真雛の決心
神社に入った途端、おやじの声が響き渡った。
「お主らっ!よくぞ無事に帰って来たっ!」
それはこっちのセリフだよ、と思いながらも、蒼は元気そうにしている黒羽を見てほっと一安心する。
「黒羽こそ、無事で良かったです」
「吾輩を誰だと思っとる!灯蛾如きに吾輩が倒せる訳が無かろう」
いや、灯蛾はわざと手加減したはずだが…と思ったが、そこは伏せる蒼。
「それより、黒羽…灯蛾の奴が新月にここに来るらしいぜ」
伊吹がさっそく本題を黒羽に持ちかけ、周囲に緊張が漂う。黒羽も深刻そうな顔になる。
「とうとう、奴が来るのか…」
「あと何日ぐらいで新月なの?」
腕組をしながら、柏木は黒羽に尋ねる。
「今日が満月じゃから…16日後じゃ」
「16日後?そんな…」
あと16日間で、一体何が出来るのだろうか、力関係では圧倒的に灯蛾の方が上である。一対一では負け
るのは目に見えている。例え、三人で挑んだとしても灯蛾にも仲間がいるはずだ。何人いるのかも分から
ない…
「とうとう、灯蛾が来るのですね」
「真雛様っ!」
周囲の木々の合間からすっと、現れた真雛は長い髪の毛を風に靡かせながら舞い降りてきた。その姿は落
ち着いていて、何もかも知っているかのようだった。
「我は覚悟出来ています。灯蛾と戦うことになることは前々から分かっていましたから」
「真雛様には吾輩が指一本触れさせませぬっ!」
「黒羽、もう良いのです」
「しかし…」
「ところで、白羽は…」
白羽、そう聞いた黒羽は一時停止した。
「白羽はどうやら奴らに捕らわれているようです。吾輩のせいです」
黒羽も白羽が捕らわれていることを承知済みなようだ。自分のせいで白羽が神社から飛び出し、捕まった
ことを知った黒羽はだいぶ責任を感じているようだ。
「黒羽は悪くありません、白羽は必ず連れ戻します、我が必ず…」
真雛は自らが灯蛾と戦うかのようにそう言った。
「真雛様…奴は真雛様の命を狙っています。ここは俺たちに任せてください」
自身は無いが、浄罪師の使徒としての使命を全うしたい蒼は、真っ直ぐに真雛を見上げ、そう話した。
真雛は小さく笑うと、
「そうですね、あなた達の力も借ります。ですが、我が出なければ灯蛾は死んでも這ってくるでしょう…奴
はそういう人間です」
死んでも這ってくる…まるでゴキブリではないか、と思いながらも蒼は首を横に振る。
「あいつは俺が倒します。奴を倒せば魂自体が消えて、問題解決になるはずです」
母親を殺した灯蛾。今までに奴の犠牲となった者は多くいるはずだ。蒼は灯蛾に向けて強い敵意を抱いて
いる。
しかし、真雛も同じく首を横に振った。
「灯蛾を殺すってことですか?」
悲しそうに蒼を見つめる真雛に、蒼は、はっと息を飲む。自分は今、灯蛾に向けて殺意を抱いた。それに
気づいた蒼は真雛に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「いいえ…でも」
「我はあなたの魂を消す作業をしたくはありませぬ」
「すみません…」
「いいですか蒼。灯蛾を殺してはダメです」
人を殺したら、もう二度と生まれ変われない…魂は無になる。真雛はこれ以上犠牲を増やしたくないのだ。
「はい」
「人殺しは禁物です」
真雛は念を押すようにもう一度全員に確認した後、捨魂の仕事があるからと、神殿へ行ってしまった。
真雛が去った後、しばらく沈黙が続いた。皆、これからのことが不安で仕方がないのであろう。灯蛾と
戦っても倒すことが出来無い。
そこで一つ疑問が上がった。
―真雛は灯蛾と戦ってどうするつもりなのか?
人殺しはいけない、と言っていた真雛ではあるが、人間では無い彼女が灯蛾を殺しても問題が無いのでは
ないか。
ということは、やはり彼女は…
―灯蛾を殺すのか?
けれど、浄罪師という身の上を考えれば、殺戮は許されないだろう。
真雛が何を考えているのか蒼にはさっぱり分からなかったが、彼女が灯蛾と戦うことのないように如何にして、奴の足を引っ張るかが、重要だと悟った蒼は、大きく深呼吸をして、目をゆっくりと開いた。
今日も太陽は登る。明日も太陽は登る。しかし、いつかそれにも終わりがあるのではないか?人間にも寿
命があるように世界にも終わりがある。だけど、生物は短い寿命の中で、世界の終わりを心配する必要は
ない。今日、明日生きられればそれでいい。個体の死が世界の死…そうとも言える。
でも真雛はどうだろうか。今まで、どれだけの死を見てきたのだろうか、彼女は真の世界の終わりを見る
まで生きるのだろうか…そもそも、彼女に「死」は訪れるものなのか…
蒼は彼女について、何一つ分からなかった。理由は分からないが、真雛の元で働いていた時の記憶がまだ
戻ってない以上、深くは分からない。第一、記憶が戻ったとしても、真雛の謎は解明しないのかもしれな
い。
何も分からないまま、ただ時が来るのを待つことしか、蒼たちには出来なかった。
次回から、present generation 編の終章に突入します(/・ω・)/




