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地獄現世支部  作者: 翠雪
本編
61/88

肉の器と赤

 雪よりも彩のない肌には、スライムにも似た黒い物体が点々とこびりついている。肉塊の傍らに立つ柊は、時折脈打つゲル状の何かを鉗子でつまみ上げては、そら豆型の容器へと異物を移動させていく。東堂の全身へ張り巡らされているはずの毛細血管から赤が流れ出ることはなく、血溜まりのない、まるで荒らされた人体模型のような風情で、バラバラにされた患者は横たわっていた。詰まった肉を骨の軸へ押さえつける皮膚の薄さを裂け目から思い知らされて、人の形を留める構造の心もとなさに目を瞠る。胃液が逆流しそうになったのを掌で抑え、喉の奥へと飲み下した。

「黒いの、ばらばらにした。けど……東堂が、取り込まれてて……ここ、内部のひと、じゃないと、上にくるための、箱……えれべーた、乗れない。だから……黒いの、この子を溶かさないで、体に入れて……一階の、関所……せきゅりてぃ、通ってきた」

 つまり、手術台の上へ寝かされているぶつ切りの彼は、建物の最上階に隠されたこの部署へ潜るための鍵として、残骸になる前の化け物に利用されたらしい。傷と表現するには言葉尻が生優しすぎる分断がなされた美青年の部品を眺めていると、僅かに彼の左眉が動いたような気がして、注視していた首から下の荒れようから、顔の辺りへと焦点を合わせ直す。赤い眼球は、依然として膜に覆われていた。

「蘭ィ、追加で人間連れてくるなっつったろう。おれらと違って慣れてねンだから」

 なあ? と入り口近くにいた狐塚に肩を組まされたのは乾で、心なしか彼の顔も青い。家系がどうあれ、また教職者としてホルマリン漬けまみれの理科室を拠り所にしているとはいえ、実際に会話を交わしたことのある相手の生の遺骸は堪えるらしかった。この分だと、自分がされた流れと同じに、姿形は愛らしい小人によって拉致されて来たのだろう。かつて柊をタクシー代わりにして送らせた帰路の言で、蘭が地獄生まれだと知り得てはいたが、確かに人の常識とは違うところへ価値の重きを置いていることが理解できた。

「説明……むずかしくて……」

 空いている椅子へ腰を沈めた鬼は首を傾げ、どこを見ているのか分からない眼差しで、疲れたらしい喉を休めている。乾が心配そうな顔でこちらを見ていることは察していたが、気付いていないふりをしてそれを流す。今は、呑気に互いを心配し合えるほど、緩んだ時節じゃない。

「安心しろよ。元来生きちゃいないんだから、死にゃしねえって」

 己からほど近くの壁にもたれ、前身頃の泥濘を払いながら、狐の彼が言う。睫毛にしがみついていたコールタールのような粘りが重力に負けて、傷のない地肌を下った。

「……その言い草は、どうなんスかね」

 摘む金属がアルミにぶつかり、高い音が響く。

「思い出せ。おれたちは人の世の理から外れた存在なんだよ」

 断定の形をとりながら、声の末尾は強くなく、耳の飾りを灯りへ反射させて半獣は語る。光に透ける黒髪は、うっすらと彩に紫を編んでいた。

「東堂は、術によって作られた王の傀儡だ。人格はあるが、ありゃオマケに過ぎん。擬態のために相応な膨らみがいるから、臓器やら骨は詰められても、輪郭造りに不要な体液は最小限。活動を停止して五分も経てば、こうしてみずみずしく干からびる」

 作業が落ち着いたらしい柊は、取り除いた穢れの山をおもむろに燃やし始め、銀色の容器に入れたまま炭にした。床のひび割れを見つめながら爪先を遊ばせる蘭は、聞き馴染みのない音階を鼻で歌っている。

「化け物の力は外せねェから、鬼として繕われたが……さて、外道はどっちかね」

 身体の向きからして、こちらへ話が振られたものかと思ったが、上司が見据えたのはオレではなかったことを、微妙にずれて交わらない視線で知った。肩の奥へと注がれた透明な線を追えば、壁を演じていた通用口が横へずれ、革靴とヒールの踵が大理石と弾ける。

「ああ、非道い言われようだよ。瑠」

「およそ人道の成すところではないからな、紅」

 予告なくずれた仕切りを踏み越えた、王と呼ばれる彼と彼女の身なりは、相も変わらず一糸の乱れもなかった。

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