おとしものさがし
刎ねた首が宙を舞う。断面に覗いた頸椎を包む筋肉の密な細かさがみずみずしい、鮮烈な像が網膜へと投げ込まれる。静脈や動脈が維管束の郡を装って骨に巻き付いているものの、切り口を与えられた大小様々なパイプからは、漏れ出るはずの血液が流れてこない。約一キロの重さがあるという人間の頭部が、切り取り線からずり落ちて地面に到着する直前、化け物による酷く耳障りな猿叫が場を満たした。鼓膜を突き破ろうとする高音と、地鳴りのような低音の波とが交互に奥歯を震わせる。握りしめていた刀の刃先を見遣っても、そこには冴えた銀色があるだけで、赤色の飛沫は一滴もついていない。はりぼてだったらしい少年は、皮膚が次第に黒ずんでいき、液状になって澱みと融和していく。最後まで残ったパーツは金色の瞳孔を飾り付けた球体で、ついに呑み込まれるその時まで視線はこちらを睨んでいた。山のように聳え立っていた化け物はといえば、少年の眼球が泥濘に取り込まれたその瞬間から、急速に身体が崩壊し始めている。苦しそうにもがいていた触腕は、一本、また一本と、力なく地面に落ちていく。
「一体、これは……」
化け物の心臓部を担っていたのが彼だったのか? だとすれば、わざわざ姿を現した事態をどのように説明付けるべきだろう。その身を隠し続けてさえいれば、こちらは解決策に手を伸ばすことすら叶わずに、いずれは敗北を喫するであろう状況に置かれていた。これではまるで、あの少年は、自分に殺されるためだけに出現したようなものではないか。
周囲を見渡す。体積を随分小さくした泥濘が幼い溜まり場を作っては蒸発するように消えゆく様子が、掠れてぶれる眼でも確認できる。順調すぎることに対する違和感が、軋んだ思考に油を注していく。大仰な障害物が消え、せっかく見晴らしが良くなったというのに、平面の延長線上にある景色のどこにも妹がいない。
「おい猫間! どこにいる! 返事をしろ!」
期間限定と思しき視力と、慣れた耳でもう一人分の靴音か布擦れかを探すものの、彼女の居場所を捉えられない。黒が消えれば消えるほど、その部分に隠されていた可能性が否定されていく。ついに本体が陣取っていた部分の闇はほとんど消えて、残ったのは、少年を斬り伏せた地の足元だけだ。
まさか。
信じられない気持ちで、濁った最後の水溜りを見下ろす。躊躇っているうちにも縮んでいく縁取りは、もう半径二メートルもない。耳で拾う少女の鼓動は変わらず失踪中で、二人分の酸素を担ったかのような自身の心臓が俺を急かしていた。
もしも。もしも赤髪の少年の狙いが彼女だったとして。そして、既に目的が達成されていたとしたら。彼が満足した後、退避のため、隔離のためにわざと斬られることが最善だったとしたら。
この黒が消える時、自分はあの子の手がかり、糸口、可能性、そういったもの全てを、永遠に無くしてしまうとしたら。
合ってしまう辻褄と仮説に、ああ、脳が焼け融けてしまいそうだ。
「――クソ! 杞憂であってくれよ、頼むから」
いつの間にか足元に転がっていた鞘へ、刀身を収める。成人男性が飛び込むにあたって、必要とされる最低限の範囲がまだ黒々と留まっている沼を前にして、深呼吸を一つついた。
「……これで心中か自殺かになったら、説教されるのは俺かな」
自棄の景気づけにと鼻で笑い、独りごちた言の葉で躊躇という名の後ろ髪を断つ。ぬかるむ水辺に踵をかけた勢いのまま、倒れるように闇へと身体を投げうって、不愉快な生温さに全身を沈ませた。




