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地獄現世支部  作者: 翠雪
本編
24/88

地下宝物庫?

「巧く、ってもサ」

 渡された拳銃の片方のグリップを取り上げて、耳元で振る。想像より軽かった一丁に、手首の振りが大きくなった。

「多分スけど。弾、入ってないでしょ」

 二人分の視線が集まる。ほら、と乾の耳元で手中の品を振ってみせたが、彼の眉間は一層深くなるばかりだ。

「いや、俺には分からんぞ」

「分かる。オレも分かんね」

「……何で振った?」

 狐塚が胸ポケットから煙草の箱を取り出そうとして、ふとやめた。いつも燻し草の残り香を纏っている上司が好む銘柄は、コンビニやスーパーで見かけないものだったと記憶している。

「そりゃ、どうしてそう思ったんだ」

 まだ渡しただけだぜェ、と、やや大袈裟に肩をすくめられる。どうしてこうも彼は欧米人のような身振り手振りが似合うのか。風格があると表現しては物々しすぎるが、平たく言ってしまえば、己に一定の自信があるということが、身なりや立ち振舞から強く伝わってくるからか。

「だってこの部屋さ、本体はあるけど、弾とかのストックがねえじゃん。別の部屋に置いてあるんスか」

 プラスチックが多く採用されているグロック一七くらいは、流石に自分も知っている。オーストリア製の自動拳銃で、過去にはアメリカやイギリスなど、数々の国で軍隊や警察の装備として取り挙げられた、主に軽さがウリの武器。発展途上国の女性が派遣軍隊の射撃指導を受けている写真も、義務教育過程で配布される社会の資料集にしれっと載っていたはずだ。現在ではすっかり旧型モデルなのだろうが、性能自体が特別劣っているわけではないらしく、財政が逼迫している国家の中継で、ぼんやりとこのシルエットが浮かぶことも少なくない。

 それを武器として渡されたこと自体は分からんでもない。しかし、壁掛け状態から選ばれたこの品。弾倉に火薬を入れたまま放っておくほど、雑な管理はしていないはずだろう。それを渡され、さあ撃ってみろと言われた所で、中身はレジにてお渡しします、状態のガワだけでは、せいぜい鈍器ではないか。機体だけポンとあっても、これでは空砲しか撃てない。不殺生を謳うなら理解もできるが、護身用にしろと言うくらいだ。お守り代わりと脅し用に空拳銃を渡されるというのは理解に難かった。それに、煙草を控える程度には火気を避けている彼の先の挙動も、火薬の在り処をより一層曖昧にさせるものだった。

「マガジンは何でか蓋されてっけど。どういう仕組み?」

「ほうほう。よく見てるなァ」

 顎を軽く引いた狐塚は、近場にあった銀の短銃に手を伸ばす。

「心配ねェさ、着いてきな」

 ラインナップの列を奥へ進み始めた彼の、見返り際の片目を瞑った仕草で、後ろを着いてくるよう促される。狐塚の背中が、ひっそりと壁の一辺にあったらしい扉の奥に消えていく。閉じてしまった後はやはりただの銀の板にしか見えないから、ここにも特別な建築技術が採用されているのだろう。凝った造りの数々、設備の予算はどこから出ているのか、気にならんでもない。

「お前、銃の趣味があったんだな」

 鍔に親指を沿わせつつ、顧問が声をかけてくる。同ビルの別フロアになぜか完備されている道場で久方ぶりに打ち合った竹刀は鈍っておらず、剣道部当時のように剣先から中結までの短い物打の範囲であやされたほどだから、原型である刀へ直に触れているのが無意識にでも楽しいのかもしれない。

「ンな金ないっスよ! 部長の家でそういうゲームして、ちょっと齧っただけ」

 単体では別段好きじゃなくても、攻略のためとその延長で詳しくなるのだと言うと、そういうものかと返される。元担任の家には何度か転がり込んだが、棚のどこにもゲームハードは見たことがないし、携帯端末用のゲームを嗜むイメージもない。事実そうなのだろう。凝り性な所はあるから、やらせれば意外とハマるかもしれない。

「刀剣はよく知らねーんだけど、ホリカワ、なんだって?」

「堀川国広。安土桃山時代に生きた刀匠の名前だが、彼が作った刀のうち、銘がない……つまり、持ち主に名前が特別つけられていない刀も、こう呼ばれている」

「へええ。むしろ、そっちの知識はどこから仕入れてるんスか」

 歩きながら話しまショ、と、先に行った上司の足取りを辿る。入った列さえ覚えていれば、真っ直ぐ進んだ正面の壁面が開くはずだ。長めの脚を動かしつつもまた少し考え込んでいた教師は、躊躇いながら話を続けた。

「もし、万が一、まかり間違って本物ならの話だが。俺と同門か、近しい流派の出身、それか幕末に興味がある層は、ほとんど誰でも知ってる刀なんだよ」

 土方歳三の愛刀にして、その現在は解明されていない脇差。天然理心流の門派にして鬼の副長と呼ばれた彼が、身内に送った手紙でしか存在が明記されない一振りの名前も堀川国広だと、かつての教壇を思わせる話し方で彼はこちらに聞かせる。

 つくづくとんでもない所だよ。信じているのかいないのかよく分からない苦笑は、模造という可能性をあまり考慮していないように思えた。

「ん? 待て、研修でも史料は読んだだろう」

「いやいや、歳っスかね、急に記憶が……」

「……帰ったら補講だな」

「ご無体なぁ」

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