堕とし子
軽い。
掌に握り込んだ鉄の塊のみならず、指先一本、髪の先に至るまで、身体が軽い。
この地に下る道すがら、幾重にも連なった防波堤として往路を阻んだ黒々しい化生を、両手の指では数えきれないほど斬った。泥濘に刀を沈ませる感覚は繰り返したいものではなかったが、回数を重ねていくごとに、深海で岩を除けられた小さな気泡が水面へと昇っていくかのような心地で、自身の奥底から脳へと、男性の声が響いてきた。さきへすすめ。つれかえれ――と、己とよく似た声帯からもたらされる導きのまま、長い下り坂を進んだ。ただひたすらに、革靴の爪先を前へと向け続けた。
また道程では、日ごろの鍛錬や部活動で扱う木刀よりも短いはずの刀身が、折々で都合よく長短を変える様子を知れた。踏み込みが甘かった一歩分は太刀か打刀に、反応が遅れて詰められた間合いでは短刀になって、薙ぎを振るう主へ尽くす。配られた武器は、やはり持ち主の思い込み次第で活かすも殺すも自在らしい。
つまりは、銃の所有者である彼女に戸惑いが残っている今、たとえ銃を握ることができたとしても、形ばかりを少年に差し向けた銃口からでは、鋭い弾丸を飛ばすことなど叶わない。一方の俺はといえば、赤子の首をひねるように簡単に、呼吸と同じ自然さで、自分のそれよりも細い少年の首を地へ落とすことを「やむを得ないこと」だと判じている。遠くで鳴っている警報は、幾重にも膜に覆われたようにくぐもっていて、ろくに聞こえやしない。
浅く呼吸をつき、柄を握り直す。見た目こそ普通の子どもに見える赤髪の彼からは、どんな人間でもあるはずの、思念の声が一滴たりとも滲まない。心は、生きとし生けるものが抱かされる水だ。どれだけ固く凍らせていようと、外界との温度差に耐えられなかった分の氷は、必ず露に変わっていく。自身の感情の全てを内側に塞いだ人間がいたとして、それは果たして、「人間」の枠組みに入っていられる存在なのだろうか。いずれにせよ、己が守るべき対象を害する輩に、根拠もなく慈悲をくれてやるほど愚かにはなれない。
「悪く思うな」
それは、誰のための言葉だったのだろう。白銀の刃は、少年の頸椎に向かって深く潜り込んだ。
――断った、はずだった。
「撃てないなんて、当然ですよ」
瞬き、音の方向である後ろに体ごと向ける。どこからか飛来する群れた烏がひとところに集まると、先程までこちらの掌の上に命を握れていたはずの少年の姿が、血肉や髪へと材質が変化する羽毛によって、完璧に造り直された。顔に浮かべられたその微笑みは、唄うように凪いでいる。
「七年前の中絶手術。殺しきれなくて残念でしたね、母上」
傷一つない彼の白い喉が、猫間のために動かされる。音色は柔らかなまま、ちらりとこちらに交わった視線は、氷柱の冷たさでこちらを刺していた。
「母上と……元父上。申し遅れました。ボクは王生巡。前世での名前は、カグツチと申します」




