俺が死ねないなら...
ここは、丘崎コーポレーション。ディスクに座って仕事をしている丸山の目は、先程からずっと、斜め向かい側にいる町田を捉えていた。
―町田、お前の好きにはさせない…
「丸山さん?大丈夫ですか?」
ふと、気がつくと女性社員の一人に顔を覗かれてしまっていた。
「ああ、大丈夫だ。少し疲れているだけだから…」
「そうですか?何だか、とっても怖い顔をしていましたよ?」
しまった、表情として出てしまっていたようだ。
「本当に大丈夫だから」
「もしかして、次期奥様と喧嘩したんですか?」
「違うわっ!」
「そうですか…」
女性社員はつまらなさそうな顔をすると、そのまま自分の席に着いた。どうやら、最近の人間は、人の不
幸を食って生きがいにしているようだ。全く、どいつもこいつも…
人の不幸を生きがい…もしかしたら、町田もそうなのかもしれない。毎日同じ仕事を繰り返していく中
で、マンネリ化し、生きがいが無くなった。そこで、直に結婚して幸せになるであろう丸山が憎くなり、苦しめてやろうと思ったのだ。そうすることにより、自分は優越感に浸ることが出来るから…
「だったら…尚更許せない…」
丸山はものすごく小さい声でそう呟いた。幸い、その声は誰の耳にも届くことはなく、自然消滅した。
(俺が死ねないなら、お前を殺すしかないのか…)
今朝自殺しようと、駅のホームに立って電車を待っていた丸山は、飛び降りようとした瞬間にいきなり
後ろから抱きかかえられて、自殺を阻止さされてしまった。まるで自分の考えていることがバレているよ
うだった。
丸山は自分を止めたあの少年の顔を思い出す…
緑がかった、銀髪でさっぱり短髪の少年…服装は結構派手だった。チンピラか?
とにかく、今までに面識が無いことは確かだ。
思い切ってしようとした自殺さえも他人に止められ、すっかり気が変わった丸山は、今朝、会社の前で
待っていたあの男に会った。
―灯蛾とかいう男
その男は、丸山に自殺願望が無いことを確認すると、本日の予定を提示してきた。
―町田を今夜殺害する計画を…
殺人に抵抗のある丸山は先程から落ち着かない。普通の人間なら当たり前のことだ。急に同僚の一人を
殺せと言われたら、正気ではいられない。
しかし、今夜町田を始末しなければ、自分が危ない…仕事が終わった町田は警察に全てあのことを暴露す
る気なのだから…
現代の刑務所がどれほど恐ろしいかは嫌という程丸山は知っている。一人でも殺した者は最短五十年
間、獄中である。そして二人殺した時点で即死刑…
よく考えてみると、バレた時点で自由な生活は無い。一生務所なんて死んだも同然だ。
丸山は知っている…刑務所の実態を…
まず、刑務所に送られて、三年生きられれば十分である。大概の人間は一年以内に殺される。刑務所に
は腐った魂を持っている輩が沢山いる。しかも、この世の中、毎日のように殺人が起きては、犯人が捕ま
る(捕まらない事件も多いが)そして、地下の務所に送られる。
毎日のように増える殺人者…当然務所の監理も杜撰になっていく。そして、刑務所内での犯罪も増えてい
くのだ。
もう、一か罰かに掛けてみるしかない。町田を殺って、そのまま白豹組に入るしかもう道が無い… 丸山は何も知らない町田の顔をもう一度、覗き込む…
今日、殺される予定の町田は普段と変わった様子がなく、真面目に仕事に取り掛かっていた。
(/・ω・)/