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深夜の話し合い

 口元が緩みっぱなしのまま離宮に戻ったセラフィーネは、夕食の後でエレノアへ今回の事件の説明をし始めた。

 最初は神妙に聞いていたエレノアだったが、ジェラルドと両思いになったと伝えた途端に彼女の笑顔が凍りつく。

 不穏なオーラを身に纏いながら、ゆっくりとセラフィーネの後ろに待機しているジェラルドに視線を向けた。

 無言で笑っていない目で見つめているが、彼にだけはエレノアが何を言いたいのかヒシヒシと伝わってくる。

 けれど、彼は引くつもりは毛頭なかったことから、その視線を真っ向から毅然とした態度で受け止めていた。

 間に挟まれたセラフィーネは、ただならぬ空気を感じて二人の顔を不安そうに眺めていた。


「ね、ねえエレノア。もしかして私とジェラルドは祝福したくないくらいに相応しくないと思っているのかしら? けれど、貴女も知っての通りジェラルドはとても優秀な人よ。態度はちょっとアレだけれど仕事で手を抜いたことはないし、いつだって私のことを一番に考えてくれていたわ」


 なんとかエレノアに認めてもらいたいセラフィーネは必死になってジェラルドのフォローをいれ始める。

 彼の方もそうだと言わんばかりに大きく頷いた。

 彼の態度のでかさがエレノアの気に触ったが、彼女とてセラフィーネが幸せを感じていることを喜びたい気持ちはある。

 それにジェラルドの優秀さはとっくの昔に認めているし、気持ちにもなんとなくだが気付いていた。

 己の感情をひた隠し、ただセラフィーネのためだけに尽くす彼は誠実で理性的な男なのだ。

 ただ、敬愛する主を取られることが面白くないだけである。

 馬鹿な意地を張って主を不安にさせることは良くないとも分かっていたので、彼女は己の小さなプライドをへし折ることを決めた。


「私はジェラルドが相応しくないと思っておりません。実際に姫様をお守りできるのは彼だけでしょう。公私ともに姫様をお守りしてくれるというのなら、私としても安心です」

「なら」

「ですが、不安もあるのです」

「不安?」


 首を傾げたセラフィーネにエレノアは「はい」と言って言葉を続ける。


「バークス伯爵家は建国から続く家ですが、それだけです。国の重鎮ではない家に陛下が降嫁を認めるとは思えません。何よりジェラルドは三男。尚更難しいと思いますが、そこら辺は貴方も自覚しているのでしょうね」

「ええ、もちろんです。ですので、セラフィーネ様に相応しい男になるために、死に物狂いで昇進するしか道はありません」

「責任は取ると?」

「はい」


 二人の会話を苦笑しながら聞いていたセラフィーネであったが、ジェラルドが彼女と結婚する意思があると知って目を瞬かせた。


(そういえば好きだと言われたけれど、その先の話は何もしていなかったわね。結婚など絶対にできないと思っていたから、最初から考えに入っていなかったわ)


 そもそもジェラルドは三男なのだから、無理にセラフィーネと結婚する必要はない。

 近衛騎士のまま、ずっと側にいてくれればいいと彼女は思っていた。

 けれど、彼はその先を考えている。

 セラフィーネを妻にしたいと思ってくれている。

 色々と諦めることの多かった彼女からしたら、想像もしていなかったことである。

 その気持ちだけで、彼女の心は嬉しさと喜びで満たされていた。


「ですが、現状ではまだ姫様がどのような扱いになるか分かりませんよ? 国王陛下が退位なされないのなら、このままでしょうし」

「いえ、フレデリク殿下は切り札を持っていらっしゃるので、それはないでしょう。順当に第一王子のルドルフ殿下が国王に即位されるはずです。そうなれば、セラフィーネ様は表に出ることになりますが、さすがに回復したばかり……という体の妹君をすぐに嫁がせることもしないかと」

「まあ、それはそうですが」

「時間に猶予はありますので、その間に周りを固めていきますよ」


 ジェラルドには絶対的な自信があるようだ。

 彼ならば、きっと成し遂げられるだろうと信じたエレノアは、やっと肩の力を抜いて穏やかな笑みを浮かべる。


「道は困難ですが、死ぬ気で勝ち取ることですね。さあ、夜ももう遅いですし、姫様は床につくお時間です。今日はお疲れになったことでしょう? ゆっくりとおやすみください」

「私はさほど疲れていないわ……。けれど、私が眠らないとジェラルドもエレノアも休めないものね。特にジェラルドは一番頑張ってくれていたもの。たっぷりと寝て体を休めてちょうだいね」

「はい。お言葉に甘えさせてもらいます」


 労るような笑みを浮かべたセラフィーネはジェラルドにおやすみの挨拶を済ませるとエレノアと共に寝所に向かった。

 ベッドに横になり、エレノアが電気を消して退室した後で彼女は薄暗い部屋の天井を見つめてホッと息を吐き出す。


(最初はどうなるかと思ったけれど、上手くエイムズ伯爵を捕まえることができて良かったわ。それにローラ達も助けられたし。やはり人から「ありがとう」と言われるのは何度体験しても嬉しいものね)


 まだこれから父親との話し合いが残されているが、それでもセラフィーネは全てを終えたかのような気持ちを抱いていた。


(大丈夫。お父様のこともきっと上手くいくわ。なんせフレデリクお兄様達がついているのだから)


 そう心に思ったセラフィーネはゆっくりと瞼を閉じたのだった。




 けれど、皆が寝静まった深夜。

 突如、玄関をノックする音が部屋に響き渡った。

 熟睡していたセラフィーネは未だ夢の中だったが、眠りの浅いエレノアとジェラルドが飛び起きて突然の来訪者を警戒しながら招き入れる。

 現れたのは見慣れぬ男性であった。

 彼はルドルフの秘書官だと名乗り、これから父親との話し合いが行われることを彼女達に述べてきた。

 帰ってきて早々に動くのかとエレノア達は驚いたが、間を開ければ父親が上手く逃げる策を思いつくかもしれない。

 フレデリク達は早急に事を進めたいようだ。

 これはセラフィーネを起こさなければいけないと思ったエレノアが寝所に向かおうとするが、さすがにこの騒ぎで起きたのか目をこすりながら彼女が顔を見せた。

 すぐにエレノアはセラフィーネを寝所に戻し、今し方起きたことを寝ぼけ眼の彼女に告げる。

 まだ覚醒するに至らなかった彼女であったが、父親との話し合いが始まっていると聞き、一気に眠気が吹き飛んだ。

 断る理由もなく、話し合いの場に行くことを決めていた彼女は、エレノアに手伝って貰いながら身支度を整える。


「無事に事が運ぶとよろしいですね」

「私はお父様に顔を見せにいくだけだもの。できることは何もないわ。全てお兄様に任せるしかないわね」


 手を握って気合いを入れたセラフィーネは、足早に秘書官の待つ部屋に入って早々「話し合いの場に行くわ」と宣言する。

 返答を聞いて安堵した様子の秘書官は、それでは、と口を開く。


「大変失礼ですが、あまり人目につかないように移動していただかねばなりません。ご了承下さい」

「今の時点で私の姿を見られるわけにはいかないものね。別に構わないわ」

「ありがとうございます。では、ルドルフ殿下方のところへご案内致します」


 緊張したように頷いたセラフィーネはジェラルドを連れて、案内をする秘書官の後に続く。

 城で暮らした記憶がまったく残っていない彼女は、初めて見る城内に忙しく視線を動かしていた。

 場内はどことなく張り詰めた空気が流れている。

 また、移動中は護衛の騎士とすれ違うことはあったものの、夜ということもあって使用人や貴族と顔を合わせることはなかった。

 騎士達は事前にセラフィーネのことを聞いていたのか、呼び止めたりせず静かに彼女に向かって頭を下げるのみ。

 慣れない騎士達の態度もあって、これから記憶に残っていない父親と顔を合わせるのだと思ったら、彼女は段々と気持ちのゆとりがなくなっていく。

 特に誰かに引き留められることもないまま、セラフィーネ達は目的の部屋に到着すると、秘書官は彼女の心の準備が整う前に扉をノックした。

 すぐに中から扉が開けられ、秘書官と扉を開けた男性が小声で言葉を交わし始める。

 二、三言葉を交わした後に秘書官はセラフィーネに中に入るようにと促した。


(……この部屋の中にお父様がいるのよね。私を見てどういう反応をされるのかしら? 罵倒でもされたらさすがに泣いてしまうかもしれないわ)


 不安が渦巻く中、背後にいたジェラルドがセラフィーネの肩に手を置いた。


「この部屋には、お一人を除いてセラフィーネ様の味方ばかりしかいません。俺もいます。何も悪くないセラフィーネ様が不安になることなどひとつもありません」

「ジェラルド……」

「それに、無理だと思ったらすぐに離宮に戻ってしまいましょう。後のことはルドルフ殿下やフレデリク殿下が何とかして下さいます。何なら、俺が担いでいきますよ」


 いつぞやのようにジェラルドがセラフィーネを担いでいる様子を想像した彼女は思わず軽く笑い声を上げた。

 不思議と不安も吹き飛んでいくように感じる。


「……大丈夫よ。不安だからと逃げ出したりしないわ。これは自分を取り戻すために必要なことだもの。きちんとお父様と向き合うわ」


 振り返ってジェラルドを見るセラフィーネの目に迷いはない。

 守ってくれる人は沢山いると思い出すことができたのだ。

 息を吐いた彼女は、姿勢を正してまっすぐに前を見据えた。


「さあ、行くわよ」


 覚悟を口にしたセラフィーネは、しっかりと足を踏み出す。

 王女らしい笑みを浮かべ、優雅に部屋に入っていったのである。

 室内にはフレデリクとルドルフ、そして父親である国王の三人がソファに座っていた。

 彼らは話に熱中しているのか、彼女が入ってきたことに気が付いていない。


「失礼」


 セラフィーネが声をかけると、三人の視線が一気に集まる。

 兄達は歓迎するような笑みを浮かべていたが、父親だけは目を見開いて絶句していた。

 父親はこんな顔をしていたのだな、と彼女は思ったが、特に心が揺さぶられることはなかった。


「呼ばれて来たのだけれど、話はまだ終わっていないのかしら?」

「ちょっと、父上がごねてるものでね」

「構わないわ。どうせ離宮にいてもすることなどないもの。それに、ようやく城に入る許可が得られて嬉しいくらいだわ」

「そう。なら良かった。……それで、十四年ぶりに見た城内はどう?」

「夜だから明かりも少ないし詳しくは分からないけれど、記憶にないから新鮮だったわ」

「それは結構。……ああ、そうだ。兄上も君に会いたがっていてね。挨拶をしてあげてくれるかい?」


 フレデリクに言われ、セラフィーネは顔をルドルフの方へ向ける。

 目が合うと彼は立ち上がり、軽く口元に笑みを浮かべた。

 フレデリクと同じ赤毛の髪だったが、彼のような優男ではなく、大人の色気を纏った美しい顔立ちをしている。

 満面の笑みを浮かべたセラフィーネは、ルドルフに向かって軽く頭を下げた。


「お久しぶりね。会えて嬉しいわ。とはいっても、私はルドルフお兄様と過ごしたことを覚えていないのだけれど」

「まだ二歳だったのだから覚えていなくても無理はありません。病弱だと聞いていましたから、ずっと心配していたんです。周囲から止められていたことや母上の手前、会いに行くこともできずに放っておいたことを申し訳ないと後悔していました」

「気にしていないわ。それに、割と自由を満喫していたし、離宮を抜け出してたりしていたしね」

「フレデリクから聞いていましたが、本当に病ではなかったのですね。特に健康に問題も無いのに、あの離宮にいるなんて父上は本当に酷いことをされる」


 父親を非難する言葉を吐いたルドルフは、軽蔑するような視線を投げつけた。

 だが、父親は彼の視線にも気付かぬくらいにセラフィーネを凝視している。


「……お前は……セラフィーネ、なのか?」


 震える声で問いかける父親にセラフィーネは笑みを浮かべたまま頷いた。


「ええ。貴方の娘のセラフィーネよ」

「まさか……そんな……」


 セラフィーネを見ても信じられないのか、父親は手を震わせていた。

 銀髪であるとはいえ、顔立ちは彼の母親である王太后と似ている。

 どこをどう見ても彼の娘であることは明白であった。

 そんな彼にフレデリクはただただ冷めた目を向ける。


「これで父上がしたことは無駄だったと分かったでしょう? エイムズ伯爵の口車に乗せられて、しなくてもいい愚策を選んだ。父上は最初から選択を間違えていたということだ」

「十四年ぶりに見る俺でもセラフィーネは父上と母上の子だと分かるぐらいです。彼女を離宮に追いやったことで、今回のエイムズ伯爵の犯罪を強く追求することができなくなったのです。国王として、最悪のことをしたのですよ。そのような父上に玉座に座り続ける資格はありません」

「大体、エイムズ伯爵にご丁寧に口止めの手紙まで送っているとは。これが公になれば、貴族達から責め立てられるのは確実。王としての威厳は地に落ちるだろう」

「ですから、これを表に出す前に退位してもらいたいんです。病気で執務が行えなくなり退位するのと、後世まで情けない王として名を残す方、父上はどちらを選ばれますか?」


 実の親子だけあって容赦がまるでない。

 退位することにごねていた父親は、セラフィーネのこともあって諦めたのか無言で項垂れた。

 その姿に、王としての威厳はなかった。


「……全ては、妻を守るためだったのだ」

「守り方は他にもありました。誰かを犠牲にする方法を取らずとも、父上が毅然としてセラフィーネは自分の娘だと胸を張って言い続ければ良かったのです」

「そうすれば、成長した彼女を見て貴族達も納得したはずだ」

「全ては父上が招いたことです。民よりも妻を選んだ父上を情けなく思います」


 本当に容赦がない。

 聞いているセラフィーネは、もう止めてあげてよ、と言いたくなってしまう。

 しかし、兄達は父親を責め立てることを止めない。


「セラフィーネをご自分の娘だと認めて退位して下さい。俺達が望むのはそれだけです」

「これからの国は、僕達が守っていく。だから、父上達は離宮でゆっくりするといい。あそこは自然が豊かで静かだから、城内の噂話も入ってこないだろうし」

「母上もいることですし、ずっと一緒にいられますよ」


 良いことだけを口にしている兄達は、まるでカモを前にした詐欺師のようにしか見えない。

 果たして父親は首を縦に振るのか疑問に思ったセラフィーネは、固唾をのんで成り行きを見守るしかない。

 兄達の言葉を受けて、項垂れていた父親は顔を上げると、ジッとセラフィーネを見つめてきた。

 何を言われるのかと彼女は反射的に身構えてしまう。

 彼はどこか気の抜けた表情を浮かべながら、ゆっくりと口を動かした。


「十四年も蔑ろにしていて申し訳なかった。今ようやく私は自分の愚かさと間違いに気づけた。お前は間違いなく私の娘だ……。一度でも会いに行っていたら気付けたことを放置し続けていたことを謝罪したい。本当に申し訳なかった」


 そう言って、父親は深く頭を下げたのである。

 まさか謝罪されるとは思っていなかったセラフィーネは毒気を抜かれた。

 顔を上げた父親の顔は、どこかスッキリしているようにも見えることから色々と諦めがついたのだろう。


「……ルドルフが言っていた通りだ。全ては私の弱さが招いたこと。国よりも一人の女性を選んだ私に王である資格はなかろう。退位の件も受け入れる。だが、ルドルフはまだまだ若い。時に貴族とぶつかることもあるだろう。そういうときは遠慮せずに私の力を使って欲しい。病気で退位したことにすれば、貴族達からの評価は今と同じなのだからな」

「ええ、そうさせて頂きます」

「退位するにしても、すぐにというわけにはいかん。先にセラフィーネを離宮から出さねばならんし、色々とルドルフやフレデリクに引き継がねばならんこともある」

「ええ、それはこちらも了承しています。ですので、まずは父上に倒れて頂く必要がありますね」

「芝居はあまり得意ではないが、滞りなく代替わりするためだ。努力しよう」


 思惑通りに父親から言葉を引き出せたからか、兄達は初めて肩の力を抜いた。

 セラフィーネの方はというと、最初の登場だけで特に何もしてないなかったので完全に傍観者となっている。

 それでも父親から娘として認められたことや謝罪の言葉をもらったことは、彼女にとっても大きなものであった。

 やはり、嫌われるよりは認められた方が嬉しいからだ。

 これでようやく人身売買という大きな事件は完全に終わったのである。

 自身の役目は終わったと思ったセラフィーネは、兄達に断りを入れて部屋を退室した。

 

 こうして、この話し合いが終わって少し経った頃、予定通り倒れた父親は重い病気が判明した、ということになった。

 それと共にルドルフに引き継いだ後に退位し、離宮に移動すること、ルドルフが次期国王になることが公表される。

 また、騒がれることで見舞いが殺到するかもという懸念もあって公表していなかった、という嘘の理由でセラフィーネの容態が回復に向かっていることも併せて告げられた。

 代替わりすることや父親が離宮に行くことで自身の弱った姿を見せたくないという理由もあり、彼女は離宮から城の自室に移動すると発表された。


 以上のことが公になった数日後。

 セラフィーネはヒッソリと離宮から城の自室に移動することとなり、十四年ぶりに王宮に戻ることになったのである。

 明るい場所で見る王宮は彼女に様々な思いを抱かせた。

 特に緑豊かで色々な花が咲き誇っている庭園に彼女は目を奪われる。

 これからは自由に王宮内を出歩けるのだと期待に胸を膨らませた。


 けれど、セラフィーネの願いは早々に打ち砕かれることとなる。

 これまで床に伏せっていたという話に真実味を持たせるために一日中部屋でジッとしなければならない送る破目になったからだ。

 加えて、エレノアだけだった侍女は三人に増えたことで、尚更大人しくせざるを得なかった。

 セラフィーネの姿を初めて見た侍女達は最初の内は、父親や兄達とまったく違う髪色の彼女に驚いた様子を見せていた。

 けれど、顔立ちやふとした仕草、言動が父親や兄達と同じだったりしたので、彼女が紛れもなく実の娘であると納得し、普通に接してくれるようになった。

 それは嬉しいことであるが、いつになったら王宮内を出歩けるようになるのかと彼女はつまらなさそうにため息を吐いた。

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