そして2人は、にゃ~と言う。
「白奈。今日のは酷かったわよ」
任務が終わり、白奈たちは魔女防衛隊本部へと帰還した。そして今は、隊室。
「はい……すみませんでしたぁ……」
サファイアのような青色の瞳が、白奈を見つめている。
戻ってくるなり彼女は椅子に座らされ、どこぞの司令官の雰囲気を醸し出している浅月栄華に説教を受ける羽目に。もちろん、今日の任務について、だ。
「貴女は私たちの小隊、ホワイト・ブロッサムの隊長。だからって、一番強くあれなんて言うつもりは無いわ。けど、今回みたいにミスのオンパレードというのは無くして欲しいの」
「ですよねぇ……」
項垂れていることによって、雪のように白い髪は彼女の顔を隠すカーテンのように垂れている。綺麗な赤い瞳も、残念ながら見ることは出来ない。
彼女、月波白奈は魔女防衛隊――通称魔女隊所属の小隊の一つ、ホワイト・ブロッサムの隊長。率いる立場にある彼女が今日のようにグダグダなミスばかりしていたら、それは苦言を呈したくもなるだろう。
「加えて、あの魔物が迫って来ている状況で。どうしてタブレットを出そうとしたのかしら? あの程度の魔物なら、タブレットを使わなくても対処出来たはずよ?」
「わたしの方に来るなんて思って無くて、それで焦っちゃってぇ」
「だとしても、タブレットが必要だなんて思わないでしょ……咄嗟のときにでも落ち着けるようにしなさい」
額に手を置き、呆れた様子。傍から見たら、どちらが隊長なのか分からない今の光景。
「そうできればねぇ……」
テーブルに置いてある自分のタブレットに触れる。
このタブレットは市販されている物とは違い、所属している魔女全員に渡される、魔女隊の特別製。市販の物と同様の機能は勿論、更に魔導書の機能まで入っているのだ。
魔女は、慣れていなかったり強力であったりする魔法はタブレットを介してじゃないと本来の威力を発揮することが出来ない。つまりこれは、魔女にとっては無くてはならないもの。なので持ち運びしやすいよう軽量、そして簡単に壊れることの無いよう非常に頑丈に作られている。
しかし今日の任務では焦るあまり強力な魔法を使おうとして、危ない目に合いそうになってしまった。どんな便利な道具でも、使いどころが大事なのだ。
「焦るなんてことが無くなったら、私と同じくらいの力が発揮出来るはずなのだけどね」
「え、栄華ちゃんと同じなんてぇ――そんなのあり得ないよぉ」
栄華は白奈と同い年。だというのに、数いる魔女の中でも強い方に入ってしまう。言わば、天才というやつだ。
「あり得なくないわ。事実なのよ」
確信的な自信を湛えている栄華。それが白奈には不思議でしょうがなかった。
「……わたしは、人と神様の遺伝子を組み込んで作られた人造人間。だっていうのに、任務じゃ良いとこ無しのミスばっかり。対して強くもない――」
古代に存在していた女神、《白那》。その腕のミイラから抽出した遺伝子を人の遺伝子に配合し、魔女隊管轄の研究所で生み出された存在。それが白奈なのだ。ちなみに名前の《白奈》は、見て分かるように女神の方の《白那》から取られたもの。非常にシンプルな理由。
普通に考えたら、神様の遺伝子を持っていたらとんでもない力を持っているはずなのだろう。だが白奈の魔力は並程度。戦闘も、お世辞にも上手いとは言い難い。特別注目されることの無い、極めて普通の存在なのだ。
「なのに栄華ちゃんと同じくらいなんてぇ……そんなこと、嘘でも思えないよぉ」
対する栄華は、魔力は高く戦闘も上手くてしかも強く、頭も良い。栄華の立てた作戦に助けられたことなど、何度もある。その優秀さは、多くの人から注目を集めるほど。そんな存在と白奈とでは、到底比べることなど出来ないだろう。
「そう……私の推測が、間違っていたかもしれないわね」
眼鏡をクイと上げながら栄華は言う。自らの発言を訂正するのだろうか。自分にはどう考えても並ぶような存在では無い、と。
「何よりも、その弱気。それを治さないといけないわ。それさえ治せれば、自ずと他の弱さも治ってくるかもしれない」
「え……?」
しかし予想だにしない栄華の言葉に、白奈は呆気に取られてしまった。
「どうしたの? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてるわ」
「だ、だってぇ……わたしが栄華ちゃんと同じだっていうのを訂正するって思ってたからぁ」
「あら。どうしてそんなことをする必要があるのかしら。事実を訂正する必要なんて無いでしょう?」
普段から隊の荷物になっていると言っても過言ではない白奈のことを、どうしてそう言い切れるのか。自信ありげにそう話す栄華のことが、理解できなかった。
「……駄目なところをすぐに治せ、なんてことは言わないわ。でも、自分の持つ力にもう少し自信を持ちなさい。何しろ、私が認めてるのよ?」
「自分の力に自信を持ってるんだねぇ……」
言い様から、それを容易く推測することが出来た。自分に自信が持てることを、少し羨ましく思ってしまう白奈。
「自分の力がどれくらいのものなのか、十分理解しているわ。そして、白奈の本気もね」
「ありがとう――でもわたしの本気なんて、大したこと無いよぉ……」
認めてくれていることは、素直に嬉しく思う。しかし、それを手放しに喜ぶなんてことは出来ない。白奈とて、自分の力がどれほどのものなのか理解しているつもりだ。
「白奈が本気を出すときは、ただただ目的のために一生懸命動いているとき――だから、自分の本当の力を知るっていう余裕が無いのでしょうね。けど……これだけは信じて欲しいの。貴女の力は、私と同じかそれ以上だっていうことを」
そう話すと、おもむろに立ち上がった栄華。
「そろそろ失礼するわ――白奈」
おさげにしていた髪を解く。その弾みで、深緑色の髪がハラリと広がった。
「今日は色々言ってしまって、御免なさい」
「う、うぅん! わたしが悪いんだから、言われて当然だよぉ! だから謝らないでぇ!」
頭を下げるべきはミスした白奈の方だというのに逆に頭を下げられ、申し訳ない気持ちになってしまう。
「――栄華ちゃん。もし良かったらなんだけどぉ……ちょっと早いけど、どこかでご飯食べて行かないかなぁ?」
そろそろ午後5時になろうかというところ。今日のお詫びを込めて、夕食に誘ってみることにした。
「ありがとう。でも、今日は部屋の片づけをしないといけないのよ。だから、申し訳無いけれど遠慮させてもらうわ」
「そっかぁ……」
断られてしまい、シュンとする白奈。
「一応言っておくけれど、行きたくないわけじゃ無いわよ? 理由があって……まぁ、そのうち分かるわ」
「?」
いったいどんな理由なのだろうか。気になるところではある。しかしそのうち分かると話す以上、少なくとも近々話してくれるのだろう。そう考え、敢えて聞こうとはしない白奈だった。
「それじゃ、先に失礼するわ」
「あ、うん。お疲れ様ぁ。明日もよろしくねぇ」
「えぇ。こちらこそ――また明日ね」
柔らかい笑顔を見せ、隊室を出て行った栄華。そして部屋には、二人が残された。
「ん~! 話やっと終わったのね~」
大きく伸びをした後に話しかけてきた、ずっとソファーに寝っ転がっていたもう一人の隊員。赤紫色の視線と白奈の視線が、重なる。
彼女はチェリム。桜色の髪を持つ、身長130cmほどの少女。これだけなら、ただ身長が低目な女の子で終わる。しかし彼女は、それで終わらない。
背中に、植物の葉に似た形の薄透明の羽が生えているのだ。
チェリムは俗に言う妖精で、ホワイト・ブロッサム所属の隊員であり白奈の同居人。しかも、訳あって昔からずっと一緒に暮らしていて、言わば幼馴染と言ってもいい存在なのだ。
「ワタシ、あぁいう空気だと何も話せないから肩身狭いわ~」
肩を抱き震えて、居心地が悪かったであろうことが分かる演技を見せてくる。
「ゴメンねぇ巻き込んじゃってぇ」
居心地の悪い思いをさせてしまった。そのことを謝る白奈。
「謝る必要は無いわよ。本当に嫌だったら、一旦出て行っただろうし」
手をひらひらと振るチェリム。先程のはあくまで演技だったようで、実際は気にしていなかったようだ。
「それなら良かったよ……はぁ」
安心したのも束の間。ついつい溜息を漏らしてしまう。
「何よその溜息。まだ気にしているの?」
「だってぇ……最近ミス続きだし、ついには怒られちゃったし――すぐには立ち直れないよぉ」
自らの不甲斐なさを気にせず、飄々と。そんな器用なことが出来るほど、白奈の心は強くないのだ。
「まったく――そんなんだから白奈は白奈なのよ」
「うんまぁ――そうだ、ねぇ?」
「どうして疑問なのよ」
「まぁ、うん」
どう返せば正解なのか。それが分からなかった白奈。
「ま、そんなことはどうでもいいわ。今日は何の日か分かってるかしら?」
「えぇ? 今日?」
言われ、考えてみる。どちらかの誕生日、ということは無い。初めて会った日、でも無い。他の記念日、という訳でも無い。つまり、まったく分からなかった。
「……分からないって顔してるわね」
「ご、ゴメン。でも、本当に何の日だっけぇ? なんか記念日だったぁ?」
「き、記念日ってアンタ、こっ恋人じゃあるまいし」
僅かに動揺を見せるチェリム。
「今日は焼肉を食べに行く日でしょうがっ!」
「あ。そ、そうだったねぇ。そういえば、今日はそうだったっけぇ」
言われてやっと思い出すことが出来た。今日は月に一度ある、焼肉を食べる日。毎月食べているのに思い出せないとは、それほどミスが心にキているということだろう。
「ま、思い出してくれたならいいわ。それじゃ、早く行くわよ」
白奈の状態を知ってか知らずか、ソファーから浮き上がるチェリム。彼女は妖精。故に空を飛ぶのが得意で、移動はほとんど浮いて行っている。
「あっ、ちょっと待っててぇ。カバン取ってくるからぁ」
白奈は立ち上がって自分のロッカーからカバンを取り、チェリムの隣に立つ。
「お待たせぇ。それじゃ行こっかぁ」
「うん!」
電気を消し、部屋を後にする。
「――あ~。まだ時間早いから、すぐ焼肉屋に行かずにちょっとブラブラしない?」
通路を歩いていると、そんな提案をするチェリム。
「うん。そぅだねぇ」
ブラブラする。つまり、ウィンドウショッピングをするということだろう。白奈には、断る理由は無い。
特に意識せずに何となく言っただけかもしれないが、この提案は素直にありがたかった。もしかしたら、今の落ちた気持ちを直すための良い気分転換になるかも。そう思ったのだ。
――チェリムの言う通り、ずっと気にしてちゃぁダメだよねぇ……早く切り替えないとぉ。
そう考え、白奈はチェリムと共に町へと向かって行くのだった。
*********
魔女隊管轄の研究施設エリアを箒で空を飛んで手早く抜け、飛行禁止区域である町内に入る前に設けられている着陸場に降り立つ。ここからは人が多く、飛行しての移動は接触の危険があるということで、一定の高度以下での飛行は禁止という措置が取られているためだ。それは町を形成する商店街エリアだけでなく、住居エリアも同様。これを違反すると、それなりの罰則が与えられてしまう。
ただし、チェリムを始めとした妖精は種族的に空を飛ぶことが普通なため、例外的に措置の対象外となっている。でなければ箒を使って無いとはいえ、空を飛んで移動しているチェリムは今頃風紀隊にしょっ引かれ、懲罰房へとぶち込まれていることだろう。
「あっ」
目的無く街をブラブラしていた二人。とある店の前で、何かを見つけたらしいチェリムが足を止めた。
「あ~いいな~このネックレス。白奈もそう思わない?」
「うん。可愛いと思うよぉ。チェリムに似合いそうだねぇ」
形を見る限りでは、桜の花を模したネックレス。それが二つ並べられている。恐らく、ペアで着けるものなのだろう。桜色の髪を持つチェリムにはピッタリの造形だと思えた。しかし。
「たっかいわね~」
「高いねぇ……」
今見ているこの店は、有名なブランドの店。そのため、ネックレスに付けられている値札に書かれていた値段は、目が飛び出るほど高価だった。
白奈たち魔女は公務員と同じ扱いなので給与を貰っているのだが、そのひと月分が一発で飛んでしまう程の値段。
「……うん。ま、今日は買い物目的でブラついてるわけじゃ無いしね~。次に行こ~」
「う、うん」
言ったチェリムではあったが、後ろ髪を引かれるのか少し進んでは振り返るを繰り返している。並んで歩いているため、視界の端で桜色の髪がフワフワ揺れて気になってしょうがない。
「チェリム――」
「何も言わないで。ワタシに未練を残さないで。お願いだから」
さっきの店に戻ることを、提案しようとしていることを察知したのだろう。先んじて釘を刺されてしまっては、これ以上は何も言えない。
しかし、チェリムの言うことも分かるのだ。戻ったら戻ったで、また欲しくなってしまうのは明白。買う気が無いのならば、行かない方が絶対に良いに決まっている。
「――っっ」
未練を捨てきれず後ろを振り返っているチェリムに、やっぱり戻ろうと言おうとして口を開きかけ、そこで声を出さずに思い留まる。
気付いたのだ。今までずっと一緒にいるというのに、誕生日などの記念日以外では一度としてプレゼントをしたことが無いことに。そして白奈は思ったのだ。これは、プレゼントをするには最高の機会だということに。
先程見た値段を思い浮べる。ひと月分の給料が一回で無くなってしまう程の値段。しかし節約をしていけば、無理な値段でも無い。つまり、購入することは可能だということ。渡してあげたときのチェリムの喜ぶ様子が、脳裏に浮かぶ。
欲しいものを知ってしまったので少々卑怯かもしれないが、しかしこの機会をみすみす見過ごしてしまうのは愚だろう。そのうちに買って、チェリムにプレゼントしてあげる。ネックレスを忘れるようにフラフラと様々な店をウィンドウショッピングしているチェリムを見ながら、そう思うのだった。
「――あ。もうここまで来たんだね~」
目的の店。焼肉《美々庵》。白奈とチェリムが月1で通っている焼肉屋だ。もちろん焼肉屋はここだけでは無く他にもあるのだが、帰り道の途中にあること。そしてもう1つ、ある理由があってここを利用している。
「白奈、今何時?」
「えぇと……18時を少し過ぎたくらいだねぇ」
バッグからタブレットを出して確認。本部を出てからだいたい1時間くらい経ったのだろうか。案外時間が経ったものだ。
「夜ご飯にはちょっと早いかな~。けど時間を潰すにも微妙か~。それに早い方が空いててスムーズだろうし――入ろっか」
「そうしよぉ」
チェリムが先陣を切り、自動ドアの前に立つ。
「……」
「あ。故障してるねぇ。ほらぁ」
張り紙を指す。読むとセンサーが故障してしまったようで、手動で開けるしか無いよう。
「もうちょいデカい紙使えや!」
そのツッコミはもっとも。小説くらいの、サイズで言うならB6の紙にその注意が書かれているのだ。しかもそんなサイズの紙に文字を書いているので、小さくて読みづらい。これはなかなか気付きずらいのではないだろうか。改善の必要があるだろう。
「まったく、もうちょっと分かりやすくさ~……」
ブツブツ言いながら元自動ドアを開け、中へと入る。すると、中は賑々しい雰囲気。時間的にまだ混んではいないだろうと踏んでいた白奈は、少々面を食らってしまう。どうやら同じ考えに至った人が多かったということだろう。
「いらっしゃいませ~! お二人様ですか?」
「お二人様だよっ!」
今から焼肉を食べるということに、テンションが上がっているようだ。意気揚々と答えるチェリム。
「かしこまりました。それでは席へご案内いたします。こちらへどうぞ」
「ん~やっと食べられる~。お腹減った~」
「わたしもお腹空いてきたなぁ」
店員さんの後ろを付いて行きながら、そんな会話を交わす。席までの道中、賑やかに焼肉を食べているお客さんたちが自然と眼に入って来た。
もう少しでご飯と食べるということと、この賑やかで明るい雰囲気。これらが未だ落ち込んでいる白奈の気持ちを、少しばかりか前向きな感情にしてくれている気がした。
「ではこちらへどうぞ」
「んしょ」
「よいしょっと~」
浮くのを止め、ポスンと椅子に座るチェリム。
「当店のご利用は――」
「あるよ~!」
「ふふ、ありがとうございます」
俊敏かつ元気なチェリムの反応に、思わず笑ってしまったという様子の店員。
「それでは、ご注文はどうなさいますか?」
「《贅沢コース》で! ドリンクバーも付けて!」
「はい。かしこまりました。では取り皿をお持ちいたしますので、少々お待ちくださいませ」
そう言って下がっていく店員。
「今日は《贅沢コース》なんだぁ?」
「まぁたまには違うのも食べたいでしょ? 食べ放題は食べ放題なんだけど、結構内容が違うしさ~」
これが、《美々庵》を訪れるもう1つにして最大の理由。近辺でこの店にだけ、食べ放題があるからだ。というより、食べ放題しか無い。
「1つ上になるだけで30種類くらい増えるもんねぇ」
「そうそう! 30は大きいよ! ま、お腹に入っちゃったら同じだけどね~」
「あははっ。チェリムは本当に食べるもんねぇ」
チェリムは白奈よりも小柄。しかし、その小さい身体のどこにそんなに入るのかというくらいの量を食べるのだ。白奈自身は大食いでは無いものの食が細いわけでも無いのだが、それでも白奈の2倍はおろか3倍だろうと容易く食べてしまう。
そんななので、注文するたびに料金がかかるような普通のお店だと、最終的にとんでもない金額になってしまう。そのため、ここ《美々庵》のような食べ放題がある店は欠かさずチェックし、外で食べるときはその店に行くようにしているのだ。
「失礼します」
と、一度席から離れた店員がここで戻って来た。
「こちら、取り皿とドリンクバーのコップでございます。では只今より食べ放題がスタートとなります。ご注文はあちらのタブレットから行ってください」
「は~い!」「分かりましたぁ」
「では、失礼いたします。ごゆっくりどうぞ」
「よ~っし! 何食べようかな~!」
店員さんが言い終わると同時に端末を持って品定めを始めるチェリム。目と指を素早く動かしながら、食べたいものをタッチして決めていく。
「――はい白奈! 好きなやつ、何でも行っちゃって!」
「うぅん、何でもはちょっと無理かなぁ」
苦笑しながらタブレットを受け取り、頼むものをタッチして注文を押す。
「相変わらず白奈は悩まないよね~」
「まぁ、食べるものはある程度決まっちゃってるからねぇ」
元あった位置にタブレットを戻しながら、返答をする。白奈はチェリムに比べて何でも食べられるわけでは無いので、悩む時間が少ないのだ。
「ふ~ん――あ、お肉来る前にジュース取ってくる! 白奈は何でも良い?」
「うん。白奈に任せるよぉ」
「オッケー行ってくる!」
「いってらっしゃぁい」
ドリンクコーナーに向かうチェリムを見送りながら、ふと思う。
――そういえば、チェリムがジュース取って来てくれるなんて珍しいなぁ。
普段は、ジュースを取ってくるのは白奈の役目。だというのに今日は白奈の分まで取って来てくれる。そんないつもと違う出来事に、ちょっと考えてしまう。
――わたしがまだ落ち込んでるのを分かってて、気を使ってくれてるのかなぁ?
タイミングがタイミングだけに、そんな考えが浮かんでくる。しかし。
――まぁ、たまたまそうしたってだけなのかなぁ。チェリムが気を使うって、いまいち想像できないしぃ。
家でも隊室にいても、気を使うというということをしないチェリム。常にマイペースを崩さないチェリムを見ているから、どうしてもそういう結論に行きついてしまうのだ。
「たっだいま~」
「あ、お帰りぃ」
考え事が丁度終わったとき、ドリンクバーに行ったチェリムが戻って来た。
「まずワタシの」
チェリム自身のをまずテーブルに置く。
「で、これが白奈の~」
「うっ」
そして目の前に置かれる、白奈のジュース――らしきなにか。その物体は、抹茶にコーヒーを混ぜたような、何とも言い難い色をしていた。何を混ぜたかこんな色になるのだろうか。
「さ、さすがにこれはぁ――」
「ま~ま~、騙されたと思て飲んでみてよ~」
「う、うぅ~ん……」
コップを持ち、近くでジックリ見てみる。当然そんなことをしても、コップの中身のカオスっぷりが変わることは無い。
「くんくん……んん? くんくん」
恐る恐る匂いを嗅いでみると、意外にも変な臭いがしない。というより、いっそ美味しそうだと思えるくらいの匂い。
チェリムを見ると、白奈をジッと見つめている。飲んでくれることを期待しているのだろう。そんな眼差しだ。
――せっかく持ってきてくれたんだし、飲んであげないと悪いよねぇ……。
そう考えた白奈は、意を決して飲んでみることにした。
ただ、やはり怖いのでとりあえず一口。すぐには飲み込まず、口の中に残して、味と香りをジックリ確かめる。得体の知れないものに対して、なかなかの度胸だ。
その結果、判明した事実。
「――ごくん。あ、あれぇ?」
「どうよ!?」
「ふ、普通に飲めるぅ……」
「でしょ~! わたしの創作能力を甘く見てもらっちゃ困るなぁ!」
とっても誇らしげなチェリム。
「う、うん。こんなエグい魔物みたいな色してるのに、どうして普通に飲めるのか不思議で仕方ないよぉ」
もう一口飲んでみる白奈。味はもはや、元が何なのか分からないくらいに混ざり合っている。しかしそのことがむしろお互いを生かし合っているようで、飲めないような変な味は一切しない。ちょっと変わったジュース程度の味に落ち着いているのだ。
「魔物って……ま、まぁ、美味しいってことでいいわね」
ここまで白奈は、美味しいかどうかを断言していない。しかし普通に飲めたことを考慮して、美味しいということにしてもいいか。そう思う白奈だった。
「……ねぇ白奈」
「なにぃ?」
「ワタシたちって、そのジュースみたいなもんだと思うんだ~」
「んん?」
いきなりそんなことを言いだしたチェリムに、思わず自分のジュースを見る。そして、先程自分が言ったことを思い返していた。
「ま、魔物ってことぉ?」
「違うわっ!」
思いっきり否定されてしまった。では、どういうことなのだろう。白奈はチェリムの言葉を待つことに。
「ワタシたちはそれぞれ全く違う存在が、同じ隊に混ざって活動してるじゃない? ワタシは妖精、栄華は人間。そして白奈は……なんちゃって神様」
「う、うん。まぁ……神様、かぁ」
「何その微妙な反応」
「だって、わたしみたいなのをなんちゃってでも神様だなんて……本物の神様に申し訳無いって言うか」
「安心して。「わたしは神様だぞ~」って堂々としてれば、神様だって許してくれるよ」
「そ、そうかなぁ」
そんな自分の分もわきまえずに堂々としていたら、天罰が下りそうだ。
「まぁ、それでそのジュースよ。ワタシたちはそのジュースのように、隊というコップの中でワタシたちというジュースが混ざって存在していると思うんだ。それぞれ味は違う。けど、どうしてだか美味しいと思える味になる……そしてそれは、今のメンバーじゃ無いと美味しく混ざり合わないと思うのよね~」
「う、うん」
正直分かるような分からないようなという感じだが、理解できるよう必死に頭を回転させながら話を聞いていく。
「だからね、白奈は白奈のままで良いのよ。今のまま――情けなくたって構わないと思う。っていうかそもそも、そんなことなんて無しに出来るくらいの功績があるんだからさ」
「功績ぃ……?」
考えてみるが、全く心当たりが無い。そもそも任務でのミスを無しに出来るほどの活躍なんて、した覚えが無いのだが。
「気づいて無いなら教えてあげる――白奈は、隊を作ってワタシたちと栄華を引き合わせた。もし隊を作って無かったら、栄華とは会って無かったかもしれない。そうなると、美味しいジュースが作れないって事態になってたでしょうね~」
「ジュース――はいいとして、隊を作るのはチェリムも関わってたでしょぉ。わたしだけの功績じゃないよぉ」
「いいえ、白奈の功績よ。だって、白奈が隊を作ろうって言わなかったら、ワタシは絶対に隊を作ろうとしなかった。そう言い切れる。まぁ、その、だから……あれよ」
白奈から目を逸らし、急に落ち着きが無くなって髪の毛を指で巻いたりして弄りだした。
「白奈は自分のことを情けないって思ってるんだろうけど……そんなの気にする必要は無いよ。栄華の言う通り、すぐに変わるものじゃ無いんだから。気にするより、今を楽しむことに全力を注いだ方が賢いって、ワタシは思うけどな~」
「チェリムぅ……」
まさかの励ましの言葉。これを言うために、ジュースの話から上手く持って来たということか。
「それに、白奈に落ち込まれてるとこっちの調子が狂うのよ。確かに今日は一番の情けなさだった。だけど元気無いと心配になるし――っ。と、とにかく! アンタは気にする必要なんて無いのよ! 栄華もワタシも、白奈がミスすることは織り込み済みなんだから! いくらでもミスすればいいの~っ! そもそも、せっかく目が赤いんだから、もっと相手に対して睨みきかせて怯ませればいいのよ~っ!」
「い、いやぁ。いくらでもミスしたくは無いし、魔物相手に睨みをきかせても効果無いような気がするけどぉ――」
最後の方はメチャクチャだったとはいえ、チェリムは白奈のことを心配し、こうして励ましてくれた。
「ありがとぉチェリムぅ。心配してくれてぇ」
このことは予想外で、まさかの出来事。言われた通り、今日の任務での白奈は過去一番と言えるダメっぷりを披露してしまった。それで落ち込んだ心にチェリムからの励ましは、心に染み渡ったしとても嬉しかったのだ。心に居座っていた陰鬱な気持ちが、一瞬でどこかへ吹き飛んでしまう程に。だから、素直なお礼を伝える。不器用な、頼りになる仲間に。
「べっ別に心配なんて――こっちの調子が悪くなるから、それを防ぐために言ったの~っ!」
「うんうん。分かってるよぉ――ふふっ」
白奈はしっかり聞いていたのだ。元気が無いと心配になる。そんなチェリムの言葉を。だから、今のチェリムは照れを必死に隠そうと強がっているようにしか見えず、ついつい笑みを零してしまった。
「む~! 分かって無~い! 何なのよその笑いは~っ!」
白奈の反応が気に入らなかったようで、プリプリ怒るチェリム。しかしそれも照れ隠しにしか見えず、もはや可愛く感じてしまった。
「ふふっ」
「ほらまた笑っ――」
「失礼致します」
とここで、注文したものが来たよう。
「ん――あっ! やった! 来た来た~!」
怒ることを瞬時に止め、即座にそちらに意識を向けるチェリム。よほど待ち望んでいたのだろう。
とはいえ、なんという心変わりの早さ。さっきまで落ち込んでいた白奈としては、この切り替えの早さに感心を覚えてしまう。
「ん~、お腹減ったねぇ」
チェリムのおかげで落ち込んだ気持ちが無くなり、純粋に焼肉を楽しむことが出来そう。それほどまでに心をスッキリさせてくれたチェリムには、感謝しか無かった。
「置いた順番に、牛カルビ・厚切りカルビ・ニンニクカルビ・梅カルビ――」
「カルビばっかりだねぇ」
初手から、脂のバッチリ入った牛カルビ攻め。これはチェリムだから可能なこと。もし白奈がやったら脂っぽさにやられ、他の肉が食べられなくなることだろう。
「牛ハラミ・牛モモカルビです」
チェリムに対し白奈が注文した肉は、脂少なめのアッサリしたもの。脂が得意で無い以上、こういうアッサリ目の肉に行きつくのは当然の結果なのだろう。
「ご飯の普通と大盛りです」
「あ、普通はこっちですぅ」
二人の目の前にご飯が置かれる。これで、全て整った。
「それでは、失礼いたします」
全ての品を置いた店員が席を離れていく。と同時に、チェリムが動いた。
「さ~ガンガン焼いて行くよ~!」
トングを取り、肉を焼き始めるチェリム。ポンポンと自分の肉を置いていき、あっという間に網の4分の3を占領してしまう。
「網使い過ぎだよもぉ」
全てのスペースを使う勢いのチェリムに苦笑い。空いたスペースに、自分の分の肉を置いていく。
するとすぐに肉の焼ける音が届き、食欲をそそる香りが鼻をくすぐるように。
「もう良いかな~!?」
匂いにあてられたらしいチェリム。しかし、急くのは良くない。なにしろ相手は生肉。食べるのは、しっかり焼いてからだ。
「まだ半面しか焼いて無いでしょぉ」
「え~。食べれるよ~半分生でも~」
「お腹壊したら大変だよぉ……ちゃんと裏返してからねぇ」
「オッケー!」
素直に言うことを聞いてくれて安心する白奈。良い感じに焼けてきたら、二人はトングを持って肉を裏返していく。焼いている数が多いチェリムは軽快に裏返していくが、しかし。
「あっつぅ!」
熱かったのだろう。反射的に腕を網から離すチェリム。
網を広く使っているせいで、自分から遠い肉を返すためには網の近くまで腕を下ろさなければならず、そのため腕に火の熱をもろに受けてしまったのだろう。もはや自爆だ。
「欲張るからだよぉ。お肉は逃げないんだから、こんな一気に焼かなくてもいいのにぃ」
白奈は自分の方に置かれているチェリムの肉を、代わりにひっくり返してあげる。
「あ、ありがとう――いやでも考えて見てよ白奈。食べ放題は待ってくれないんだよ!? それなのにゆっくり食べるだなんて……ワタシにはそんな勿体無いこと出来ないよ! まぁお代は白奈持ちだけどさ~」
「ちょっと待ってチェリムぅ。お代わたしぃ? 割り勘じゃないのぉ?」
そんなの、今初めて聞いた。いつも割り勘だというのに、どうして今日に限って支払いは白奈のみなのだろう。
「先月約束したでしょ。焼肉を食べる日に、もしも任務があったら、2人のうちで活躍できなかった方が奢り、って」
「う、うそぉ!? そんな約束した覚え無いけどぉ!?」
そもそも、そんな白奈に不利過ぎる勝負を挑まれて、易々と受けるはずが無い。
これは、チェリムの嘘。こんな思いが白奈の頭に浮かぶ。
「やっぱり覚えて無かったんだ。ま~、それもしょうがないか。何しろ、夜中の3時くらいに寝てる白奈を起こして、寝ぼけてる状態で交わした約束だからね~」
「朝起きてから言ってきてよぉ! 無効っ! その約束無効っっ!」
嘘かどうかは一旦置くにしても、寝ぼけている状態で取り付けた約束なんて、余りにもアンフェア。無効を訴える白奈。
「やば。焼肉焼け過ぎちゃう~」
「聞いてよわたしの話ぃ!」
「あ~んっ。ん~! 美味し~!」
完全に焼肉に気持ちを移してしまったチェリム。白奈の話はもう耳に届いていないようだ。いやそもそもで、果たして聞く気があったのかという疑問が浮かぶ。
「ほら、早く食べないと白奈のお肉たちが焦げちゃうよ?」
箸で、網の上で未だ焼かれている白奈が頼んだ肉を指す。見ると確かにすっかり焼けており、もう少し焼き続けると焦げてしまうだろう。
「うぅぅ……もぉ~」
トングを掴み、焦げる前に肉を皿に救出していく。そして橋を掴んだ。
「わたしも食べるよもぉ!」
肉を食べ、そしてご飯をかっこむ。このモヤモヤは、食べ物と一緒に流し込んでしまおう。白奈はそう思ったのだ。
「……良かった戻って」
「え?」
何か言ったように聞こえたが、相変わらずモリモリ食べ続けているチェリム。しかも気持ちは次に頼むものに傾いているようで、タブレットを取ろうとしていた。何かを言ったような感じは無い。気のせいだったのだろうか。
「ほいっと――白奈は? 何か頼む~?」
「あ、うん」
せっかくなので、白奈もついでに注文することに。肉のメニューを開き、食べたいものを探す。
「それじゃあわたしはぁ――ラム肉の肩ロースカルビとワニかなぁ」
「ワ――えぇっ!?」
*********
「いや~食べた~!」
「そうだねぇ。お腹いっぱいだよぉ」
満腹となったお腹をさする。さすがに漫画のようにはなっていないが、それでも膨らんだお腹。こんなに食べたのは久しぶりだ。
「……ワニの肉があるなんて思っても見なかったわ~」
「ま、まだそれ言うんだぁ?」
確かに珍しいとは思うが、いったい何度聞いただろうその台詞。
「随分――淡泊なお肉だったね」
「わたしはそれが気に入ったかなぁ。食べやすかったよぉ」
「でしょうね~。5回も頼んで気に入って無かったら、訳分かんないよ~」
脂身の苦手な白奈には、ドストライクだったワニの肉。多少硬さは感じたものの食べやすく、ついつい5回も頼んでしまった。
「あんなお肉も置いてるなんて……侮れないわね、美々庵」
感心したようにうんうん頷くチェリム。そこへ。
「お待たせしました。美々庵シャーベットです」
「おっ。来た来た!」
次々とテーブルに置かれていくシャーベット。その数、6つ。チェリムが注文出来る上限まで頼んだ結果、この数になってしまったのだ。
「それじゃあ半分ずつね~」
3皿配分されるが、甘いものは別腹とはいえお腹はパンパン。
「チェリムぅ、これ食べてぇ」
「え~。しょうがないな~」
1皿チェリムの前に移動させる。しょうがないと言いつつも顔は嬉しそうなので、こうなることを望んでいたのではないだろうか。ともあれ残ったのは2皿。これくらいは、頑張って食べようではないか。
「あむっ――うん。サッパリしていいねぇ」
肉の後に食べるシャーベットは最高だ。柑橘系の香りが口の中で広がり、若干の脂っぽさが残っていた口の中がスッキリしていく。
「ん~……いいんだけど、もう少し大きくてもいいかな~」
「そ、それはどうかなぁ」
これくらいの大きさだから、美味しく食べられるのではないだろうか。これ以上大きかったら、美味しいよりくどさを感じてしまう気がする。
「……足らない。もう一周しよっと~」
早くも3皿を食べたチェリム。食べ足りないと、タブレットを操作していく。
「またシャーベットぉ?」
「いや、今度は違うやつ~」
何を頼んだのだろう。シャーベット以外と言ったら、アイスくらいだろうか。
「ま、来てからのお楽しみってやつね!」
「そんなビックリメニューあったっけぇ――無いよねぇ」
気になりメニューを見てみるがそんなものは無く、いたって普通のデザートばかり。どれも、もったいぶるほどの物では無い。
「探しても無いよ。そもそも、ワタシも何が来るか分からない」
「な、何それぇ。そんなのあるのぉ?」
「うん。ほら」
タブレットを操作して、その画面を見せてくれた。
「えぇと――《来るまでお楽しみ! ドキドキデザート》ぉ……何個頼んだのぉ?」
「もちろん上限!」
「……」
「何よその冷ややかな目は」
「もし食べきれなかったらどうするのぉ? っていう抗議の目だよぉ」
ドキドキ。その名前から想像できることは、変なものも入っているのではないかということ。よっぽど変なものが来たら、白奈には食べる自信が無かった。そうなったら、確実にデザートは残ることになる。いったいどうするつもりなのだろう。
「それは……旅は道連れって言うし~?」
まったく考えていなかったようだ。巻き込む気満々。
「チェリム頑張ってよぉ!」
「1人じゃ嫌! 白奈も食べて!」
「えぇぇぇ!?」
ネーミングから、少しは危険な臭いを感じ取って欲しかった。もし爆弾が来たら、白奈も食べることは確定。もはや、まともなものが来ることを祈るしか出来なかった。
「お待たせしました。《ドキドキ・デザート》です」
「「!」」
「えっ」
同時に店員へと振り向く。そんな2人の様子に、少し呆気にとられた様子の店員。
遂に来てしまったようだ。勝負の刻が。
「し、失礼いたします」
デザートを置いていく店員は、2人の気迫に気圧されて少々ギクシャクしているよう。居心地が悪いことだろう。
だが勘弁して欲しい。何しろ、これから逃げてはいけない戦いが始まるのだ。それは気迫も漏れ出るというもの。
しかし今。それを維持することが難しくなってきている。
「し、シュークリームだよねぇ?」
店員が置いていったもの。それは、見たところ何の変哲もないシュークリームだった。見覚えのあるその形は、白奈に安堵を注ぎ込んでくる。
「ただのシュークリームなのかぁ。だったら、そんなおっかなびっくりする必要無かったねぇ」
「そ、そうね~。これなら普通に――」
「ふふふ――あっ」
話していると聞こえてきた、思わず漏れてしまったという感じの笑み。
「「……」」
2人は黙って顔を見合わせ、視線で会話する。
これはマジだ、と。
「で、では失礼いたします」
そそくさと去って行ってしまった店員。その心情を言うならば、やってしまった。そんなところだろうか。おかげで警戒心が再上昇することに。むしろ感謝しかない。
テーブルには、シュークリームが6つ。2人はそれぞれ皿を1つ引き寄せ、マジマジと観察してみる。
「……見た感じ、普通だよねぇ」
見た限りでは、普通のシュークリーム。だとしたら、ドキドキな部分は中身。
「……」
「はいちょっと待った~!」
「えっ!?」
生地に触れたところで、チェリムの手が伸びてきた。
「開けて中身を見ようとしたでしょ~!」
「うっ」
さすがに堂々と触り過ぎた。待ったを掛けられてしまったのだ。
「だ、だって怖いしぃ」
「だからこその《ドキドキ》なんでしょ~! 白奈がやろうとしていることは、答えを片手にクロスワードをやるのと同じことなのよ~!?」
「く、クロスワードぉ!?」
どうしてクロスワードなのかは分からないが、とにかくやったら駄目だということだけは理解できた。
「わ、分かったよぉ。このまま食べるよぉ」
「そう! それでいいのよ!」
二人は、シュークリームの皮を被った何かを手に取る。あとは、口に運ぶだけだ。
「それじゃあ~」
「う、うん」
「「いただきます」」
同時にかぶりつく。そして。
「うっっ!?」
「ぐふぅ!」
すぐさま吐き出したいくらいの、とんでもない刺激が襲い掛かって来た。それはチェリムも同様らしく。
「はあぁぁぁぁあぁぁぁぁっ! ああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
必死に吐き出すのを堪えているようだった。気を紛らわすように口を大きく開き、苦し紛れの言葉にならない声を上げている。その口の中には、何やら緑色の物体が見受けられる。
「あ、ああああぁぁぁぁ……」
口いっぱいに広がる痛みに耐え、力を振り絞ってシュークリームを齧った後を見てみる。すると、明らかに見たことのある緑色の物体が、隙間無く入っているのを見ることが出来た。
――こ、これ……もしかしなくてもワサビだよぉぉぉぉ。
正確には、ワサビ100%クリーム。砂糖などといった軟弱なものは一切使用していない、拷問のような一品。当然感じるのは辛さ、その一点のみ。とんでもないシュークリームだ。
「ゴクッ――うっ! うぅ……ゴクッ、ゴクッ」
普通に食べていては、到底飲み込むことなど出来ない。そう感じた白奈は、ジュースでもって無理やり流し込むことに決めた。最初だけワサビの刺激で吹き出しそうになったが、よく耐えたものだ。
「ふぅぅ……く、口が痛いぃ……胃が変な感じがするぅぅ」
口の中だけでは飽き足らず、体の中に入ってもなお猛威を振るっているワサビ。
もしかしたらこれと同じかそれ以上の苦しみを、あと2回味わうことになる。もはや罰ゲームを受けている気分だ。
「くっ、うぅぅ……」
「え――ち、チェリム!?」
呻き声に見るとチェリムはいつの間にかワサビシュークリームを食べきったようで、その上で次のスークリームへと手を伸ばしていた。しかし、見るからに受けたダメージは大きい。連戦は、明らかに厳しいだろう。
「ま、待ってぇ! もう少し休んだ方が――」
「ダメよ。今ここで休んだら……次を食べる気が無くなっちゃう気がする。食べきった勢いのまま――次を食べきるのよっ!」
「ち、チェリム――うん! そうだねぇ!」
チェリムの言い分は最も。白奈はそう思った。少しくらい休んでも。そんな甘い考えは捨て、次のシュークリームに手を伸ばす。果たして、次は何が待ち受けているのか。
「……ふふっ。なんか、楽しいねぇ」
「?」
何が楽しいのか。そんな顔を見せるチェリム。
「だって、何かを達成するためにこうして一緒に頑張る……内容は何であれ、チェリムと一緒にこうやって頑張れるって、やっぱり楽しいって思っちゃうかなぁ」
何が入っているか分からないシュークリームを食べるため、共に一生懸命になる。この程度のことでと、くだらなくも思うだろう。しかし、くだらなくてもいいのだ。誰が何と言おうと、彼女が感じている感情は事実。今のこの状況をなんだかんだで楽しんでいることは、変えようが無い。
「楽しもうチェリムぅ! これを食べる一口一口が、わたしたちを次のステージに上げてくれる――そう信じてぇ!」
「白奈……」
苦しそうだった表情が解れ、柔和な表情になるチェリム。
「たとえその苦しみが自業自得だとしてもぉぉ!」
「最後余計よぉっ!」
同時に口に運び、含んだ。さて、いったい何が入っているのだろうか。
「むぐぅ!」
「ぐっ――ふぅぅぅぅ……っ!」
実は、どうせまたワサビなんだろうとタカをくくっていた白奈。その油断のせいで、完全に虚をつかれた形となった。
凄まじい苦さが、口の中に充満する。
「ふすぅぅぅぅ」
鼻から息を出すと、濃厚なカカオの香り。どうやら正体は、チョコレートのよう。ただし、一切の砂糖を使っていない、純粋なカカオ。それをクリームに混ぜ込んでいるのだ。
強烈な苦さに身体が拒絶反応を示し、飲み込むことを拒絶している。無理に飲み込むことは無いのではないか。そんな考えまで浮かんで来た。それにたとえ吐き出しても、責める者は誰もいないだろう。それだけの代物だ。
「……っっ!」
しかしそんな考えも、チェリムを見た瞬間に消え去ることとなる。
「…………!!」
チワワのようにプルプル震えながら、コップを握りしめているチェリム。飲み込もうとしているのだ。強烈な苦さのコレを、必死に。
そんな姿を見せられて、やる気が出ないわけが無かった。
「――っ!」
コップを掴み、ワサビのときと同じくジュースで無理やり流し込むことに。こうでもしなければ、飲み込むことは無理だろう。
「んっ、んっ――はぁぁぁぁっ」
強引ではあったが、どうにか完食。ワサビとは違い、飲み込んでからも辛いということが無いのはまだ救い。しかもジュースの甘さと上手く混ざって、程よい苦みが口に広がっていた。
「お”お”え”ぇぇぇぇ!」
片やチェリムは盛大にえずいている。実は苦いものが苦手なチェリム。薬でさえ、苦いからとなかなか飲みたがらない程。そんな苦手なものを無理やり飲み込んだため、盛大にえずいてしまっている。
「だ、大丈夫ぅ!?」
「ま、まだまだ……ぐふっ。あと、いっこ――なんだから……っ」
瀕死も瀕死。そんなでもまだ次を食べる気力があるのだから、素直に驚嘆だ。
「……けどまさか、味が違うなんてねぇ」
「そうね――完全にやられたわ~」
「あと1つ……中身、なんだろうねぇ」
「……」
ジッと目を凝らして、最後の難関を見つめるチェリム。ガンをつけていると言ってもいい。
「そんな見ても見えないよぉ……」
「辛い、苦いと来たわ。次はいったい……」
それは気になるが、しかし見ることが封じられている以上、こうして見ていても何も始まらない。終わりも永劫くることは無い。
「ジッと見てても味は分からないしねぇ……食べよっかぁ」
「そうね……一気に行くわっ!」
シュークリームを鷲掴みするチェリム。
「そうだねぇ!」
そして、白奈も手に取った。もはや勢いのみ。しかしこの状況では、それが一番重要。
「……これで最後だねぇ」
「そうね。そう思うと、なんだか感慨深いかな~――行くわよ。最後の1つ」
「うん――」
「「いただきます!」」
最後も仲良く同時にかぶりついた。そして。
「「んん?」」
同時に首を傾げた。
「甘いとも辛いとも違うぅ……? なんか、不思議な味ぃ……」
何とも表現しがたい味が、白奈の口に広がる。これを何味と言えばいいのか、残念ながら白奈の頭にはその言葉が浮かばなかった。
「なんか……痺れるような感じがするにゃ」
「……にゃぁ?」
唐突に語尾を変えてきたチェリム。それを白奈は、不覚にも可愛いと思ってしまった。
「あ、あれ!? ど、どうして「にゃ」にゃんて付け――違うにゃ~っ!」
自分の行いに、頭を抱えて仰け反る。
急ににゃんにゃん、どうしたというのか。そんな唐突にキャラを変えられたら、付いて行くのが大変だ。
しかしもし意図的だとしたら、このチェリムの焦り方は疑問が残る。様子を見る限りでは、予想だにしていないという感じなのだ。
「どうしちゃったにゃぁチェリム……にゃぁ!?」
まさかの事態。付けようなんて、一切意識していなかった。
チェリムに続いて、白奈にまで異変が起こる。いったい、何が起こっているのか。
「……白にゃが言うとアザトースだにゃ~」
ジットリした視線を向けてくるチェリム。そもそも最初に付け始めたのはチェリムだというのに、自分のことは棚に上げているよう。
「い、いや! 全然付けようなんて思ってにゃか……あっ! まさかぁ――」
まだ半分ほど残っているシュークリームに、視線を向ける。
「まぁ、まさかもにゃにも、それしか考えられないにゃ~」
チェリムは既に当たりを付けていたらしい。
しかし、語尾を変えるだけでこうも違うのか。謎の事態が発生しているというのに、やたらほんわかした空気が漂っている。
「白にゃ。身体に変化はあるかにゃ~?」
「無いにゃぁ――うぅ、出さないようにしても出しちゃうにゃぁ」
もはや呪いと言って差し支えない、この強制力。
「身体には影響を出さず、「にゃ」って言葉だけを付けるようにする……これ、魔法じゃないかにゃ~?」
「うぅん、どうだろうにゃぁ」
ここの従業員は、全員魔女。なので、それは十分に考えられること。しかし白奈としては、その説には疑問を持たざるを得ない。わざわざ魔法をシュークリームに一回一回掛けるだろうか、という疑問だ。
今の白奈たちのようにする《行動を制御》する魔法は工程が多く、慣れていようがタブレットを使おうが時間が掛かる。それにここは飲食店で、食べ放題の専門店。注文は引っ切り無しに来るだろう。なのにこんなことをやっていては、あまりにも効率が悪い。
店内の様子を見ると、席はほぼ埋まっているよう。もし魔法を使っているとしてシュークリームの注文が複数入ったら、それだけで相当の時間を取られるのは明白。多くの注文が舞い込む食べ放題の店としては、商品の提供が滞ってしまうのはあまりにもナンセンスだと思うのだ。
「にゃいかにゃ~」
再び思考を巡らせるチェリム。魔法が無いとしたら、他にどんな方法があるだろう。白奈は考え、そしてある結論を導き出した
「……魔法薬はどうだろうにゃぁ」
魔法じゃ無いとしたら、もうこれしか考えられない。そんな結論。
「う~ん……もしそうだとしたら、どんな魔法薬が使われてるかにゃ~?」
「ちょっと待っててにゃぁ」
調べてみるべく、タブレットを取り出す。魔女に必要な知識は、余程特殊なものでない限りはこのタブレットで検索し、知ることが出来る。そんな便利な、魔女隊特製のアプリがあるのだ。検索方法は通常の検索エンジンと同じように、いくつかのキーワードを入れて検索するだけ。どの魔女もお世話になっている、必須のアプリと言って良いだろう。
「ふむふむ。特定の言葉を言わせる効果を考えると――《言霊草》を使った魔法薬が考えられるにゃぁ。それを使った魔法薬は、言葉を縛る効果があるらしいにゃぁ」
検索したことで知り得た情報を、チェリムと共有する。
「にゃるほどにゃ~。それで、解除方法は載ってるかにゃ?」
「あるけど……とっても面倒だにゃぁ。効果が切れるのを待った方が、絶対に楽だにゃぁ」
「どれくらいで切れるんだにゃ~?」
「1時間だにゃぁ」
「なっ! 長いにゃ! あと40分以上はこうなのかにゃ~!?」
「そうなるにゃぁ……」
この効果時間では、食べ放題の時間が終わった後まで効果が続く。つまり、外に出てもこの語尾のまま。うっかり話しをして道行く人に「にゃ」を聞かれてしまったら、恥ずかしくて外を出歩けなくなりそうだ。
と、1人の店員が2人の席へと近付いて来て。
「失礼いたします。そろそろ終了のお時間なので、お会計の準備をお願いします」
この状況では死刑宣告でしかない台詞を告げてきた。
「こんな状態なのに外に放り出すにゃ~!?」
そんなことを言っても、店員はただ業務を全うしているだけ。どうしよもないのだろう。しかし、白奈自身も同じ目に合っている以上、チェリムの訴えは痛いほど分かる。なので、ダメ元でお願いしてみることにした。
「あのぉ、あと少しだけここに居させてもらえませんかにゃぁ? さすがにこのままの語尾で外を歩くのは、ちょっと厳しいですにゃぁ……」
その言葉を聞いた店員は満面の笑みを浮かべ、そして。
「《ドキドキ》でしょ?」
「「そんなドキドキいらないにゃあ!!」」
*********
「っあ~! 肩凝った~!」
「つ、疲れたねぇ」
意識して話さないようにするというのは、思った以上に疲れるもの。それを、今回の一件で知ることが出来た。しかし語尾に「にゃ」を付けて話して赤っ恥をかくくらいなら、こうして疲れただけの方がまだマシだろう。
「そういえば、いつの間にか治ってるねぇ」
「ん? あ、ホントだ」
お互い「にゃ」を付けずに話せている。家に着くまでに、魔法薬の効果時間が切れたようだ。
「まぁ、家に着いてから気付いたってどうしよも無いけどね――ホント疲れたわ。もうお風呂なんて入らずに寝ちゃいたい」
ブーツを脱ぎながら、そんなことを言いだしたチェリム。
「えぇ!? だ、駄目だよぉ! 明日栄華ちゃんに臭いって言われちゃうよぉ!?」
焼肉屋に行って、臭いがつかないわけが無い。白奈が危惧する通り、2人には焼肉の臭いがこびりついていた。ただ今は気づかないというだけ。明日になったら、ハッキリと分かることだろう。自分たちに付いた、焼肉臭を。そして後悔するのだ。どうして風呂に入らなかったのか、と。
「そんなに必死にならなくても……冗談だって。さすがにこんなベタついたまま布団に入りたくは無いかな~。気持ち悪い」
「あ。そ、そうだよねぇ。いくら大雑把なチェリムでも、そんなことしないよねぇ。安心したぁ」
話しながら靴を脱ぎ、家に上がる。
「サラッと毒吐いてるのが気になるけど……そりゃそうでしょうよ。気持ち良く寝たいでしょ~」
2人は並んでリビングへと行き、ソファーに隣り合って座った。
「はぁぁ――今日は色々あったなぁ。任務で失敗したり、焼肉屋さんで大変な目に合ったりぃ……」
思い返すと、良くも悪くも充実した1日だったのだろう。なんとも印象深い1日だったのではないだろうか。
「……すっかり吹っ切れたのね~。良かったじゃないの~」
「うん。チェリムのおかげだよぉ」
「……言った通りよ。ワタシの調子が狂うから――だから、白奈を立ち直らせようとしたのよ~」
それを言うと身体を倒し、白奈の太腿に頭を乗せてきた。膝枕だ。
「チェリムぅ?」
「隊室で気を使ったことへの埋め合わせ。そう思ってしばらく我慢して~」
「いいんだけどぉ……一応焼肉のお金は出したんだけどなぁ」
「それとこれとは別。あれは約束した結果よ~。ま~……嫌ならすぐに止めるけどさ~」
強引に続けようとしていない。チェリムとしては、なんとも珍しいことだ。
「うぅん。嫌じゃないよぉ。気が済むまで、こうしてていいからねぇ」
優しく頭を撫でてあげる。するとリラックスしてきたのか、目を閉じて今の状況を最大限享受し始めた。
「このまま寝れそ~……」
「寝たら駄目だよぉ? ちゃんとお風呂はいらないとぉ」
「分かってるっても~」
チェリムが寝ないよう注意しながらも、そのまま膝枕を続けてあげる白奈。こうして大人しいチェリムは、ただただ可愛い。こういうのもたまには必要だと、白奈は思ったのだった。
「すぅ――」
寝ないように気を付けていたのも、結局は無駄な抵抗。いつの間にか2人は寝入ってしまい、気づいたら朝日が昇って窓から日差しが差し込んできている。
慌ててチェリムを起こすものの、寝てる間膝枕をしていたことが影響して足が痺れ、なかなか動き出せない白奈。しかも痺れている間何度もチェリムにちょっかいを出され、のたうち回ることとなってしまった。
足が痺れていた時間が大きなロスとなってしまい、結局お風呂には入れずじまい。せめてもと下着だけ変え、遅刻しないよう本部へと急いだ。隊室に入ると、既にいた栄華から案の定「焼肉臭い」と一言。昨夜の自分を恨んでしまう白奈だった。
ただその臭いを嗅いで食べたくなったのか、後日の任務のあと、栄華も連れて|《美々庵》に焼肉を食べに行くことに。食べ放題後半には、完全に悪乗りで前回2人が苦しんだ《ドキドキ・デザート》を注文。結果として言霊草を使った魔法薬はやはり入っていたのだが、しかし付与される効果は変わっているようで。
食べた栄華の、まさかの《ごわす》口調は一生忘れられない思い出となった。
「……笑い過ぎでごわす」
眼鏡をクイと上げ、真面目な感じで言うその行動こそが笑いを誘っていることを、彼女が最後まで気づくことは無かった。
プロローグから随分経ってしまった気がしますが……1話を投稿させていただきました!一度書いたものを修正し、今の形に。次の話、というか5話分くらいはそんな感じになるかと思います。極力期間を空けないように投稿していく所存。どうぞ、よろしくお願いします。
P・S――絵ってどうやって付けるのこれ?