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とある少女との出会い

 兄である第二王子のフレデリクの姿を見てから数日後。

 入り組んだ路地から出たセラフィーネとジェラルドが通りを歩いていたところ、彼がやけに周囲を窺っていることに彼女は気が付いた。

 視線だけを動かしては時折立ち止まって、飾られている商品を眺める振りをしながらガラスに映った背後の風景を凝視している。

 ジェラルドの隣に立っていた彼女は、同じように商品を眺める振りをして小声で話しかけた。


「怪しい人でもいたの?」

「……ええ。先ほどからずっと後を付いてきている人間がいるんです。まだ顔は確認できていませんが」


 一切顔を動かさずに会話する二人の姿は異様であった。

 けれど、つけている相手からすれば、店内の商品を見て世間話をしているようにしか見えない。


「こちらに敵意を持っている相手なのかしら?」

「今の段階では断言できませんが、ずっと一定の距離を保っているところを見ると可能性は低そうですね」

「ずっとって、だから入り組んだ路地から早々と出たの?」

「ええ。人気のない場所で接触してこなかったので、泳がせて正体を確かめようと思いまして」


 だから、次の場所に行くのに近道だからと路地に入ったのに、すぐ近くの通りに出たのかとセライーネは納得した。

 ジェラルドの言葉を信じるなら、危険はなさそうだがつけられているのは気味が悪い。


「どうにかならないのかしら」

「このままだと仕事に支障が出ますしね。致し方ありません」


 そう言って、ジェラルドは勢いよく後ろを振り向いて一点を見つめた。

 瞬きひとつもせずに険しい表情を浮かべて、ただひたすらにそちらを凝視している。

 しばらくして、ゆっくりと瞼を瞬かせると、ホッとしたように笑みを浮かべた。


「俺が気付いたと分かってくれようで、気配が消えました」

「私はまったく分からなかったけれど、本当に?」

「はい」


 ジェラルドの言葉にセラフィーネも安心して息を吐き出した。


「……良かったと思うけれど、つけてきていたのがお父様の関係者でないことを祈るのみね」

「陛下の関係者であれば、有無を言わせずセラ様の髪を引っ張ってカツラを剥がそうとしたと思いますよ」

「ああ、それもそうよね……。まあ、何にせよ、どこかに行ってくれて良かったわ」


 得体の知れない人に見られているのは気分が良いものではない。

 解放されて気が緩んだセラフィーネは、気を取り直して本来の目的に戻ったのだった。


 そして周囲を注意深く見ながら歩いていたセラフィーネであったが、突然路地から飛び出してきた少女に気が付き、慌てて体を引いた。

 寸でのところでぶつかることは免れたが、少女は体勢を崩したのか勢いよく尻餅をついてしまう。

 よく見ていなかった彼女の落ち度だと思い、慌てて少女に手を差し伸べた。


「ごめんなさい。よそ見をしていて気付くのが遅れてしまったの。大丈夫? 怪我はない?」

「だ、大丈夫、です」


 少女を立たせたセラフィーネは彼女の服に付いた埃を手で払った。

 一応念のために彼女が武器の類いを持っていないか確認する。

 手ぶらだったところを見ると、セラフィーネとぶつかりそうになったのは本当に偶然のようだった。

 見たところ怪我はなさそうである。

 遠くを見ていたせいで子供を転ばせてしまうとは、情けない気持ちになってくる。


「怪我がないようで良かったわ。本当にごめんなさいね」


 口にしながら少女と視線を合わせた瞬間、彼女が大きく目を見開きセラフィーネの腕を掴んできた。

 すぐにジェラルドが動こうとしたが、武器を携帯していないのを確認していたことから、彼女はそれを手で制して掴んでいた少女の手に己の手を乗せる。


「私に何か用があるのかしら?」

「あの! 知り合いから、困ってる人を助けるお金持ちのお嬢様と護衛の人の話を聞いて、ずっと探してたんです。何度か見かけたけど、声をかける前にどっか行っちゃって……。」

「確かに私達が困っている人を助けているのだけれど、良く私達だと分かったわね」

「だって、女の人はセラって呼ばれてて茶髪でお金持ちのお嬢様で可愛い人で、男の人は護衛で剣を持ってるって聞いてたんで……」


 途端にセラフィーネは表情を綻ばせ、横にいたジェラルドを見上げた。


「ジェラルド聞いた!? 私、可愛いって評判らしいわよ!」

「気にするところはそこじゃありません。何度か見かけたっていうことは、俺達をつけてきていた犯人は彼女だと思うのですが。……で、どうなんだ?」


 ジェラルドの圧に押されたのか、少女は戸惑いがちに頷いた。

 どうやら、セラフィーネ達をつけていたのは彼女だったようだ。


「私達を探してたってことは、何か困っていることがあるんでしょう? すぐに声をかけてくれれば良かったのに」

「男の人の雰囲気が怖くて中々、声をかけられなかったんです」


 普段であれば、そこまでジェラルドは警戒を強めたりはしなかったが、正体不明の人物が現れていたので仕方のない部分もある。

 これは、少女に対して悪いことをしてしまったとセラフィーネ達は反省した。


「怖がらせてしまって悪かったわね。それで、依頼があるということだけれど何かしら?」

「あの、姉を……姉を探して欲しいんです」


 少女の瞳が不安そうに揺れている。

 ただならぬ様子にセラフィーネは身をかがめて彼女と視線を合わせた。


「もしかして、お姉さんが家出してしまったのかしら?」

「家出なんてしません! お父さんもお母さんも死んで、これから二人で生きていこうねって言ってくれたお姉ちゃんが、私を置いていくわけありません。なのに、一昨日から急に帰って来なくなって……」


 少女の語った理由から考えると、家出の線は薄そうである。

 となると、残されているのは事件や事故に巻き込まれた可能性だ。


(見たところ、彼女は十歳前後くらいよね。勘違いして警戒なんてせずに、もっと早く彼女に気が付いていれば……。いえ、後悔している場合ではないわ)


 今は、少女から事情を聞くのが先だ。

 姉がいなくなって不安そうな少女の肩にセラフィーネはそっと手を置いた。


「心細いのに一人でよく頑張ったわね。でも、私が来たからには安心してちょうだい。力を貸してあげるわ!」

「……え? 引き受けてくれるんですか?」

「当たり前よ! 困っている人を助けるのが私の仕事なのだから。全力で手助けしてあげるわよ!」


 しっかりと言い切ると、少女が急に涙ぐんだ。

 泣かれるとは思ってなかったセラフィーネは、慌ててハンカチを取り出して彼女の目元を拭う。


「大丈夫。こう見えて私は意外と顔が広いの。貴女のお姉さんの情報だってすぐに見つかるはずだわ」

「あ、ありがとう」


 泣きじゃくる少女を抱きしめたセラフィーネは、彼女の背中に手を回して優しく撫でる。

 小さな体で不安と戦いながらよく頑張ったと、嗚咽する彼女を抱きしめていた。

 どれくらいそうしていたのか、ようやく泣き止んだ少女は急に恥ずかしくなったのか、彼女の肩を押して距離を取った。


「落ち着いたみたいで安心したわ。知っていると思うけど、私の名前はセラよ。隣にいるのは護衛のジェラルド。ということで、貴女の名前を教えてちょうだい。それとお姉さんの名前も」

「……エイミーです。お姉ちゃんの名前はローラ」

「そう、お姉さんはローラと言うのね。彼女の年齢や働いていたお店とか詳しく教えてくれるかしら?」


 そうして、エイミーから聞かされたところによると、ローラの年は十七歳で最近まで酒場で働いていたらしい。

 他のお店よりも高い給料だったけれど、お店の店主が騎士団に捕まったことで職を失ったようだ。

 その後で新しい職場を紹介され採用されたのたが、数日後に姿を消したとのこと。

 姉妹の両親の死後、まだ子供のエイミーを食べさせるために汗水流して必死に働いていたと話してくれた。


(お店の店主が騎士団に捕まったっていうことはローラは、あのぼったくり店で働いていたということよね。まさか、あのお店のことをまた聞く破目になるとは思わなかったわ)


 だが、姉妹は孤児だったことから考えると、高い給料に飛びついたのも理解できる。

 たまたまかもしれないが、奇妙な偶然もあるものだ。


「話してくれてありがとう。それで、姿を消した当日のローラの行動は分かってるのかしら?」

「はい……。あの日、お姉ちゃんは朝食の後に買い物ついでに用事があるって家を出て行きました。でも、どんな用事かまでは聞いてなくて」

「そう。だけど、その用事が行方不明になったことと関係していると見て間違いなさそうね。エイミーはローラがどこら辺に行ったか聞いてる?」

「ううん。用事があるから遅くなるとしか聞いてないです」


 手がかりがそれだけしかないことにセラフィーネは思わず顔を顰めた。

 最初の頃に聞き回っているはずのエイミーが彼女に助けを求めてくるくらいだ。何の成果もなかったことは簡単に想像がつく。

 せめて最後に、どこにいたのかさえ分かれば捜索範囲が決められるだろうに。


「範囲が広すぎますね。聞き込みをするにも、ある程度の行動は分かっていないと」

「そうね。……でも、まだ打つ手はあるわ。ローラの関係する場所に行けば何か手がかりがあるかもしれない」

「というと?」

「紹介された新しい職場よ。そこを紹介された数日後に姿を消してるんだから、もしかしたら、そこで何かがあったのかも」


 なるほど、とジェラルドは思わず膝を打つ。

 その考えはなかったのか、エイミーも目を見開いている。


「エイミーは子供だから、大人達が真剣に取り合わなかった可能性もあるわ。私達が行けば教えてくれるのではないかしら?」

「確かにそうですね。……じゃあ、ローラがどこの職場を紹介されたか教えてくれるか?」


 警戒心を抱かせないようにしゃがみ込んだジェラルドに、エイミーは狼狽えながらも答えてくれた。

 それによると、ローラが紹介されたのは、なんとジェフのお店であったのだ。


「まさか、ジェフの店とはね。けれど、ついでに情報も聞けそうだわ」

「行方を眩ませた件に関わっているとは思えませんが、聞く価値はありそうですね」

「そうね。どのような情報だろうと今はそれに縋りたいわ。じゃあ、ジェフのお店に行きましょう」


 まだ不安そうにしていたエイミーだが、最初のときよりは落ち着きを取り戻している。

 ぎこちなく頷くと、セラフィーネ達と一緒にしっかりとした足取りで着いてきてくれた。


 すれ違う人達にローラの情報を尋ねながら向かっていたので、ジェフの店に行くのにかなり時間がかかってしまった。

 けれど、行方を眩ませる前の彼女の行動が一部だが明らかになった。


「頼んでた麦を夕方に取りに来るって言ってたのなら、自ら姿を消したわけじゃないと考えて良さそうだわ。そのお店を出た後でなにか事件や事故に巻き込まれたと見て間違いないでしょうね」

「店を出た後の足取りまでは掴めませんでしたが、一歩前進ですね」

「そうね。ジェフから良い情報を得られれば良いんだけど」


 会話している内に、ようやくジェフの店に到着した。

 昼時だけあって、店内には昼食を食べに訪れた客でいっぱいである。


「ゆっくりと話を聞くのは諦めた方が良いかしら?」

「いえ、混み合う時間帯は過ぎているので、昼食を食べ終える頃には人も少なくなっていると思います」

「だったら、お腹も空いたしお昼にしましょう。エイミーもお腹が空いてるわよね?」

「あ、私は」


 遠慮しようとしていたエイミーだが、タイミング良く鳴ったお腹の音に顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうにしている。


「子供が遠慮することなんてないわ。ここ数日、ローラを探して碌に食事もとれてないのではなくて? 見つける前に倒れたら大変よ。だから、ここは私達に甘えなさい」

「ありがとう、ございます……」

「どういたしまして。さ、店に入りましょう」


 店内は混み合っていたものの、まだ空席があったようでセラフィーネ達は待つことなく席に案内された。

 いくつか料理を頼み、美味しい食事を味わいながらエイミーに質問したりして時間を潰す。

 お皿が空になる頃には店内の客は大分減り、店員達もゆっくりと後片付けをし始めていた。

 今ならジェフに話を聞けそうである。

 ナプキンで口を優雅に拭き取ると、セラフィーネはカウンターにいるジェフの許に向かい、彼に声をかけた。


「ちょっと教えてもらいたいことがあるのだけれど。少し前にローラという十七歳の女の子を雇ったはずよね? ほら、ぼったくり店で働いていた元店員の」


 セラフィーネの問いにジェフはすぐに思い出したのか「ああ、あの子か」と声に出した。


「うちは人手が足りないから即採用したんだが、二日くらい経ってから急に辞退するって断られちまったんだよ」

「採用を断った……! それで理由は何て言っていたの?」

「どうしても優先しなきゃならない用事が出来たとか言ってたな」


 素直に考えれば、優先しなければならない用事が行方不明になった切っ掛けということになる。

 だが、採用を断ってまで行かなければならない用事とはなんだったのか。


(別の条件の良いお店を見つけたからとかいう理由ではなさそうだわ。誰かから声をかけられたということかしら? でも、それだけで事件や事故に巻き込まれたと判断するのは早いわよね)


 情報を得られたものの、まったく前進していない状況にセラフィーネはため息を吐く。


「難しい顔をしてどうしたってんだ。なんだ? その子がどうかしたのか?」


 考え込んでいた彼女に変わって、ジェラルドがジェフに経緯を説明し始めた。


「実は数日前からローラの行方が分からなくなっているんです」

「え!? あの子もか!?」

「あの子も?」


 やけに驚いているジェフにセラフィーネ達は顔を見合わせた。

 たった一人の少女の行方不明事件が不穏な気配を帯びてきた。


「もしかして、他にも行方不明になっている人がいるというの?」

「……ああ。ここ一週間だけで二人。ローラを含めたら三人だな。全員が突如として姿を消したらしい」


 短期間で人が三人もいなくなっているのは明らかにおかしいし、全員が同じか別々の事故に巻き込まれたと考えるよりは、事件に巻き込まれたと考えた方がいいかもしれない。

 これはとんでもない事件に発展しそうだ。

 だが、短期間に三人も行方不明になっているのに、城下ではまったく騒ぎになっていないことがセラフィーネには気に掛かる。

 もっと大々的に騎士が動いたりして物々しい雰囲気になっていてもおかしくはないというのにだ。


「それだけの人が行方不明になっているのに、どうして大事になっていないのかしら」

「いや、それがな」


 途端にジェフがセラフィーネ達に顔を寄せて小声になる。

 聞かれたらまずいことでも言うのかと彼女は思い、耳を傾けた。


「全員、孤児なんだよ。だから、騎士団も積極的に探そうとしてないらしい」

「何よそれ……! 孤児だろうが何だろうが国民が事件に巻き込まれてるかもしれないのに」

「シー! 大きな声を出すな。不満に思ってる奴らもいるが、騎士に睨まれたくないんだ。可哀想だとは思うがな」

「……なんて情けない騎士なのかしら。王国の恥だわ」

「セラ様」


 うっかり誰かに聞かれでもしたら、セラフィーネが騎士に捕まってしまう。

 そうなったら、確実に彼女が王女だとバレる。

 気持ちは分かるが抑えてもらいたい、とジェラルドは強めに彼女の名前を呼んだ。

 彼女もすぐにその考えに思い至ったのか、口を噤んだ。


「心配しなくても、城下の奴らはあんたと同じ思いだ。むしろハッキリ言ってくれて、スッとしたぜ」

「なら、いいのだけれど。……けれど、ここで文句を言ってる場合ではないわね。他にも行方不明になった人がいるということは、事件性がかなり高いってことだもの。早く見つけてあげないと大変なことになるかもしれないわ」

「そうですね。それで、他に行方不明になった人達の名前とか分かりますか?」

「ああ、ちょっと待ってな。名前を書いてやるよ」


 ジェフは紙にサラサラとペンを走らせ、該当する人物の名前を書き込んでいく。

 折りたたんだ紙をジェラルドに渡すと「頼んだぞ」と呟いた。

 彼も彼でいなくなった人達のことが心配なのだ。


「任せてちょうだい。絶対に見つけてみせるわ」


 ジェフの目を見つめたセラフィーネは片手でエイミーの肩を抱き寄せながら、力強く言い切った。

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