2話【旅立ち】
「そう言えば、言い忘れていた。これだけ言っておく。俺はお前が嫌いだ。どんな方法を使ってでも殺す。たとえ自分を犠牲にしてでもだ」
神威が発した言葉。
この言葉を思い出し、自分の死を実感する。
結果は相打ちではあったが、最強の殺し屋である俺を殺した神威という殺し屋の実力は本物だった。
高い射撃技術に優れた動体視力。
相手が俺でなければ、ライフルによる射撃でトドメをさせていただろう。
だが何故だろう。実感はできても、まだ死んだという感覚がない。
まるで違う世界に飛ばされたような、そんな感覚がある。
そのよくわからない感覚は、すぐに分かった。
目が覚めたのだ。
ゆっくり目を開けると、草原に倒れていた。
まだ状況が理解できない中、ゆっくり体を起こすと、そこには葉っぱを生い茂らせたそれは大きな木が聳えていた。
死神はゆっくり立ち上がり、顔を上に向け、その木を眺めた。
しばらく黄昏ていると、声が響いてきた。
『私の声が聞こえるか?』
「な、なんだ…!?」
慌てて周りを見渡すが、辺りに人の気配はない。
誰もいないはずなのに、声だけが聞こえている。
『私だ。目の前にある世界樹だ』
「なんだと!?」
目の前にある大木が世界樹と名乗っている。
どうやら脳に直接語りかけているらしい。
(これが、テレパシーというやつか…!)
天才的殺し屋といっても偏見を持たないでほしい。
俺は殺し屋だが、日本のアニメや漫画などそういう類のものが大好きなのだ。
依頼でたまたま日本を訪れた時に手に取ってみたところ、俺としたことがハマってしまったのだ。
それ以来、日本を訪れるたびに、毎回本屋に立ち寄り、爆買いを繰り返している。
『何を一人でニヤついておる?』
憧れていた状況に1人感動していると、再び世界樹が話し掛けてきた。
「いや!これが異世界転生というやつか、っと感動していた…!日本のライトノベルでよくあるだろう?現実世界で思わぬ事故で死んでしまって、目が覚めたら異世界にいた!なーんてこと。
あまりに理想的な状況すぎて、つい夢中になってしまった。君も世界樹ならこの気持ちわかるだろう!?」
『お主が何を言っているのかさっぱり分からんが、話を進めさせてもらう。ここはお前さんが元々暮らしていた場所と同じ、地球だ。そして分かっているだろうが、お前さんは現実世界で死んでしまった。私にもよくわからないが、別世界で死んだ者がごく希にこの世界に飛ばされてくるのだ』
「つまり、俺は神威に殺された。そしてなぜだか分からないが、現実世界で死んだ俺はこの世界に飛ばされてしまった、ということであっているか?」
『大方それであっているだろう。それと、その神威という人間もこの世界に飛ばされてきておる。お前さんよりも早く目覚め、既に旅立った』
「神威もこの世界に来ているのか!?」
『そうだ』
「では聞くが、俺はこの世界で何をすればいい?」
『何をしても構わない。現実世界の通り、暗殺者として生きても構わない。だが、第二の人生として楽しむのもありだ』
「なるほど」
『では、お前さんに一つアドバイスをしてやろう。この世界には魔王がいる。とてつもなく邪悪な魔王だ。しかし、まだ目覚めてはいない。私としては、君の天才的なその才能で、是非とも魔王を倒してほしい。無理にとは言わない。お前さんの生きる道を決めるつもりは無いのd…』
「いいだろう」
俺は即答した。
憧れていた異世界に転生したのだ。
自分の力がどこまで通じるかはわからないが、魔王の一人倒せないようじゃ、死神の名が廃る。
『だが、いいのか?険しい道だぞ?』
「そこは俺のセンスで何とかするつもりさ」
『ならば、まずは色々説明をしなくてはいけないな。とりあえず君が今装備しているものについて話そう』
世界樹に言われ自分の体を見ると、どこぞのRPGの初期装備らしき格好をしていた。それは、荒れた布で縫われた服に、少し汚れた長めのズボン、足には革でできたサンダルを装備していた。
「武器はどうすればいい?」
『武器は私が提供しよう』
そう言うと世界樹は伸びた枝をさらに伸ばし、俺のところに届く程度まで伸びた枝を使い、武器を手渡した。
「銅の剣か。本当に初期装備だな」
『最初から武器が強くては面白くないだろう?試しに、そこにいるスライムを倒してみたまえ』
枝で指された方に振り返ると、スライムがピョンピョンと跳ねて動いていた。
疑っていた訳じゃないが、これどう見てもドラ〇エだよな…?
『さあ、倒してみなさい』
「あ、ああ」
世界樹から貰った銅の剣を構え、スライムに近づくと、こちらに気づいたスライムが飛びかかって来た。
だが、暗殺者である死神には大したことではなく、飛びかかってきたスライムを銅の剣で突き刺し、そのまま地面に叩きつけた。
当然スライムは戦闘不能。すると、スライムは形を失い、消えた。そして、代わりに宝石のようなものが落ちている。
「これはなんだ?」
『それは、オーブの欠片といって、この世界のお金に変えられるものだ。この世界の街には必ず換金出来る場所がある。モンスターを倒したら、必ず手に入るから集めておくといい』
「なるほど」
『まずは、ここから真っすぐきたに向かって、ヒーリアという街を目指すと良い。そこにも換金所はある』
「分かった」
『気をつけるのだぞ。いくらお前さんが強くても、やはりこの世界で通用するかはわからない。それは神威とやらにも話してある。十分に警戒するのだぞ』
「わかっている」
こうして、歩きだそうとしたその時、あることを思い出した。
「ねぇ世界樹、俺はこの世界でなんと名乗ればいいのだ?」
『ん?自分の名前で名乗ればいいだろう?』
「流石に死神と名乗るのはダメだろ…。本当の名前も俺には思い出せないし…。」
『なら、アルスと名乗るようにしなさい。この世界で最強だったものの名前から取った。いい名前だろう?』
「アルス…か…。いい名前だ!」
『では、そう名乗ると良い』
「ああ!じゃあ今度こそ行く」
俺は世界樹に見送られながら、草原を後にした。
そう言えば、町があることは聞けたが、どんな者達が暮らしているのかきくことを忘れてしまった。
「まあ、いい。行けばわかるだろう」
俺はそう判断し、引き返さず、言われた通り真っすぐ北へ向かった。
そのころ世界樹は、
『それにしてもあの少年、天才的殺し屋らしいが、とても澄んだ目をしていたな。だが、あの神威という男は目が狂気に満ちていた。それに、あやつは凄まじい力を秘めている。下手したら、魔王より上を行くかもしれぬ』
世界樹は神威が世界を脅かす存在であるとすぐに見抜いた。あの死神を追い詰め、結果的に殺したのだ。その才能は大きな脅威だ。
だが、
『アルス、あやつにの背後にかすかに見えたオーラはいったいなんだったのだろう…?』
とんでもない二人が飛ばされてきてしまったものだ、と少し不安に思いながらも、魔王討伐の可能性が高まったことに僅かだが、安堵するのだった。
そして旅立ってすぐに、アルスに女の子との出会いが起きるとは、まだ世界樹すらも知らない。