プロローグ
「ご苦労。これが報酬だ」
「ああ。確かに」
依頼を完了し、依頼者から報酬の金を受け取った。
依頼と言っても、そこら辺のビジネスとは全く別次元のものだ。
殺しだ。俺は殺しをして、金を得て、この世界で生きている。
そして、俺に殺しを依頼する者は世界中に山ほどいる。
自分でも自覚している。俺がこの世界で最強の殺し屋であると。
もう何人殺しただろうか。
なぜこんな仕事を始めたかも、もうよく分からない。
「それにしても、君は仕事が早くて助かる。流石死神、といったところか」
「………………………………………………」
いつからだろうか、死神なんて呼ばれ始めたのは。
別に気に入ってる訳では無いのだが、依頼者が皆自分のことを口を揃えて死神と呼ぶので、自分でもそう名乗ることにしている。
それに、自分の本当の名前、歳、生まれた場所全てがもう自分には分からない。
親がどんな人だったかも、まるで誰かと脳を入れ替えたかのように、ごっそり抜けている。
「それではな」
「ああ」
俺としたことが、長いこと考え込んでしまった。
こんなに考えたことは、初めてかもしれない。
俺がやるべき事は、ただ殺すだけ。
もうあとには引き返せないし、引き返すつもりもない。
俺にとって、殺すことがすべてなのだから。
自分の頬を両手でパンッと喝を入れて歩き出す。
こうして依頼を終え、次の依頼者の元へと向かった。
「ここか」
依頼者との約束の場所は、とある廃ビルだった。
曇った空を見上げ、ため息を一つつくと、俺は汚く、落書きで荒れたビルの中へ入った。
「依頼人。いるか?依頼を受けた死神だ」
ビル内に響き渡った。
しかし、返事はない。
不審に思った俺は、あることに気がついた。
僅かだが、鉛の匂いが漂っていた。
それに気づいたと同時に銃声音が響き渡った。
もちろん、俺が反応しないわけがない。
こちら目掛けて迫ってきたライフル弾を軽くかわした。
そして、たまが打たれた先にいたのは、
「この俺の弾丸をよくかわしたな。流石死神、この程度の罠ではかわすことなど造作もないか」
「何者だ?」
「俺の名前は神威。お前と同じ殺し屋だ」
「聞いたことがある名前だな」
「これでも多少は名の知れた殺し屋なのだからな」
やつは神威という殺し屋。依頼の成功率は今のところ100%。
突如この業界にあらわれた新星と聞く。
「貴様を殺せと依頼されたのでな。悪いが貴様の時代はここで終わりだ」
「それはどうかな」
直後打たれたライフル弾を当然のようにかわし、俺は神威に接近する。
だが、
(なかなか近づけない………)
彼が身につけているのは、ライフルによる遠距離射撃技術だけではない。何よりこのビルの構造をよく理解し、それをうまくいかしている。
今いるこのビルのフロアには、柱など隠れる場所が少なく、ほぼ一直線上に道ができている。
つまり、デパートやショッピングモールのような構造だ。
その中で彼の射撃技術と連射能力を行使されているこの状況では、近づくことは不可能に等しい。
だが、それは最初だけであった。
(流石に慣れてきた)
その天才的センスと恵まれた視力で弾道を予測し、うまくかわしつつ、徐々に神威に接近する。
「あと15m」
「くっ…!」
歯を食いしばり、神威はライフルを投げ捨て、アサルトライフルへと切り替えた。
さらに連射能力をが増したが、焦った神威の射撃をかわすことなど、俺には目をつぶってもできることだった。
そして残り3mまで迫ったところで、俺もついに飛び出す。
この状況なら、近接攻撃でとどめを刺すのが最適だと考えたからだ。
だが、追い詰められているはずなのに、何故か神威の表情は、
「フッ…フッ…」
笑っていたのだ。
もう神威に勝ち目はない。幼稚園児が見ても分かるほどだ。
だが、神威は余裕がある表情を見せている。
(何かが来る…!!)
そう察した時にはもう遅かった。
神威はアサルトライフルを捨て、飛びかかろうとする俺に飛びついた。そのまま強く抱きしめた。
「そう言えば、言い忘れていた。これだけ言っておく。俺はお前が嫌いだ。どんな方法を使ってでも殺す。たとえ自分を犠牲にしてでもだ」
その時、俺はすべてを察した。
だが、もう遅かった。
思い切り俺にしがみついていた神威は、自分の体に巻き付けていた爆弾と共に大爆発し、その爆撃に俺も巻き込まれた。
そして骨ひとつ残らず、二人は砕け散った。
あとには、投げ捨てられた神威愛用の銃だけが残った。
こうして、二人の殺し屋としての人生は、誰の目に止まることもなく幕を閉じた。
だが、物語はここでおわりではない。
むしろ、ここからが本当の彼らの物語だ。