯で、限られた数の医者と看護師しか施設内にいないうちに子宮から命を切り離した。当時は、文字通りの女子どもへの手厚い保護が国からお達しとして出されているのかと考えていたが、思い返せば、高校生のわがままに公営病院の勤務時間がずれることはありえないし、異常だ。初めから水子を献体として育てるつもりだったのだと、知識を得た今なら分かる。

 次は気長に待つつもりらしく、彼女はジャケットの内側から煙草を取り出し、指の腹同士を擦って生まれた火花を、その端に灯した。体重をより深く預けられて軋んだ机には、抜け目なく灰皿が備えられている。ふ、と真っ赤な唇の隙間から躍り出た煙は青みがかった黒で、不思議と薫りがなかった。

 ドラマのワンシーンのような眺めを見るともなく見ながら、二度目の謎かけに挑む。数字を提示されたからには、七年は最低限汲むべき要素のはずだ。加えて、季節の例では不正解を前提に置かれていたが、今度は一服の間をシンキングタイムとして与えられているため、冷静になればオレにだって思い当たる答えなのだろう。こちらが脳の皺の隅々まで答えを探索する間に、無香料の墨色が幾度も室内に溶けていった。

 ふと、透き通った静電気が頭にはしり、閃いた文字列が脳裏に浮かぶ。精査を飛ばして口からまろび出た言葉は、古くから受け継がれてきたものだった。

「七歳までは、神の子」

 人差し指の浅いノックで棒の先端から灰が落とされ、丘の出来損ないが器に滑る。ゆっくりと遅い呼気を逃した王は、しばらくぶりの声帯を響かせた。

「元来、医療の未発達を理由に、死に至りやすかった幼児の真の死因を神に委ね、囁かれた文句だ。だが、此度は別の意味を持っている」

 芯の通ったハスキーボイスが続けて紡ぐ音に、焦りや感嘆は感じられない。

「イザナミの息子であるカグツチ、もとい巡が神でいられるのは『七歳まで』の可能性が高い。つまり、神性を使って貴様らを害することが出来るのは、少年の歳が更新されるまでの期限付きというわけだ」

「でも、それなら。オレたちの目とか、耳とかが変な理由と辻褄が合わねっスよ」

 理屈を通すためには、新人の異能が邪魔になる。両名共に成人を済ませ、七の倍数を越した年齢となっても、力が弱まる気配はない。かえって音すら追加で聞いた地下の記憶を反芻して、横隔膜の裏側が凍った心地がしたのを、努めて深い呼吸で溶かす。

「イザナギとイザナミは、国造りの二柱だろう。生まれてからすぐに殺されたカグツチとは、まるで格が違う」

 わけなく応える瑠と己の感覚には差があるらしく、なぜ疑問に思うのかが疑問だと言わんばかりの顔つきだ。文面では情報を理解できても、あちら側の方々に馴染んだ感性を身につけるのは、どうにも難しい。

「海月のようだった国土に降り、形を整え、『この世』を作ったのはイザナギとイザナミ。また、地獄の原型である黄泉を最初に観測したのもこの二人とされているな」

 夫婦と同時期に生まれた他のきょうだい神、加えて原初の三柱は高天原――神が本来住まうところ――で籠もり、外界へ自ら手を下すことはしなかった。使者の形をとる偉業ではあったものの、人の視点から見れば、別世界で遊んでいるより、自分たちに直接な影響を及ぼす存在こそが、より仰ぐべき神たり得る。等しい目線で息をする人間ですら、語り継がれ、後世へ伝えられるためには実績が必要で、それらをフィクションと共に混ぜ込み肥大させた逸話が欲されるのだ。いわんや神をや、厳密な物差しを捨てて尊ばれる原神は、身近な世界を創りたもうた彼らに他ならない。

「すなわち、貴様らの身体に侵入した神々は、現世において初めて見るべきものを見、聴くべきものを聴き、人々からも根強く信仰された。例外になっても仕方がない程度には、神の力が強すぎる」

 語るうちに短くなっていた吸いさしを受け皿へ押し付け、諦めの悪い不完全燃焼を虫の息で続ける火口を潰す。後釜の慰みをすぐには取り出さなかった視線が射抜いたのは、彼女とは違う形の眼鏡をかけた、自分の隣人だった。

「時に、乾。貴様、イザナギに自我を持っていかれたことへの弁明はあるか」

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