戦いの幕開け
「これは…」
急いで西門を駆けつけた蒼の目に入ってきたのは、荒野そのものだった。10名いるはずの使徒たちは全
滅し、地面に力尽きていた。その中に脇腹を抑えながら蹲っている伊吹を発見した蒼は慌てて歩み寄る。
「どうしたんだ。これは一体…」
駆けつけた蒼に伊吹はしがみついた。
「皆殺られた…急がないと…真雛が…」
「まさか」
「灯蛾…奴が…来た…阻止出来なかった…」
「そんな…」
「俺も後から行くから、蒼…先に行っていてくれ…」
「分かった…お前も無理するなよ」
「ああ」
歯を食いしばりながら蒼は、全力疾走で神殿へと向かった。
「真雛様…」
神殿前では、予想通り、灯蛾の姿が見えた。彼の他にもジャノメというあの女など数名のヘレティックが
いた。そいつらは円になって真雛を囲んでいる。
「蒼…」
蒼の存在に気がついた真雛は、声を張り上げる。
真雛を助けようと、蒼はヘレティックの集団に飛び込む。
しかし、真雛の口から思ってもいなかった言葉が飛び出した。
「止めなさい。蒼…」
「真雛様?」
蒼は何が何だかさっぱりといった表情でその場に立ち尽くす。
「私一人で決着を着けます」
「そんなの無理です!俺も戦います!」
けれども真雛は首を横に振るだけである。
「もうこれ以上…失いたくありませぬ」
真雛は今にも消え入りそうな声でそう言うと、両手を合わせて何かを呟いた。その直後、真雛の合わせた
手から光が発せられ、周囲を明るく照らす。
「真雛を殺せ!」
灯蛾の声と同時に、周囲にいたヘレティック達が一斉に真雛に襲いかかった。真雛は合わせていた手を解
き、ヘレティック一人一人の攻撃をうまく素手で交わした。彼女の手に触れた途端、奴らが持つ武器はみ
るみる内に溶けていった。
「何なの?武器が溶けていくわ!」
「人を殺した武器など、この世にあってはなりません」
そう言って真雛は、ジャノメの顔を鷲掴みにすると、そのまま彼女の体を宙に浮かした。
「話しなさいよ…」
「人を殺した人間の魂も…武器と同類。この世にあってはなりません」
そう言うと、真雛は手に力を入れた。
「きゃああああああああああああ」
ジャノメの悲鳴が周囲に響き渡った途端、他のヘレティックは真雛から一歩離れる。
「この場で、捨魂を行います」
真雛のその一言で、ジャノメの体はドロドロに溶けていき、遂に液状化して地にポタポタと滴り落ちてし
まった。先程まで人の形をしていたジャノメは、ほんの数秒でスライムのような塊へと変化してしまった
のだ。
液体化したジャノメに手を突っ込んだ真雛は、その中から光を放っている球を取り出すと、手のひらに転
がした。すると、その球は細かく割れて、四方八方へ飛び散って行ってしまった…
「これが…浄罪師の力か?」
一部始終を目撃した灯蛾は、澄ました声でそう言った。動揺一つせず、余裕が見られた灯蛾を蒼は睨みつ
ける。仲間が目の前で消えたというのに感情一つ表に出さない灯蛾に蒼は非常に腹が立った。
「本当はこんな事、したくないのですが…」
悲しそうな声でそう言った真雛は右手を上に掲げると、またもや呪文を唱え始めた。
すると、灯蛾以外のヘレティック達が、苦しそうにもがき始めた。
「捨魂開始します…」
どうやら、直接手を下さなくても間接的に捨魂が出来るようだ。真雛の一声の後、ヘレティック達は一斉
にジャノメのように、液状化していく…
「これで、残るのはあなた一人となりました」
表情一つ崩さず、真雛は灯蛾を見据える。
「俺とこいつらを一緒にするなよ」
相変わらず、余裕を浮かべている灯蛾はゆっくりと剣を構える。
「そうですね、あなたは私の力を盗んだのですから…」
「その通り。俺はあんたと同じ力を持っている」
蒼は、二人の会話を聞いていたが、さっぱり話の内容が分からなかった。灯蛾が真雛の力を盗んだとは一
体…
すると、蒼の肩の上に黒羽が留まった。
「黒羽…」
「実はな…真雛様を封印したやつは真雛様の能力の半分を奪ってしまったのじゃ」
真雛を封印したヘレティック…それは灯蛾のことであろう…それは大体予想していたことだったので蒼はそ
れほど驚きはしないが、灯蛾が真雛の能力をその時に盗んでいたことは考えもしなかった。どうりであん
なに力がある訳である。
「真雛様一人じゃ奴には勝てないであろう。今では力も奴の方が上じゃ」
「大丈夫…俺が倒すから」
「蒼、決して真雛様が困ることはするでないぞ」
真雛様が困ること、つまりそれは、「灯蛾を殺すこと」である。蒼は力強く頷いた。
「当たり前だよ」
「吾輩は白羽を助けに行ってくる。後は頼んじゃぞ、蒼」
そう言って蒼に託した黒羽は夜空に高く飛び立った。
(/・ω・)/




