忘れられない過去
あの日は確か冬だった。
高校一年生の丸山と町田は、別々の高校に通っていたが、冬休みということで、お互い
の家によく遊びに行っていた。
その日も、確か二人は一緒に遊んでいた。何をして遊んでいたかまで鮮明に覚えている。当時流行った
携帯式のゲーム機で対戦していた。
そして、夕方の五時になり、町田を途中まで送ろうと、二人で外を歩いていたら、いきなり知らない男に襲われた。その男は三十代半ばといった感じで、背の高い男だった。
気がつくと既に町田の首に刃物が当てられており、食い込んだ刃先か血が滲み出ていた。町田は目を見開いて丸山を見てくる。
―助けてくれ…といった目で…
丸山は咄嗟にコートの裏ポケットから護身用カッターを取り出していた。
ちょっと、足でも切って時間を稼げば逃げられる。
そう思った丸山は男の足に向かって走り出した。
しかし、男は思いっきり丸山を蹴り上げると、抱えていた町田を突き飛ばして、丸山の頭を掴んで立たせ
た。町田はその衝撃で気を失った。
「お前、殺されたいのか…」
狂ったように男は丸山に問いかける。
「…助けてください」
丸山のか細い声を聞いた男は、にやりと不気味に微笑み、カッターを握ったままの丸山に覆いかぶさり、
その両手首を掴んで、丸山の心臓付近に充てがった。
「この辺がいいかね?それとも首が良いかな?」
「辞めてください。何でもしますから…」
「じゃあ、俺を殺してよ?」
「え…」
丸山は自分の耳を疑った。さっき、男はなんと言った?
すると、丸山の胸に充てがわれていたカッターの刃先を反対に男の首筋に充てがい始めた。意味が分から
ない丸山はそのまま、男の首にカッターを当てた状態とさせられる。
「刺せよ、ほら…」
「む、無理です」
「意気地なし。お前みたいな奴は…」
男の手に力が入る。と同時に、掴まれていた丸山の手が動く。前に突き出すかのように動く…丸山自身の力
は一切入っていいない。全てこの男が自作自演をしたのだ。
「殺人者になれ」
その後、カッターを握った手からなんとも言えない衝動が伝わってきて、丸山は思わず、身を離す。
両腕に垂れてきたモノは、男の動脈から流れてきた赤い体液だった。べっとりとしていて、生暖かいソレ
は丸山の腕を犯していた。
「丸山…?」
気がついた町田が血だらけの丸山を見て声を挙げる。
「俺、違う…俺じゃない」
頭の中がめちゃくちゃだった。これではまるで丸山が殺したように見える。
―でも誰が丸山の手を借りてこの男が自殺したなんて事実を信じるのであろうか…
「丸山…急いで、片付けろ!」
「え…」
思っても居なかった町田の言葉に、驚きを隠せない丸山は放心状態である。
「急がないと、他の人にバレちゃうよ」
そう言って、血が流れている男を引きずって、近くの草陰に隠す町田。
「俺が見張っているから、丸山は黒くて大きい袋を持ってきて!」
町田は男の亡骸を始末するつもりらしい。
丸山は頷くと、全力で走った。何だか分からないが、町田は丸山の犯したことを一緒に隠そうとしてくれ
ているようだ。でも自分のことを町田は信じてくれるだろうか…
―本当に殺ったのは俺じゃないって…
その後、無事に男の遺体を隠せた二人はお互い無言で家に帰った。
結局、自分が本当に殺した訳ではないことを言い出せ無かった丸山は胸が苦しかった。
ただ、町田がどこまで自分を信じているのか分からない丸山は怖くて話せなかった。
―お前、この状況でよくそんな嘘がつけるな。人殺しは人殺しだろ?
そう言われるのが、一番怖かった。
死んだ男の名前はポケットから出てきた名刺に書いてあった。
―藤崎学と
(/・ω・)/