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ジェラルド・バークスという男

 ジェラルド・バークス。

 彼はアレンス王国の騎士団に所属する騎士で、今はセラフィーネ王女の近衛騎士を務めている。

 目鼻立ちの整った彼は身体能力も高く、頭もそこそこ良かった。

 けれど、バークス伯爵家の五人兄弟の三男として生まれた彼は幼少時から上の兄二人から使いっ走りにさせられ、下の弟二人の面倒を嫌々任されたりと貧乏くじを引く星の下に生まれてしまう。

 しかしながら、家族が嫌いだったわけではない。むしろ、家族仲は良い方だ。

 それに、歴史があるだけの貧乏な伯爵家の暮らしに不満はない。

 だからこそ、早々に家を出て食い扶持を一人でも減らして、他の家族に楽をさせたいと思うようになっていた。

 そんな彼が将来の夢として選んだのは、騎士。

 一人前の騎士になりたいと望む彼は騎士学校に入学する日を心待ちにしていた。



 そうして、数年後。色々と努力をしていたジェラルドは念願叶って騎士学校に入学することができたのである。

 幼い頃から自然豊かな領地を駆けずり回って遊んでいたこともあり、彼は他の年代の子供より体力があった。

 また、剣の筋も良かったので成長するに従い、他の同期達との実力差が如実に表れてきた。

 そんな、ある日のことである。


「君、強いんだね」


 ジェラルドに声をかけてきたのは、ライナス・ファレルという体格の良い少年だった。

 彼も非常に優秀で、いつもジェラルドと一、二位を争っている相手。

 上位貴族であるファレル侯爵家の次男がなぜ話しかけてくるのか分からなかったが、彼に嫌味を言いにきたというわけでもなさそうである。


「いつも一人だけど、友人はいないの?」

「……必要ないから」

「でも、騎士として協調性は持っておいた方が良いと思うよ」

「今は必要ないってだけだ。卒業したら友人の一人でも作るさ」


 苦笑して肩を竦めるジェラルドであったが、彼が友人を作らなかったのは一言で言えばお金がかかるからだ。

 友人がいると出掛けることが増えて店で何かを買ったり、ご飯を食べたりとお金が出ていく。

 王城内で時折、雑用をしてお金を稼いで逆に仕送りしていた彼は、無駄なことにお金は使いたくない。

 ケチと言われればそれまでだが、彼は節約できるところは節約したい男であった。


「変わってるね」

「いつも一人の俺に話しかける貴方も変わってると思うけれど」

「かもしれないね」


 変わってると言われても機嫌を損ねることはなく、ライナスは軽く首を傾げて満面の笑みを浮かべている。

 穏やかで優しく、裏のない真面目な好青年。

 それが彼に対する印象だった。


 以降、ライナスと仲良くなったかというと、そうはならなかった。

 ファレル侯爵家の子息と友達になりたい他の同期が彼を取り囲み、ジェラルドに近寄らせないようにしていたからである。

 そんなことをしなくても、彼は近寄ったりはしないというのに。


「権力がある家に生まれるのも大変なんだな」


 常に誰かが側にいる状態を眺めながら、ジェラルドはポツリと口にした。

 もしここでライナスと仲良くなっていれば、そうでなくて他の同期と仲良くしていれば新人騎士の腕試しの裏事情を知れたかもしれない。

 しかし、現実は無情に厳しかった。

 優勝賞金に目が眩んだ彼は、本気を出して決勝でライナスに勝って優勝してしまう。

 結果として、彼は上に睨まれて騎士が一番嫌がる厳しい環境の国境警備に回されることになったのである。


「まあ、危険な仕事だから給料も高いし、結果的には良かったんだが」


 不幸中の幸いというものである。

 それに国境警備の仕事はジェラルドにピッタリ合っていた。

 筋肉隆々の同僚達は裏表のないハッキリした人達で面倒見も良くて、新人騎士の彼の世話をよくしてくれた。

 情に厚い彼らの絆も強く、家族同然だった。

 そこで暮らした二年間は、今もジェラルドの宝物となっている。


 けれど、国境警備で功績を上げたことにより、これ以上活躍されては困ると判断した上によって王都に呼び戻され、詰め所の雑用係を押しつけられてしまった。

 上に睨まれては昇進することも叶わない。

 すっかり仕事の意欲を失ってしまっていたジェラルドは、騎士という身分を隠して城下を遊び歩くことで不満を解消させていた。

 そんなことを続けていたら、上から声がかかり、なんと病弱なセラフィーネ王女の近衛騎士に選ばれたと知らされる。


「……俺が近衛騎士ですか?」


 王族の近衛騎士など誰もが羨む地位だ。上はとち狂ったのかと思うほど、ジェラルドには信じられない話であった。


「ああ。病弱とはいえ、十六歳になられるのに騎士の一人もいないのはおかしいだろう。尤も、ずっとベッドで寝ている状態だから部屋で待機するだけの仕事になるが」

「そ、そうですか」

「あと、国王陛下直々のお言葉だが、くれぐれもセラフィーネ王女のことは他人に話さないように、とのことだ」

「守秘義務があることくらい承知しています」

「分かっているが、陛下から念を押されたんだ。くれぐれも余計なことはするなよ」


 とてもじゃないが断れる雰囲気ではない。

 あまり気が乗らなかったが、ここで不興を買うのは立場的に危険だと判断し、ジェラルドは素直に頷いた。


 だが、この話には裏がある。

 長年、大人しくしていたセラフィーネに国王は、もう逃げ出す気力もないだろうと思い込んでいた。

 いつまでも近衛騎士がいない状態では、事情を知らない貴族に怪しまれるので世間体を考えて今回の件を考えついたのである。

 無論、家柄の良い者や口の軽い者を近衛騎士にすることはできない。

 よって、騎士団の中で上から睨まれ、中位貴族で実家が遠くて友人も少ない上に口も硬いジェラルドに面倒な仕事を押しつけたにすぎない。

 そうとは知らない彼は、降って湧いた昇進話に呆然としていた。

 実際には昇進ではなく島流しのようなものであったのだが、彼が知る由もない。



 かくして、ジェラルドは人に案内されてセラフィーネの住まう離宮に連れて来られたわけである。

 人がいる気配が感じられない離宮に本当にここに王女がいるのかと見つめていると、案内してくれた人はそそくさと元来た道に戻って行く。


「……なんだ、あの態度は。王女に挨拶もしないなんて不敬じゃないか」


 追いかけて咎めようとしたジェラルドだったが、突如として開いた扉によってそれは遮られてしまう。

 扉を開けて姿を現したのは、長い銀髪を揺らし、琥珀色の目をキラキラと輝かせた美少女だった。

 もしや、セラフィーネに仕える侍女なのだろうか、とジェラルドはジッと見入ってしまう。

 ワクワクを抑えきれない様子の彼女は、ポカンとしているジェラルドの様子を気にも留めていない様子だった。


「貴方が近衛騎士ね! 隔離された離宮にようこそ! 歓迎するわ。さあ、中に入って!」

「は?」


 貴族令嬢とは思えぬ口調と態度にジェラルドは度肝を抜かされる。

 しかし、セラフィーネにも挨拶をしなければならないことから、彼には中に入る選択肢しか残されていない。

 促されるまま離宮に足を踏み入れ、部屋に案内されると侍女服に身を包んだ神経質そうな女性が出迎えてくれた。


「お話は伺っております。どうぞお掛け下さい」

「……ちょっと待ってくれ。確かセラフィーネ様の侍女は一人だけだろう? なぜこの場に二人もいるんだ」


 ジェラルドの言葉に二人は真顔になって顔を見合わせると噴き出してしまった。

 おかしなことを言ったわけでもないのに、どうしたというのか。

 眉を寄せてジェラルドが考えていると、最初に出会った侍女らしき女の子が一歩前に出てくる。


「私の顔を見ても分からないのかしら?」

「なにを」

「侍女が一人しかいない場所に、もう一人いたら残される答えなんてひとつしかないでしょう?」


 そう言われて、ジェラルドはハッとした。

 他に人の気配もないし、何より目の前の少女は国王によく似ている。

 八割ほど確信していたが、本人の口から聞きたいと思った彼は躊躇いがちに口を動かした。


「………………まさか、貴女がセラフィーネ様なんですか?」


 大正解! とセラフィーネは満面の笑みを浮かべて得意気に答える。

 けれど、病弱と聞いていたジェラルドの頭は混乱していた。


「待って下さい! 病弱で床に伏せっているのでは?」

「ああ、病弱っていうのはお父様が流した嘘よ。理由は私の髪と目を見れば想像がつくのではなくて?」

「確かに王家の方々とは違いますが、それだけで人気のない離宮に住まわせるなど考えられません」

「それは、お父様がお母様の方を取ったからよ。浮気を疑われて責め立てられたら、誰だって気が滅入るしふさぎ込んでしまうもの。それで、私を拒絶したお母様の心を壊さないために、お父様が私をこの離宮に捨て置いたというわけ」


 仲睦まじい王家の人達の姿を見てきたジェラルドからすると、にわかには信じがたい話だった。

 まさか、目の前の彼女は影武者なのかとも思ったが、王家の人達の血を感じさせる顔立ちにそれはないと頭を振る。

 特に第二王子と似通っていた。

 それに、国王からセラフィーネのことは他言無用と伝えられていたことや、案内してくれた人のあの態度を考えると、彼女の言っていることが事実なのだろうと考えられる。

 華やかな王家の闇を垣間見てしまい、ジェラルドは天を仰いだ。


「厄介な仕事を任されたなぁ、なんて思ってる暇はないわよ! まずは貴方の名前を教えてちょうだい!」


 ああ、そういえば自己紹介もしてなかったな、と思い、衝撃からなんとか立ち直ると、彼は座り直して真っ直ぐにセラフィーネの目を見た。


「……ジェラルド・バークス。バークス伯爵家の三男です」

「そう、ジェラルドと言うのね! 知ってると思うけど、私はセラフィーネ・アレンスよ。よろしくね! それで、貴方はどんなヘマをしてこんな仕事を押しつけられたの?」


 教えて教えて! と興味津々に彼女は尋ねてくる。


(捨て置かれたっていうのに、どうしてこんなに生き生きとしてるんだ……! いや、泣き暮らすよりはマシかもしれないが、それでも俺の中で想像した王女と違いすぎやしないか)


 王家の闇を垣間見たときとは、別の意味で衝撃を受けている。

 見た目は非常に可憐な美少女だというのに、中身が活発すぎてついていけない。

 とはいえ、主人となったセラフィーネが聞いてくるのだから答える必要がある。

 嘘を言っても良かったが、それでは本当のことを説明してくれた彼女に対して不誠実だ。

 だから、ジェラルドは包み隠さずに全てを話した。


 話を聞き終えたセラフィーネは興奮したように身を乗り出し、目を輝かせていた。


「新人騎士の腕試しで優勝するなんて凄いじゃない! ジェラルドって強いのね!」

「あの……今のは空気を読めなかった俺の失敗談のはずだったんですが」

「どこが失敗談なのかしら。上位貴族の子息にわざと勝たせるなんて、くだらない風習を考えついた騎士団が悪いだけではなくて? そのようなことをしていたら、本当に実力のある人達に失礼だわ。それに、やる気を削ぐ愚行よ」

「そう……でしょうか」

「そうよ。だから、気にする必要なんてないわ。貴方は実力で優勝した。その事実は変わらないし、むしろ誇るべきことよ」


 本心から言っているセラフィーネの真っ直ぐな言葉に、ジェラルドは初めて自身が認められたような気がした。

 スッと心が軽くなったように感じる。


「でも、そのように優秀な人を寄越すだなんて上層部は何を考えているのかしら? もっと良い配属先があったでしょうに。自分達の思うように動かなかったってだけで、手放すのは国のためにもならないわ」

「いえ、他にも優秀な人はたくさんいますから」

「それでもよ。いくら私が外に出ないと信じ切ってるとはいえ、実力のある人が近衛騎士になるのは素直に喜べないわ」


 外に出ない、というセラフィーネの言葉にジェラルドは引っかかりを覚える。


「失礼ですが、お体が丈夫なのであれば外出しても構わないのではありませんか?」

「まず許可がおりないわ。家族と髪や目の色が違う私が王城内を歩いたり、城下に行ったりされては困るから外出は禁止されているのだもの」

「では、ずっとこの離宮で暮らしていたんですか?」

「そうよ。暇で暇でどうしようもなかったの。でも、途中で来てくれたエレノアが一般常識や貴族のあれこれを教えてくれてるから、昔よりもマシだけれど」


 屈託なく笑うセラフィーネを見ていると、どうしようもない同情心がこみ上げてくる。

 そんなものを彼女は求めていないだろうが、こみ上げてくる感情を抑えきれない。

 ただ、髪と目の色が違うというだけで捨て置かれた王女。

 成長するまで待っていれば、父親である国王に似ていると分かったかもしれないのに。


(それにしても、驚くほどに純粋で素直な方なんだな。自分の境遇を嘆くこともなく、国王陛下や王妃様に対する不満も口にしない。俺の知っているどの貴族よりも素晴らしい方だ)


 騎士団の上の人達はジェラルドを左遷させたのかもしれないが、彼はそう思わない。

 窮屈な暮らしをするセラフィーネの日常に少しでも花を添えたいと感じていた。

 ……のだが、この元気すぎる王女は彼が仕事に慣れた辺りで「城下に行くわ!」と宣言したのだ。

 止める声も聞かずに飛び出して行った彼女を追って、仕方なく城下の散策に付き合う破目になってしまう。

 しかも、一度きりではなく何度もである。

 自由なセラフィーネにジェラルドは振り回されているが、外の世界を満喫している彼女を無理に連れ戻すことはできなかった。


 そして、いつものように城下に出たあの日。

 目標を持てたセラフィーネと同じく、ジェラルドの感情にもある変化が訪れる。

 

『近衛であっても貴方は騎士。犯罪を犯した者を見逃すの? その剣を国に捧げたのなら、国に住まう民を守るのは騎士の務めではなくて?』


 それは昇進を諦めていたジェラルドの心の隙間を埋めるのに十分な言葉であった。

 急に目の前にいるセラフィーネが輝いて見えてしまう。

 感傷に浸る間もなく、背中を押されてひったくり犯と対峙させられてしまったのは驚かされてしまったが。

 けれど、その後の会話のやりとりの最中でも彼女の輝きは色褪せない。むしろ輝きが増している。

 彼女の細かい動作にも目が行き、離すこともできない。

 その声で名前を呼ばれると照れくさく、同時に心が温かくなる。

 できればずっと見ていて欲しい、と考えたところでジェラルドは己がセラフィーネに対して感じているのは恋心なのではないかと思い至った。


「……守らなければいけない相手を好きになるとか、どうしようもないな」


 離宮に戻ってきたセラフィーネが就寝した後、彼女の部屋の前で警備していたジェラルドは片手で顔を覆う。


(だが、セラフィーネ様に気持ちを伝えるなんて愚かなことはしない。俺はあくまでもただの近衛騎士だ。仕事を優先しなければ)


 セラフィーネだけの騎士になると誓ったのだから、自制しなければならない。

 手を顔から外した後に見えた目はどこか覚悟が決まったかのように真っ直ぐだった。


 結果的にジェラルドは気持ちを悟られることにはなっていないが、照れ隠しとバレないようにとの思いからセラフィーネをからかってしまうのは反省するところである。

 けれど、良い反応を返してくるので当分は止められそうになかった。

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