終わりのハジマリ
肌に滴る冷たい地下水に顔を顰めた俺は今、地獄のような光景を目にしている。
俺がいる場所は、地上から数メートル下がった場所。
そう、地下牢獄だ。
浄罪師である真雛が長年封印されていたことにより、今や世界中の人間の7割以上が殺人者である。
全く情けない話だ。真雛は3年前に復活してからというもの、ヘレティックのボスであった灯蛾の魂を捨魂し、この世から消し去った。
彼女たちはそれで、この世界が徐々に回復していくと思っている。
だが、現実はそう甘くなかった。
灯蛾が消えたことにより、ヘレティックはしばらく大人しくなったが、多数の殺人者がこの事態を大人しく見ているだろうか。
本当に恐ろしいのは、こいつらだ。
「てめぇら、さっさと行くぞ」
その声の持ち主は、瞳はドス黒い灰色、肌は血痕と埃が被さって汚らしく、黒い囚人服を乱暴に着ていた。こいつらのボスだか知らないが、そいつは数百人もの囚人を引き連れて、今まさに、地上へ這い上がろうとしている。
脱獄ってやつか
とても俺一人じゃどうにもならない。
お手上げといった具合かな
「おい、そこの薄気味悪いガイ、てめぇも行くだろ?」
薄気味悪くにやりと笑みをこちらに向けて来た。
「俺が行くとでも?君らと一緒にしないでくれ」
冗談じゃない。俺はこいつらの仲間ではない。
「てめぇ…誰に向かって話してんだぁ?殺すぞ」
「どうぞ好き勝手に」
でも、お前達に俺が殺せるか?俺は誰にも殺せない。
そして、誰も殺さない。
人間であれば、の話だが。
ふと、多数の銃声音がコンクリートの地下内に響いた。どうやらこいつの仲間たちが俺に向かって発砲したらしい。
「ああ、面倒だな。俺はお前たちと一緒には行かない」
紫色に光る鎌を片手に握り、銃弾を跳ね返す。俺にこんなことをさせないでくれ。
「ちっ。好きにしろ」
囚人達は諦めて、俺の傍らを過ぎて行く。
こいつらは、今まで誰にも殺されなかった俺が味方として欲しいようだが、残念ながら俺は仲間ではなく…
敵だ。
この地下牢獄に住み続けて、三百年以上が経ち、これまで何百、何千もの人間の殺し合いを見せつけられてきたが、とうとう移住の時か。
死神の身分である俺にとっては人間がどうなろうと、知ったことではないはずだが、
ここ最近、どうも人間の行く末が気になり始めている。
この原因は恐らく、浄罪師の封印によって、魂を自分で選んで摂取したことによるものだと考えられる。
以前は真雛が捨魂する予定の魂を分けて貰い、食事していたから、俺は冷徹な存在だった。
だが、この牢獄で殺されていった人間の魂を自力で摂取するようになってからは、なんだか…虚しい、悔しい、優しい、悲しい…といった人間くさい感情も一緒に摂取してしまうようになり、俺はまるで人間のような感情を抱くようになってしまった。
これが吉とでるか、凶とでるか。
ただ、以前の俺だったらこの後、何もせず、この地下室に籠るだろう。
そして、あいつら悪魔化した連中によって壊されていく世界をこの目に焼き付けるだけだろう。
人間の住む世界がどうなろうと、俺には関係ない。
浄罪師が居なくなったとしても、自力で魂を摂取できると知った俺には関係ない。
そのはずだが、どうだろう。
少しは浄罪師、真雛らの肩を持ってみようか。
それで、俺の美味しい飯(汚れた魂)が少なくなってもいい。
たとえ、人間が悪魔に負けても、俺が出来ることはしてやろうと思う。
この物語の最期に誰が笑うか、
それが確実に見れるのは…
おそらく、この俺だ。
終わりの始まり。
浄罪師ーthe final generations-
の幕開けです。