愚父
よぉ、よくきたな。きてもらっていうのもなんだが、金を全部使っちまってなにも出すものがねぇ。まあこのとおり安酒だが酒ならいくらかある。飲みながら俺の昔話でも聞かせてやろうじゃないか。まあそう言わずに酒の肴がわりだと思って聞いてくれ。
俺には昔、息子がいた。ん? ああ、男の子だ。そんなあーた、息子っていって女の訳がなかろう。なあ? なに寝ぼけたこといってるんだ。ああ? まあ、兎も角、今じゃ俺もすっかり酒とパチンコに溺れちまってみる影もないかとは思うが、子供のために働いたし、息子のためなら死んでもいいとさえ思っていた。不思議なものだな。他人の話を聞いても自分はそうならないだろうという自信があったのだが……。お前は女の子だし、お腹を痛めて産むだろうから少し違う感覚があるだろうが、病院で初めて子供をみた瞬間に「あっ、これは俺の子だ」ってな。息子には指一本足りてなかったが、そんなの全く気にならなかった。大切にしてやろうって思ったものだ。その代わり……ではないが、夫婦間はよくなかった。最悪といってもいいくらいだ。毎日のように喧嘩をして友達がやってるカフェに逃げ込んだりしていたよ。なあ、カフェでビールを飲む姿をみたことがあるか? きっと滑稽に映ったものだろうよ。
ある日カフェから帰ってくると嫁も子供も、家具すらもなくなっていた。まったくの脱け殻さ。情けねぇ。床に一枚だけ紙が落ちていた。拾ってみるとそれは嫁からの手紙だった。そこには『さようなら。』とだけ赤いインクで書いてあった。俺は仕事を辞めて家を売り払った。ああ、今頃息子もお前くらいの年頃になっているだろうなぁ。会いてぇなぁ。ああ? なにニヤニヤしてやがる。暑いから手袋をとっていいかってか? 別にいいがよ……。それより、金貸してくんねぇか? そろそろ酒が尽きちまう。