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浄罪師 -present generation-  作者: 弓月斜
【肆章】造られた殺意
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お前は、俺を殺せない

一方、蒼は拝島を追いかけ続ける。

周囲の人ごみをかき分けながら、拝島を追う蒼に度々、周りから罵声が浴びせられたが、お構いなしに走

り続けた。先程まで冷房の中に居た蒼は、暫くの間、息切れせずに走り続けられた。

しかし、拝島もなかなか速度を落とさずに走り続ける。


「拝島っ!待て!」


当然、振り向きもせずに走り続ける拝島。


「くそ…」


すると、目の前を走る拝島の姿が消えた。慌てて引き返し、左にある路地を覗く。


そこには、猛スピードで駆け抜ける拝島の姿があった。どうやら、蒼がよそ見をしている隙に大通りから

外れたらしい。


「丁度いい…」


そう吐き捨て、蒼は再び拝島の後を追って行く。


拝島の体力に多少、限界が近づいてきたのか、二人の距離はだんだん近づく。誰も居ない路地裏は蒼に

とって好都合だった。これなら、人目を気にせずに動ける。


 あと数センチで拝島の肩に手が届くという所まで来た蒼は、一気に駆けて拝島の肩を掴む。


すると、後ろを振り返った拝島に目を睨まれた。


「はい…じま…」


その凄まじい程の形相に一瞬たじろいでしまった。それを言いことに、拝島は蒼の手を掴むと、思いっき

り捻った。


「うわっ!」


左手首に激痛が走る。筋が一本切れたのだろうか…


「ここで、消えてくれ。鞍月」


荒々しい息使いで、絞り出すようにそう言った拝島は、フードを取り払うと、腰から二本の縄を取り出し

た。


―あの時と同じ…


痛みが残る左手首を押さえていた右手が、背へ移動する。あちらが本気ならこちらも本気で…


するりと鞘から抜けた刃は、なんとも言えない光を周囲に放った。今までに一度も人間の血を浴びたこと

のないその刃は、美しく輝いている。


「ふん、そんなもの僕に通用するか!」


蒼が刀を構えた途端に、拝島は両手で縄を振り回しながら、近づいてくる。高速回転する縄は、プロペラ

の様だ。当たったら、相当深い傷ができてしまうだろう。いや、腕一本飛ぶかもしれない。とにかく、尋

常でない動きだ。


「拝島!お前に話が…」


そう言い終える前に、目の前に縄がかすめ、交わすために身を反る。


「僕は騙されない」


そう言って、鞭のように縄を蒼に放つ拝島。


次々と迫り来る縄を刀で交わそうとする蒼。しかし、なかなか刃に縄が当たらない。うまく刃から逃れ、

代わりに蒼の腕に当たっていく縄。それはまるで生きている蛇の様に奇妙な動きであった。この縄は生き

ているのだろうか…


既に両腕は真っ赤であった。


「骨が見えるまで続けるぞ?」


「拝島…」


腕の痛みが増していく中、拝島の笑い声が頭全体に響いていく。この状況から早く脱出しなければ…


 ふと、自分の横にある四角い缶に目がいく。缶の周りは『オイル』と書かれていた。


―これなら何とかなるかもしれない…


 そう考えた蒼は、縄の動きがゆるくなる瞬間を見抜いて、右へ転がった。その後、直ぐに刀を地面に差

し、ありったけの力で刀を引きずりながら、その先にある油の入った缶目掛けて一気に放つ。嫌な音を立

てながら、刃と地面が擦れ合う。


 その瞬間、火花のように散っていた光が、缶から溢れた油と接触した途端、その何倍もの炎が蒼と拝島

の間で渦巻く。


「くそ…」


いきなり現れた炎に対処しきれない拝島は、何とか一歩下がる。


しかし、両手に握られていた縄は既に炎に飲み込まれ、既に手遅れであった。焦げ臭い匂いを放ちなが

ら、チリチリと短くなっていく縄。


「拝島…話、聞いてくれるよな」


だが、縄を失ったにも関わらず、今度は黒いマントから二本の短剣を取り出した。


「黙れ、嘘話は聞かない!大人しくここで…」


最後まで言うことなく、蒼に突進してきた拝島は、無造作に短剣を振り回す。


けれど、蒼が一度刀を振り回すと、その脆い剣は虚しい音を立てて二つに割れる。


「相変わらす、良く斬れる刀だな」


「人は斬れないけどなっ!」


片方の剣を失った拝島の脇腹目掛けて、思いっきり刀を振り切る。


「うっ…」


鈍い音と共に、拝島から唸り声が漏れた。プラスティック程度の威力でも、思いっきりぶつければ、多少

の時間稼ぎにはなる。


だが、蒼は斬った場所を見て少し驚いた。


「どうして、そのマントも傷つかないんだ…」


すると、脇腹を片手で押さえている拝島が、不気味に微笑んだ。


「灯蛾様に特別に造って貰ったんだ。真雛の掛けた不思議な力を利用したのさ」


「灯蛾。お前たちのボスか?」


ニタニタしながら、大きく頷く拝島。どうしてこんなに余裕なんだ?


「それと、良いことを教えてやろう」


「何だよ?」


「白羽って言う白い鴉。こっちのモノになったよ」


白羽と聞いた蒼は目を見開く。


「おっと、油断しちゃいけないね。鞍月くん」


動揺をしていた蒼目掛けて、左手に握ったままの短剣を突き刺してくる。


咄嗟に、刀で交わそうとするが、タイミングを外してしまい、左腕を刃がかすめてしまった。


「ははは、こんな小さな短剣の方が、お前の大きな刀より有能だな」


「くっ…拝島」


滴り落ちる紅。真っ赤に腫れた腕の真ん中に引かれた一筋の紅い線は痛々しかった。


「だからお前はここで…」


「殺せるのか?」


思わぬ蒼の問いに戸惑いを隠せない拝島は、はっと息を飲み、一歩下がった。


しかし、離れようとする拝島の腕を蒼は強く掴んだ。


そして、自分の首にその短剣を充てがう。何故だかその時、拝島の手首は小刻みに震えていた。


「どうして、そんなことをするんだよ…」


「お前には、人を殺せないはずだ」


「何?」


「じゃあ、早く俺を殺せよ。手加減しないで。さっきだって俺の心臓目掛けて刺せば良かったものの、何

故腕にした?」


「なっ!」


歯を食いしばって、怒りと恐怖の混ざった表情を浮かべた拝島。


―拝島は戦っている最中全く蒼の急所を狙って来なかった。


「さあ、どうした?今なら俺を殺せるぞ?」


しかし、そう言う蒼の中でも、不安はやはりある。もし、拝島が豹変したら最後…自分の知っている拝島で

なくなっていたら…殺されてしまう。蒼の表情は強ばる。


 一方、拝島の手首の震えは治まらない。


とうとう、膝から崩れ降りてしまった。


「どうして…僕は…できないんだ…これでは、ヘレティックとして失格だ」


頭を抱えて、蹲ったままの拝島に蒼は言う。


「お前はヘレティックなんかじゃない…人殺しなんてしてないんだ」


「そんなはずはない!姉さんは僕が殺したんだ!」


抱えていた頭を戻し、這うようにして起き上がった拝島は、狂ったように駆け出す。


「おい、拝島!」


「俺は殺人者なんだぁぁぁぁぁ」


酷く悲しそうに泣き叫んだ拝島は蒼の目の前から消え去った。

(/・ω・)/

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