インフェルノの刃
「なかなかやるねぇ、鞍月くん」
刀と剣の刃が擦れ合う音が周囲に響く。店の外に出た蒼と灯蛾はお互い一歩も譲らない。
「くそっ…」
周囲にいた人間は驚いて何処かへ消え、静寂に包まれていた。夜空に浮かぶ満月が二人を照らし続ける。
「これでも、面白いから手加減してやっているんだからな」
へばってきた蒼に対して、灯蛾は一切疲れた様子はなく、戦いを楽しんでいるかのようだ。両手で襲いか
かる蒼の刀を軽々と片手で交わす灯蛾はとても本気を出しているようには見えない。
「本気で戦え…」
「まぁ、そうだな。そろそろ決着を付けても良いかな」
そう言うと灯蛾は、剣で刀を払い除け、二歩下がって構える。
「多分、あっという間に決着がつくがな」
そう言い終わった灯蛾は目にも止まらぬ速さで剣を突いてきた。蒼は何とか後ろへ退避し、攻撃を交わ
す。
しかし安心するのはつかの間、蒼の目の前にいた灯蛾の姿が一瞬消えた。
「なっ!」
何が起こったのか分からないまま、立ち尽くす蒼の背後で物音が聞こえた。その瞬間、背中に激痛が走
り、蒼の体は宙に舞った。軽い人形のように見事に蹴り飛ばされた蒼は空中で体勢を整えようと向きを変
えようとする…
けれど、仰向けになった蒼の腹にまたもや激痛が走った。体が引き裂かれるのではないかと思うほどの
痛みに蒼は意識を飛ばしそうになる。真上からの攻撃を食らった彼の体は地面に叩きつけられた。
「もう終わりかよ」
辛うじて意識を保っている蒼の耳にあざ笑うかのような灯蛾の言葉が聞こえた。
口いっぱいに生臭い血の匂いが広がった。地面に叩きつけられた時に唇を切ったのかもしれない。蒼は片
手で口周辺についた血を拭うと、ゆらゆらと立ち上がった。
「…まだまだ」
灯蛾は少し驚いた顔をしたが、直ぐに真面目な顔に戻った。
「ふん、手加減してやったのにな、そんなに死にたいのか?」
「俺は死んでもまた生まれ変わる…記憶はそのままで」
「ちっ。だからどうした!」
舌打ちをした灯蛾は剣を持っている右手を垂直に挙げると何やら呪文のような言葉を唱え始めた。
すると、右手から赤い炎のようなものが出てきてそのまま剣へ流れ込んだ。赤くなった剣からは火花が
散っている。こんな刃で斬られたら大やけどをするであろう。
蒼は目を細め、灯蛾の動きに注目する。
「お前、何者だ…」
「正真正銘のヘレティックだ。まぁ、一応人間だな」
「人間じゃない…だろ…その技」
「この力は真雛から分けてもらった能力だ。好きな時に発火出来る能力…」
次の瞬間、大量の炎を纏った剣が円を描くように回転し、蒼に向けて振られた。
硬い刃物同士がぶつかり合う音が周囲に響いた。蒼が辛うじてかざした刀が炎の剣から身を守ったようで
ある。しかし、剣から刀へ炎の渦が注ぎ込まれてくる…刀は一瞬で高温となり、あまりの熱さに蒼は刀を地
面に投げつけた。
「次は丸焦げかな」
「そうはさせない…」
既に息が上がっている蒼は体勢を整えることさえ危うくなっていた。
―くそ、このままだと本当にやばい…
―なんとか良い方法は無いのか…
すると、熱風と共に灯蛾が剣を持って蒼の面前に現れた。冷めたような目つきで蒼を見下す灯蛾…その目は
人間というより、獣…いや、もっと酷く醜いもの…「悪魔の目」だった。何を考えて、次にどう動くのか全
く読めない。
「一旦死んでもらう」
灯蛾の言葉に蒼は恐怖で目を閉じる。そして、次に来るであろう激痛を待ち構える。絶望の波。それが訪
れるまで然程時間は要さないだろう。次に目覚めるのは…
と、その時。蒼と灯蛾の間に黒い物体が割り込んだ。
見覚えのあるその姿は、例の鴉であった。
「黒羽っ…!」
突然現れた黒羽に驚いた蒼は大声で叫ぶ。これは一体どうなって…
「無理をさせたのう、蒼」
黒羽はそう言うと、灯蛾を睨みつけた。灯蛾は黒羽に今にも刺さりそうな刃先の動きを食い止めた。
「お前が真雛の使徒。もう片方の鴉だな」
「そうじゃが、お前は灯蛾じゃな。裏切り者の灯蛾」
「裏切ったんじゃない…俺は進むべき道を見つけただけだ」
「なんじゃと?」
しばらく睨み合っていた彼らは、いきなり動き出した。まず、黒羽が灯蛾の背後に回り込む。すかさず回
転し、剣を振り回す灯蛾…しかし、手加減しているのか、黒羽には当たらない。
「お前、吾輩を生け捕りにしたいのじゃな?」
「当たり前だ。鴉は誕生が早い…死なれても数週間で戻ってくるんじゃ意味がない」
「なるほどのぉ…そりゃそうじゃ」
何故か黒羽は残念そうに呟く。
にやりと微笑んだ灯蛾は体中から炎の塊を放つ。その塊は渦巻きのように黒羽を囲む。
「熱いわいっ!」
黒羽の姿は炎の渦の中へ消えた。
「大人しく渦の中にいろ、さてと…」
すると、黒羽の自由を奪った灯蛾は蒼を見据える。
「ちっ…」
小さく舌打ちをした蒼は後ずさりながら地面に落ちていた刀を手に取りそのまま構えた。
「お前の方は殺しても良いんだからな、人間だったら生まれ変わるのに最短でも一年は要するはずだ」
「殺されるものか…」
腕に力を入れる蒼。刀が鳴る。
「天国で元気でな」
再び灯蛾の姿が消えた。いや、見えなくなっただけだろうか、地面に所々生えていた草が激しく揺れだし
た。まるで草をかき分け、何かが通っているかのように…
「……、」
刀を構えながら蒼はその動きに注目する。豹のような速さで動く影…蒼を弄んでいるのか、それはなかなか
近くまで来なく、ねずみ花火のように行ったり来たりしている。
数秒間彷徨っていた草の動きが変わり、蒼に急接近し始める。構えていた刀を動く草に向けて思いっき
り振り切る。
「あれ…」
何の感触もない…
思った矢先、右足に違和感がした。思わず足を手で抑える蒼。
下を見た目に飛び込んできたのは太腿から滴り落ちる紅い血…
それを目にした瞬間、鈍痛が全身に走る。
「次は首だ」
急に姿を目の前に現した灯蛾は蒼の首を掴み、体を宙に浮かせた。全身の体重が首に集中し、意識が遠の
いていく…
「は…な…せ…」
獲物を捕らえた豹のように蒼の顔を覗き込んだ灯蛾はより一層手に力を込める。
「言ったろう?お前は殺していいんだよ」
「……、」
充血させた目を見開いた灯蛾は、さらに蒼に語りかける。
「生まれ変わった時には世界は俺の支配下になっている。真雛を倒してな」
「やめ…」
酸素が送られない蒼の体は既に限界を迎えようとしていた。視界には星が瞬き、感覚がなくなっていく…
(/・ω・)/




