残された者達
「真雛様…蒼の記憶を奪ってしまって本当にそれで良かったのですか?」
黒羽は真雛に尋ねる。
「はい。蒼の為を思うとそれが一番でした」
「そうですか…」
「償いと言っては難ですが、蒼の母親の生まれ変わりの少女に一時的に母親の記憶を蘇らせておきまし
た」
「母親の記憶を?」
「はい。これで、蒼も過去に囚われずに生きていけるでしょう」
スッキリとした表情でそう言うと、真雛は伊吹や柏木、拝島のいる方向へ歩き出した。
「彼らにはどう説明するおつもりですか?」
真雛は立ち止まり、振り返ると、
「彼らの頭から、「鞍月蒼」という存在を消すことにします」
「成程、そうすれば蒼は完全に一般人になれるという訳ですか…」
真雛は優しく微笑み頷いた。
「はい、蒼には残りの人生を普通の人間として生きて欲しいですから…」
そんな真雛の言葉に、黒羽は涙を流す。
「吾輩はずっと、真雛様に遣えてきましたが、やはり真雛様が悲しんだ顔は見たくありません」
自分が泣いていることに気づいていない真雛は、慌てて頬に付いた涙を拭う。
「どういうことでしょう。人間ですらない私が涙を流すとは」
「人間でないモノも涙を流せるのですよ、ほら」
黒羽は自分も涙を流せると真雛に訴えた。彼女はそんな黒羽を見ると、涙でびしょ濡れになった瞳を閉じ
た。
そして、もう一生会えない蒼の姿を心に映し出した真雛は静かに歩き出した。
人はいつか必ず死ぬ。その度に記憶は消され、違う体で生まれ変わる。記憶が無くなった者は全く違った人格で違った人生を歩む。どんなに大切な記憶も、忘れてしまったらただの過去。新しい自分には関係ない。
真雛の与えた「永遠の記憶」はそんな常識を覆す。けれど、長く生きている分、「死」に関しての恐怖が増す。そうなると、人間はどんな手を使ってでも、生きようとする。
長い間培っていた記憶を無したくなくなる。
その結果、ヘレティックが生まれた。
真雛は自分勝手に事を進めて来たことに深く反省した。人間は他の生物と違って頭が良い。そのことを忘れていた。そして、もう使徒を持たなくとも、平和が保たれる世界が来ることを願った。
戦争、大量虐殺、自殺、いじめ、裏切り、憎しみ、嫉妬、欲望、ドラッグ…
これらが世界から無くなれば、どんなに美しい世になるのだろうか。
真雛はそんな世の中を願い、今日も生きていくだろう。
これでpresent編の完結です。
この後、浄罪師ーthe final generations-
の予告です!




