擬勢と犠牲
しかし、目に飛び込んできたのは、とんでもない光景だった。
「Unbelievable!(信じられない!)」
「私はただのガキじゃないわ…あんたの嫌いな浄罪師の使徒よ」
槍を構え直す少女は先程の不安な顔なんて一切持っておらず、自信と決意に満ち溢れていた。
何が起こったのか分からない蒼はただその光景を見ているしか出来なかった。
「あの子は槍の名士よ。銃弾なんて槍一つで防げるわ」
「銃弾を防いだ…」
あの小さな少女は銃弾を槍一本で防いだというのか。
すると、大男は懲りずに銃を発泡し始めた。しかし、銃弾は小さい少女の体には当たることなく、全て槍
によって交わされていく…
「Fucking brat!(くそ餓鬼が!)」
大男は英語でそう言うと、少女に向けて蹴りを入れた。
銃に気を取られていた少女は蹴り込まれた足に気がつかず、そのまま蹴り飛ばされてしまう。
少女は数メートル先に飛ばされ、苦しそうに咳をしながらよろよろと立ち上がる。
「てめぇ!」
蒼は刀を握りながら、大男に向かって走り出した。
しかし、相手は銃を持っている。当然、銃弾を交わすスキルなど持っていない蒼は、刀を構えると、銃が
発せられる前に振り下ろした…
「Drop dead(死ね)」
しかし、蒼が刀を振り下ろす手前で男は銃の引き金を引いていた。
大きな音を立ててあの嫌な音が響く。蒼の耳に一番響いたその音は鼓膜を小刻みに揺らした。
「痛て…」
幸い銃は蒼の頬をかすめただけで命中はしなかった。頬から流れる血を指で拭うと、大男を睨みつけた。
「Are you a boy of then?(お前はあの時の少年か?)」
大男はそう言うと被っていたフードを取り払った。フードに隠された素顔は予想通り彫りの深い顔であっ
た。
あの時の少年…蒼は首を傾げる。
「もしかして、あの時俺を襲った奴じゃ…」
記憶を戻す前、母親の墓参りに行ったあの時、襲って来た男の事を思い出した蒼ははっと息を飲む。
「It is a correct answer(正解だ)」
そう聞いた蒼は、構えながら後ずさる。
「なら、尚更お前を倒さなきゃな」
そう言うと、蒼は体を回転させながら、刀を振り回し、男に向かっていった。
目にも止まらぬ速さで動く蒼に狙いが定まらない男は、銃をただ握っているだけでなかなか発泡しない。
「ここだっ!」
男に狙いを定めた蒼は、思いっきり刀を振り下ろす。
しかし、男は刀を軽々と交わし、代わりに蒼の頭部に銃口を突きつけた。
「くっ…」
「Finished now (これで終わりだ)」
と、その時。男の体が蒼から引き離された。何事かと蒼は目を開くと、目の前にあのオカマが仁王立ちし
ていた。
どうやら、オカマが大男を殴ったらしい。
「助かったよ…」
オカマに続いて他の使徒も男に向かって攻撃を仕掛けだした。
「 Oh my God! (ああ、神様!)」
男はそう言うと、指を口元へ持って行って…
その直後、辺り一面に男が鳴らした指笛の音が響き渡った。何事かと、使徒達の動きが一瞬止まる。する
と前方から30人程度の人間が走って来るのが見えた。
「くそ、やっぱり仲間付きだよな…」
蒼は苦い顔をすると、気を取り直してもう一度、刀を強く握り直す。
「いいかっ!人数なんか関係ないぞ!全力で挑むんだ!」
蒼の一声で、他の使徒たちも、3倍はいる敵の群れに向かって突き進む。
刀を器用に使って敵の攻撃を何度も交わす蒼。敵の人数は4人…もう自分の身を守ることで精一杯であっ
た。
「I am surprised that you were S rank(お前がSランクだとは驚いたな)」
背後で、あの男の声がすると、耳元にカチンと、何かが突きつけられた。
「……、」
黙って横を見ると、不気味に笑っている顔の大男が見えた。
「I will kill you(お前を殺す)」
「そうはさせない」
刀を持っていない方の手で、蒼は瞬時に銃口の向きを変える。その直後、銃が発泡し、弾が蒼を襲ってい
た敵の一人に命中した。
「ああ…ナムル様…」
ぽっかり空いた脇腹を抑えながら、目の前の敵が倒れ込んだ。その男が最後に言った「ナムル様」とはこ
の男の本名である。
仲間が倒れた姿を見ても、一切動揺を見せないナムルは、つまらなそうな顔で、唾を吐いた後、銃弾を
再びセットし始めた。
その僅かな間に、蒼はナムルの武器を狙って、刀を突き出す。
しかし、銃に刃が当たる前に、セットが終わり、瞬時に発泡されてしまった。刃に命中した銃弾は火花を
散らせながら粉々になっていく。
「くそ、なんて手が速い奴だ…」
銃弾を受けた反動で、多少バランスが崩れたが、再び姿勢を立て直す。すると、横から邪魔が入った。他
の敵が蒼に向けて大剣を振り回してきたのだ。
「おお?ちょ…」
慌てて、ジャンプで交わした蒼…と、その時蒼の脳裏にある考えが浮かんだ。
「これだ…」
蒼は空中で体勢を整え、そのまま自分の下を通った大剣の刃目掛けて、足を落とした。
なんと、蒼は大剣の上に乗ると、瞬時に飛び上がった…
「これで、あんたの頭が狙える」
大剣をジャンプ台代わりにして高く飛び上がった蒼は、空中で握りこぶしを造り、ナムルの頭上で急降下
する。
ナムルも蒼目掛けて銃口を向ける…
周囲に銃声が響き渡る。と同時に銃が地に落ちた。
「残念だな」
ナムルの頭から銃に狙いを定め直した蒼の拳は見事に銃を直撃して、ナムルの手から奪ったのだ。
「Shit!(クソッ!)」
落ちた銃を見下ろしたナムルは、側に着地した蒼の顔を拳で殴った。
「痛っ!」
派手に飛ばされた蒼は、数メートル先まで滑っていった。
蒼を殴った後、落ちている銃に手を伸ばしたナムル。
このままでは、銃を手にして、また撃たれてしまうと思った蒼の目に、例のオカマの姿が飛び込んでき
た。
「あんた一人じゃ、無理よ」
そう言うと、銃に向かってスライディングをして、そのままナムルから銃を遠ざけた。
「これで、手ぶら同士ね」
このオカマの武器は無い…どうやら、拳と足が武器なようだ。
「hem」
蒼も起き上がり、二人の間に入り込む。
「神社の中には行かせない」
そう言って、蒼は再び刀を振り回す。
人が斬れない刀は男に致命傷を与えられないが、盾の代わりにはなった。相手の拳を刀で抑えて、反対の
手で殴る…
オカマも負けず劣らずに、ナムルの急所を突いていく…
しばらくの間、蒼たちの優勢が続く。
「これで、終わりな」
二人からの攻撃に怯んだナムルの顔目掛けて、オカマが懇親の一撃を食らわす。
骨が割れるような音が耳に入って来て、蒼はこちらの勝利を確信する。
「これも食らっとけ」
それに続いて、蒼も最後の一撃をナムルに当てる。深く腹に入り込んだ蒼の拳によって、ナムルは胃液と
共に、外に腹の中のものを吐き出した。
「Unbelievable!(信じられない!)」
吐いた後、音を立てて派手に倒れたナムルはそのまま動かなくなった。
「やったのか…」
「そうみたいね」
蹴りを入れてもビクともしないナムルに蒼は少々不安になる。
「死んでは無いよな」
「当たり前でしょ?拳二つで死ぬアホが何処にいるのよ」
「そうだな…」
そう言って、蒼は周囲を見渡す。既に薄暗くなっているため、状況がうまく掴めないが、明らかに敵の数
が減っている事を確認した蒼は、こちらの勝利を確信する。
しかし、倒れている者の中には使徒の姿も見られた。
「皆、命懸けで…」
「ここは私たちに任せて、あなたは西門に行って…」
オカマは蒼にそう告げると、蒼の背中を大きな手のひらで押した。
「何で西門に?」
「さっき、敵の一人から西門に灯蛾が現れるって情報を聞き出したのよ」
「西門に灯蛾が…」
と、その時。聞こえるはずのない銃声の音が耳を貫いた…
「なんで…私が」
掠れた声でそう言うと、オカマの巨体が蒼の前で倒れた。
「おいっ!どういうことだよ!」
慌ててオカマに駆け寄った蒼は信じられないものを目にした。
さっき倒したはずのナムルが、微笑を浮かべて蒼に近づいて来るのだ。
「お前…」
「I would have no way to defeat so easy? (俺がそう簡単に敗北する訳がないだろう?)」
「わざと倒れたふりをしていたのか…」
「Yes」
信じられないことに、ナムルはわざと倒されたふりをして、隙を伺っていたらしい。
「……あんた」
地面に倒れながら、オカマは声を振り絞って言った。蒼は顔を近づけて、声を聞こうとする。
「私が何とかするから…あんたは西門に行きなさい。そして真雛様を守りなさい」
「無理言うなよ!」
「真雛様が生きていれば、皆生まれ変われるんだから…」
オカマの言う通り、真雛様が生きている限り、使徒たちの「死」は訪れない…
「分かった。でも、どうやって倒す気なんだよ…」
「それは、秘密よ」
小さくウインクをしたオカマは、ゆっくりと立ち上がった。
「早く行きな…」
「じゃあ、頼んだぞ」
すると、蒼の腕をオカマが軽く掴んだ。
「最後に言っておくけど、私はオカマじゃないから…」
「え…」
「私は正真正銘の女ですよ」
そう言って思いっきり蒼を蹴り飛ばした。その力は人間離れしていて、蒼の体を吹き飛ばした。
頭の整理が付かないまま蒼はもの凄いスピードで飛ばされる。
その直後、背後で爆音が鳴り響いた。
地面に叩きつけられた蒼は、瞬時に後ろを振り向く。
「何で…」
さっきまで、オカマとナムルがいた場所は爆弾の爆発跡のようになっていた。残っているのは、黒焦げと
なったナムルの遺体だけだった。
「まさか…あいつ…自爆したのか…」
遺体がナムルのしか残っていない点から考えると、オカマが自爆したとしか考えられない。確か、彼女の
武器は拳と足だったはずだが、「爆弾」を身につけていたようだ。
自も含めて爆発させたということは、自殺と殺人を犯したという罪になる。蒼は、悔しくてその場に拳を
打ち付けた。
「何で自分を犠牲にするんだよ!」
すると、オカマが言っていたことが脳裏をかすめた。
(でも、戦いに犠牲は付き物でしょ?)
それは、彼女の本望だったのかもしれない。
彼女は自らの魂を闇に捨て、敵を倒した。もう彼女の魂は二度と生まれ変われないのだ。
そう考えると蒼の目から一筋の涙が流れた。
(/・ω・)/




