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王女がワケありになった経緯

 アレンス王国には公式の場に一切出てこないセラフィーネという名の王女が存在する。

 二人の兄王子とは違って、彼女はとても病弱で一日の大半をベッドで過ごしており、公務を行えるような状態ではないと言われていた。

 だがしかし、それは全くの大嘘である。

 なぜそのような嘘をついているのか。それは、赤髪の家族の中で唯一彼女だけが銀髪であったからだ。

 銀髪自体は海を隔てた国ではよく見られるものであったが、アレンス王国ではまったく見られない特徴であった。

 過去にそちらの国から嫁いできた妃がいたものの、遡っても銀髪の王族は記録されていない。

 そのせいで、王妃の侍女から噂話を聞いた一部の上位貴族達は中位貴族出身の彼女が浮気をしたのではないかと勘ぐり、責め立てたのである。

 身に覚えのない言い掛かりであったが、彼女は当時二歳、まだ顔立ちがハッキリしていなかったため、貴族達に披露することもできなかった。

 王妃は徐々に心身共に弱っていき、ついに元凶のセラフィーネを拒絶するようにまでなっていた。

 そんな中、昔からの忠臣だったある上位貴族が弱っていく妻を心配していた国王の心の弱さに付け入り、こう言ったのである。


『セラフィーネ様は病弱だということにして、離宮に追いやればいいのです。さすれば平穏は戻り、王妃様は安心なされるでしょう。幸い、セラフィーネ様のお顔を拝見したものは侍女以外にはおりませぬ。口の堅い侍女を付ければ、これ以上セラフィーネ様の噂が広まることはありません。私は陛下の味方。どうか、お使い下さい』

 

 妻を溺愛していた国王は、元凶を遠ざけるのが一番だと信頼していたその貴族の案に疑うこともなく乗ってしまった。

 彼の言うがまま、口の堅い年配の侍女に赤子のセラフィーネを押しつけたのである。

 そして王族が住まう王宮のさらに奥、小さな森を隔てたところにある病気療養のための小さな離宮に彼女を捨て置いたのだ。

 対外的には病弱で床に伏せっていると説明することで、噂を沈静化させたのである。


 一方、離宮にはセラフィーネと年配の侍女の二人だけしかおらず、外出を禁じられていた。

 尋ねてくる人は皆無で、寂しさと退屈さを持て余した彼女は窮屈な暮らしを余儀なくされていた。

 変化といえば世話をしてくれていた侍女が年齢を理由に数年前に引退して、新しく侍女としてやってきたエレノア、そのちょっと後に近衛騎士としてジェラルドがやってきたぐらいだ。

 この二人の共通点は、実家が遠く、周囲から孤立しており、ある理由で一部から疎まれているということ。

 家族を盾にして、決してセラフィーネのことを口外しないということを約束させていた。

 けれど、そんな彼女達がやってきてくれたお蔭でセラフィーネの暮らしは一変する。

 伯爵家の出身である侍女のエレノアが国や貴族の情報を与えてくれたことで彼女は知識を得ることができた。

 また淑女に必須な刺繍も教えてくれたことで、後にこの技術が彼女の収入源ともなった。

 そして、近衛騎士のジェラルド。

 彼がいなければ今もセラフィーネはこの窮屈な離宮から出ることもできず、ヒッソリと暮らすだけだっただろう。


 生活が変わる切っ掛けとなった出来事を思い出した彼女は、琥珀色の目を細めると控え目に笑い声を上げる。

 絹のような長い銀髪がかすかに揺れており、大きなアーモンド型の目は細められて形の良い唇も弧を描いている。

 向かいに異性がいたら美少女の微笑みにウットリとしていたかもしれないが、ここにいるのは侍女のエレノアと背後にいる近衛騎士のジェラルドのみ。

 その効力を発揮することはないまま、笑い声に気付いた侍女のエレアは眉を顰めると、紅茶を淹れる手を止めた。


「このような環境に置かれているのに微笑みを浮かべるなんて、姫様は本当にお優しい方だと思います。心の狭い私は国王夫妻に憤りを感じる毎日だというのに」

「私が笑えるのは自分の居場所とやるべきことを見つけた今が幸せだからよ。……そりゃあ、前の侍女から理由を知らされたときは私だって絶望に打ちのめされたりしたわ。でもだんだんと、どうして責任のない悪くもない私が泣き暮らさなければいけないの!? と思うようになっただけよ」

「そうは仰っても、姫様は一度も会いにいらっしゃらない国王陛下や王妃様が憎くはないのですか?」


 その問いにセラフィーネは笑顔で首を振る。


「別に憎くはないわ。生まれて数年の我が子と十年以上の付き合いがある妻だったら、後者を選ぶのは仕方のないことよ。それに、一部の上位貴族を黙らせるにはこうするより他になかったと理解しているもの。むしろ両親の仲が良かったことを喜ぶべきね。後に拒絶されたとはいえ、私は愛し合っている両親から生まれたということだもの。その事実だけで十分だわ」

「そうお考えになるとは……姫様は前向きでいらっしゃいますね」

「前向きというか、開き直りとも言うわね。もうどうにでもなれと思って、特に必要でもない本やドレスなんかを要求していたのだから。今となっては恥ずべき過去だけれど」


 思い出したらのたうちまわりたくなるような過去だ。

 開き直ったセラフィーネは、なぜ悪くもない自身が遠慮しなければならないのかと憤った。

 離宮に来てから今まで、両親はおろか貴族や城の使用人ですら姿を見せたことはない。

 それは、母親が彼女の名前を聞くだけで取り乱すので、父親が貴族達に彼女の容態を知らせるのは稀だったことが理由として挙げられる。

 姿を見せず、話で聞くことも少ない王女に利用価値はないと興味すら持たない貴族達は、わざわざ容態を聞くようなこともしなかった。

 中には、王妃である母親が過去に不義を働いたのではないか、という噂を知る者すらいない。若い貴族など彼女が病弱だという話を信じきっている。

 いないものとして扱われている状況を間近で見ていたエレノアだからこそ、健気なことを言うセラフィーネがいじらしくて仕方がない。

 このことから、王城内での彼女の地位は非常に低く、王女としての働きを期待されていないことがよく分かる。

 しかし、このような状況であれば何をしても咎める人間はいないということに気付いた彼女はやけくそになり、侍女を通してあれこれと無茶を言うようになった。

 彼女の要求をのむことで離宮に留まり大人しくしてもらえるのならと、父親である国王は多少の我が儘であれば許容していた。

 とはいっても、全てが受け入れられていたわけではない。要求がはね除けられることの方が多かった。

 生かさず殺さずといったように、彼女の不満が爆発する前に餌を与えて静めているような感じであった。

 ある意味、物によって孤独を埋めていたのかもしれないが、それでも彼女は満足していたのだ。

 それが仮初めの幸せだとは気付かずに。


「でも、民の税収のお蔭で贅沢ができていたと気付けたのは、エレノアが城下の話を聞かせてくれたからよね」

「いえ、私はただ外に出ることもできず、窮屈な暮らしをしていらっしゃる姫様の退屈しのぎになれば良いと思っただけでございます」

「それでも貴女から聞く城下の様子は私の心を引きつけて止まなかったわ。こことは違って人が沢山いて、賑やかでキラキラと輝く場所に私も行ってみたいと思うようになったのだもの」

「ありがたいお言葉ですが、私としてはこうも頻繁にお出掛けになるとは思ってもおりませんでした」

「そこは目を瞑りなさい。困ってる人を助けるためには城下に行く必要があるのだから」


 ピクピクと動くこめかみを押さえながら、エレノアは頭を横に振った。

 最初は自身をこんな境遇に追いやった周囲を憎み、セラフィーネを使って復讐しようと考えていたが、天真爛漫なセラフィーネに絆されていつしか彼女を大事に思うようになっていた。

 敬愛する主人の願いを叶えてあげたい気持ちもあれど、城下に行くことは危険も伴う。 彼女は頭で理解していても感情が追いついていない。

 気にかけてくれていることをセラフィーネは嬉しく思うものの、度を超えた心配症のエレノアにこれ以上、話題を掘り下げて欲しくはなかった。

 さて、どう回避しようかと思っていたところ、直立不動で立つジェラルドを見て彼女はニンマリと微笑んだ。


「……それにしても、いい時期にジェラルドが来てくれたものだわ。いっそのこと一人で出掛けようかと思い詰めていた頃だったもの」

「仮に実行に移していたら、私が死んでいました。……本当にジェラルドが近衛騎士として配属されてようございました」

「そうね。死人が出る結果にならなくて良かったと私も思うわ」


 話題を変えられて良かったが、セラフィーネに忠誠を誓うエレノアだったら冗談で済まされないと思い、彼女は身震いする。

 同時にジェラルドが騎士として配属されたときのことを、ふと思い出した。

 確か彼がこの離宮にやってきたのは、ほぼ一年ほど前のことだ。

 本で読んだことはあったが、生まれて初めて見る騎士に彼女はワクワクが止まらなかったことを覚えている。

 また、城下に行ける計画が現実味を帯びたことにも喜びを隠しきれなかったことも。

 今では鋭いツッコミをいれてくるくらいには信頼し合っているが、最初はどこか他人行儀な態度だったことを思い返し、彼女は頬を染めたのだった。

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