自殺未遂者
柏木に連れられて黒羽と真雛の待っている神殿前に着くと、黒羽は話し始めた。
「蒼がようやく起きたところで、本日、二回目の任務を言い渡す」
真雛の前でかしこまった黒羽は言う。
「実は、ついさっき魂の濁りを感知した…しかも、先程柏木と伊吹が阻止した自殺志願者の男の魂じゃ…」
「おい!それどう言う意味だよ?自殺する直前に俺が抱え込んで止めたんだぞ?」
伊吹は声を張り上げる。信じられないといった感じだ。
「始め、奴の魂の濁りは一旦消えたんじゃが、また濁り始めたんじゃ…」
また濁り始めた…自殺志願者の魂が再び濁り出すことは今までに何度もあった。固く決心した自殺は一度阻
止されたからといって、二度と起きない訳ではない。
しかし今回は早すぎる。二日や三日後ではなく、数時間後なのだ。そんなに死にたいのか…それとも、伊吹
たちがきちんと自殺を阻止出来なかったからなのか…蒼は頭を抱え込む。
「しかも、どうやら自殺の気配より、殺人の気配がするんじゃよ…」
「え?殺人?」
蒼は驚いて、黒羽に尋ねた。自殺志願者が殺人者になろうとしているのか?
「そうじゃ、奴は今夜、誰かを殺すかもしれん」
「でも、どうして…殺人をしてから自殺なら分かるけど。自殺未遂した後の殺人って…」
柏木も黒羽の言っていることが良く分からないらしい。
「さすがの吾輩も、理由までは分からん。ただ、あの男は誰かを殺める」
「それを俺たちが阻止すればいいのか?」
黒羽は蒼の深緑色の瞳を見ると、
「吾輩は、白羽が家出したせいで今日は忙しい。後はおぬしら三人に任す」
そう言い残して、澄み渡る大空に消えていった。残こされたのは黒羽の大きな羽だけ。
―そう言えば、白羽は無事なのだろうか、本当に家出なのか…
「我は白羽のことが心配で仕方ありませぬ」
突然真雛が口を開き始めた。彼女も蒼と同じ気持ちらしい。
「白羽は、家出なんか一度もしたことが無いんです。それが、黒羽と喧嘩したからって、家出するなん
て…」
「真雛様…俺も白羽のことが心配です。だから、今日の任務中にできる限り探してみようと思います」
蒼は心配そうな顔で空を見上げる真雛を勇気づけるようにして言った。
「蒼…頼みます」
「はい…」
白羽の性格からして、家出は考えられない…それは蒼も十分承知である。考えたくはないが、何か事件に巻
き込まれている可能性だってある。
もし、ヘレティックに捕まっていたら…
「では、行ってきます」
「気をつけて」
こうして不安を抱えつつも、男の家と勤め先を既に知っている柏木と伊吹の誘導により、蒼は目的地に着
いた。時間的に自宅にいるとは考えられないため、ひとまず勤め先の会社に行くことにした。
「大きなビルだな…」
顔を限界まで真上に向けてやっとビル全体が見ることができる程の高層ビルである。見るからに黒字続き
の安定企業であろう。『丘崎コーポレーション』と書かれた看板は大きく、まるで、ここがあの有名な丘
崎コーポレーションですよと主張しているようだ。昼間から点灯し続けるネオンはタダの無駄遣いではな
いか?まぁ、それくらいの出費は余裕なんだろうな…
丘崎コーポレーションと言えば、この世に知らない人間はいない程有名な企業である。主に電化製品など
の開発をしているらしいが、最近宇宙開発もしているそうである。
「こんな有名な会社に務めている人間が何で自殺しようとしたんだ?」
蒼の問いかけに対して、柏木は「さぁ…」といった具合で、
「有名企業の社員にも悩み事はあるんじゃない?」
「悩み事ねぇ…」
「で、これからどうするんだ?」
伊吹は能天気に呟く…約一時間かけてようやく辿りついた会社。それなのにこれからどうするのか一切決め
ていなかった。いつもは黒羽が一通りの順序を教えてくれるのだが、今回は説明が少なすぎる。これも白
羽の欠員を補う為に黒羽が忙しいからなのだが、居場所くらい教えてくれても良かったのでは…
「う~ん…中に入れそうにないし、ここは掘った所でどうしようもないし…」
ここに来て、掘るって発想は辞めろよ!柏木…と蒼は心の中で呟く。
この秩序が乱れた世の中、当然、一般人が会社のビルに入ることなど不可能だ。もし、入ろうとしたら、
それ時点で、警報が鳴り響き、屈強な男どもが現れ、逃げる間もなく捕まえられる。つまり、会社に来た
ところで、直ぐに行動は出来無いのだ。
「夕方…仕事が終わるまで待っていた方がいいんじゃね?」
そうなるよな…と伊吹の一言で蒼と柏木は頷く。そして、深い溜息を吐いた。
三人の吐いた溜息は直ぐに、車の走行音によって打ち消された。
(/・ω・)/