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地獄現世支部  作者: 翠雪
本編
18/88

続・事情説明

 皮膚の下から突き出た角、各々異なる様相の着物に、正円の中心部分を縦長の長方形で切り取ってから両端を接着したように細く尖ったその瞳孔。舞台衣装や仮装の部類かと尋ねることすら憚られる重厚な衣を纏った彼らは、小難しい言葉で納得させるなどという小手先の弁明よりも、ずっと正しく、明らかに、生粋の人間二人へと化生であることの証拠を見せつけていた。自分とは同族である隣の彼も、この時ばかりは舌を止め、瞬きだけを繰り返している。三人の変化に呆然と気を抜かれながら、首元にしなだれ掛かっている、毛皮のマフラーもどきな黒狐と見つめ合って数秒。場に流れていた沈黙を破ったのは、聞き覚えのある、癖が強い笑い声だった。

「そりゃ驚くわなァ、なはは!」

 継続して発されている独特な声帯の主は、まず間違いなく狐塚であるはず。だのに、今この現場で、口を動かしているのは、今丁度向き合って見つめ合っている、手頃なサイズ感の黒狐しかいない。

「なっ……ちょ、えっ……こ、ここっづか、えっ? こっ?」

「鶏の物真似か?」

「違う!」

 ひらりと肩から下りて机へ着地した獣は、センセにも恭しく、態とらしいお辞儀をしてから、犬とそっくりに「お座り」をしてみせた。顔には化粧じみた幾筋もの模様が入っており、いよいよ自然界の掟を犯している存在なのだと「彼」の見目が語っている。お行儀よく収まった身体の後ろでゆらゆらと揺れている、豊かな毛並みの尻尾へ蘭が吸い寄せられて、気分もご機嫌に触り始めた。慣れた風な狐は、特段それに構うことなく会話を繋げる。

「おれは鬼ってェ訳じゃねえが、獄卒には獣もいるんでな」

「狐塚さんは、動物族のまとめ役なんだよ」

「いや、あの……どうにしろ、頭が追いつかないんスけど」

「情報量が増える一方だな……」

 スーツのままな二人が目を白黒させつつぼやく中、狐塚と蘭はあたかも動物園に訪れた客と動物のようなやり取りを続けている。撫でられる側も拒んでおらず、なされるがままだ。

「えへ……もふもふ……」

 外見年齢に伴った笑顔で実に幸せそうな蘭はそれはそれで結構なことだが、ふれあいタイムは正直緊張感に欠かせていて、場に馴染みきれてない自分らの疎外感を強めている。

「狐塚殿、蘭殿。後にして下さい、今は真面目な話の最中です」

 こちらの心中を知ってか知らずか、軍人らしさが健在な柊が助け舟を出してくれた。少し渋る三本角の童の手に顔を一度甘えさせた狐は、器用にするりと腕から抜けて、机の下で張り詰めている床へと飛び降りた。かと思えば、人間の姿に獣の耳と尾を生やし、その代わりにヒト科の耳を削ぎ落とした獣人の姿へとその身を変えた。彼もまた、己の身の丈に合った和服へ袖を通している。

「言ってねェことは確かにあるが、この話に嘘は一つもねーよ。言わないことは嘘じゃねえってことで、どうぞご容赦してくんな?」

「屁理屈……」

「狐め……」

「その通りでござい」

 演者がしてみせる恭しいお辞儀で飾った狐塚の羽織は、重さと軽さを具合良く調合した代物のようで、些細な動作も華やかにしてしまう。

「ま、飲み込めんよな。とりあえず、これだけ覚えていてくれりゃア構わんさ」

 一つ、我々は人の信仰の中にある地獄から来た獄卒である。

 一つ、今、現世には罪が増えている。

 一つ、前述した罪に対する、生前からの対処が仕事である。

 尖った黒爪の親指から順に折り畳まれていく箇条書きを脳へと一生懸命に刷り込む傍ら、東堂は優雅に茶をしばいている。彼に並んで座った蘭も同様で、ただ一人、些か同情的な眼差しを向けてくれている柊は、もしかすると、この中では一番人間寄りなのだろうか。

 思考があらぬ方向へ逸れたついでに、ふと、根本的な疑問が頭へ浮かんできた。

「けど、そういう業務なら、わざわざ人間を招き入れなくっても……こう、地獄から増員すりゃ済む話じゃないんスか?」

 彼らが常世の住民ではないこと、取り締まるべき罪が増えたこと、それに伴って現世へのアプローチへの需要がさらに高まったこと。ここまでは、文面上でならひとまず分からんでもない。が、それらが紐付くあの世の話と、オレとセンセは直結しない。有り体に言えば、必要性がないのだ。健康診断だとか、職務の体験だとかをさせる手間を惜しまず、業務内容についてド素人な人間を特殊な組織に取り込むだなんて、かけるコストにも限度がある。オレと同じ疑問を抱いていたらしい教師も、隣で静かに頷いている。

「アア、それに関しちゃ、またややっこしい所以があって――」

 質問に応じようとした人と獣の間の子が、返答には不自然な文節で押し黙った。探るように目を伏せて、大きな耳をぴんと立てて、時々動かす。どうやらこれは、耳を澄ませている仕草らしい。ややあってから、鬼を名乗る三名もそれぞれに視線を上げた。

「ンー、途中ですまんが、頭が戻ってきた」

 狐塚がそう言うと、座って寛いでいた先輩たちもおもむろに立ち上がる。

「質問の続きは後で。ごめんね」

「おむかえ、だ……」

「……無理はするなよ」

「うん、しんどくなったら座っとけな」

 スーツの装いにするする戻りながら言う四つのうち、後半の言葉が不穏だ。彼らに釣られて腰を上げ、この場においては唯一の同族である隣を見ると、自分の真横ではなく、半身ほど斜め前に体勢を陣取っている。緊張とはまた違った斜め後ろからの表情に声をかけようとした時、部屋のある一辺が、音もなく滑って開いた。

「貴様らか。東堂が拾ってきた人間は」

「やあ、待たせたかな」

 鏡合わせの美男美女! やって来たのは、男女では不可能なはずの、一卵性双生児を思わせるペア一組。語調が強いのは右目に泣き黒子の彼女の方で、左目に泣き黒子がある彼の口ぶりは、どことなく東堂に似ている。唇の端に乗せた笑みにも既視感を覚えたが、人外とやらは総じてこういう特徴が出やすい傾向でもあるのだろうか。彼らは狐塚と柊それぞれに、上着を投げるようにして手渡した。

「君たちが、猫間と乾か」

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