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浄罪師 -present generation-  作者: 弓月斜
【壱章】殺人者が蔓延る世界
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鴉ノ神社へ

 薄暗い空と湿った地面。枯れた草木。泥の臭いが鼻にツンと来た。聞こえる音は自分の荒い息の音だけ。

 今、自分は仰向けのまま空を見ている。身体を起こそうとするが、首から下に重い何かが伸し掛っているせいで、体が思うように動かない。手を使ってそれを退けようとするが、手に力がなかなか上手く入らない。

 全身の力を腕に込めて、一気にそれを横へどけた。

 すると、水分を多く含んだ泥が音を立てて自分の顔にかかった。ひんやりと冷たい焦げ茶色の泥。目に入り込んできたので慌てて両手で目の周りの泥を拭う。 


 ―泥の臭いに紛れた血の臭い。


 不思議に思い、自分の手をまじまじと見てみる。

 そこにあったのは、焦げ茶色の泥だけでなく、それに混じった紅いもの…

 おそらく、それは血液なのだろう。泥と混じっていない部分は真っ赤であった。

 先ほど退けた物体の方へ顔を向けると、そこには髪の長い女が横たわっていた。


 ―自分が殺したのだろうか。


 身体を起こして、自分の身体を見回した。すると、左胸あたりに血が着いていた。指でそれを拭うと、気のせいかまだ生暖かかった。この血は女のものなのだろうか…

 女の方を見てみると、右胸の辺りの服が真っ赤に染まっていた。

 さらに、視線を地面にやると、自分の足元に全長一メートルを超える程の刀が落ちていた。その刃にはべっとりと血痕がついている。


 やはり、この女は自分が殺したのか…

 自分は殺人者になったのか…

 母親を殺した奴と同じ…

 自分は…


―決して許されない罪を背負ってしまったのか?


※     ※


「ああああああああああああ!」


 突然大声をあげてベッドからはね起きると、蒼はようやく我に帰った。


「…良かった…夢…か」


 全身から力がふっと抜けていった。しかし、こうも重い夢が続くと体が持たない。最近になって、自分が殺人者になるという夢をよく見るようになった蒼はここ数日間、寝不足気味である。一体どうなっているのか…

 重い体を引きずるようにベッドから起き上がった蒼は部屋のカーテンを開けた。


(今日は曇りか…)


 今にも雨が降りだしそうな空を眺めていると、数メートル先に見えた電柱の上に乗っている鴉が目に入った。気のせいかもしれないが、その鴉は窓の向こうに見える蒼の事をずっと見ていた。

窓から離れてドアノブに手を掛けた途端、ドアの外からチャイムの鳴る音が聞こえた。


「はい」


蒼は急いで部屋を出て応答した。すると、受話器の向こうから聞き覚えのある声がした。


「蒼、今何時だと思ってんだよ!」


あまりに大きな声だったので、蒼は思わず目を瞑ってしまった。部屋の掛け時計を見ると、九時半を過ぎていた。


「あ、九時半過ぎてる」


呑気に答える蒼の声を遮って伊吹は、


「三十分以上待っていたんだぞ、インターホンだってこれで三回目だぞ!」

と、怒り口調で言った。


「ごめん、伊吹!今すぐ着替えてそっち行くから、ちょっと待っていてくれ」


「おい、ちょっとって…」


 ―ガチャン


 伊吹の声を最後まで聞くことなく受話器を戻した蒼は猛ダッシュで一階へ掛けていった。

 一階には誰もいなく、キッチンには朝食を食べた痕跡が残っていた。


 (しまった、今日は父さん日曜出勤で朝早くから居なかったんだっけ…)


 蒼はそれを思い出すと、朝食も取らずに、適当に着替えて玄関へ駆けていった。


「伊吹、ごめん待たせ…」


外に出ると、伊吹の姿が見えなかった。


「あれ…?どこいったんだ?伊吹のやつ」


蒼は道路まで出て、キョロキョロ辺りを見回した。すると、背後から…


「わぁ」


と声がしたので、


「うぇっ!」


 ビクッとして後ろを振り返ると、そこには緑がかった銀髪、耳には碇がモチーフのピアス、そしてブルドックがしてそうな厳つい首輪をはめて、相変わらず派手な服装をした伊吹の姿があった。こいつ、またもや幼稚ないたずらを…


「なんだ、驚かすなよ…」


「どうだ?驚いたか?」


伊吹はへらへら笑いながら、蒼を見ている。


「全く…まぁ、今回は俺が寝坊したっていう借りがあるから許してやるけど」


「当たり前だな、じゃあ行くぞ」


と言って、伊吹は歩き出した。伊吹が歩く度に、彼の腰にぶら下がっているチェーンがじゃらじゃらと音を立てた。


駅に着き、下り列車の時間を確認した二人は仰天した。


「げっ!三十分も待つのかよ」


 伊吹は青ざめながらそう吐き捨てた。蒼は何だか自分が寝坊したせいだ…とそんな事を考えながら、

「三十分くらい…どうってことないさ」


なんて言ったら、


「蒼、お前の寝坊のせいだぞ!」


と、伊吹が物凄い形相で蒼を睨みつけた。彼の切れ長の目での睨みは、そりゃもう精神的にキツイものであった。


その後、二人は仕方なくホームへ向かってベンチに座った。ホームにはまだ誰も居なく、(当たり前だが)聞こえるのは雀の鳴き声くらいだった。


「伊吹、今日行く鴉ノ神社って除災で有名なんだろ」


蒼の問いかけに対して、伊吹は緑がかった銀髪の髪を掻きながら少し不安そうな顔で、


「多分な」


 と苦笑いで言った。この調子だと、どっかのネットの噂を聞いた口だな、と蒼は思った。

約三十分後、ようやく待っていた下り列車が到着した。電車の中へ入ると、乗客は人車両ごとに十名前後といったところであった。どんだけ利用者が少ないんだよ、この列車は。

 四人掛けの対面席を占領した二人は、お互いに向かい合って座った。座った途端、蒼の腹から、大雪が雪崩をお越したかのような爆音が響いた。

 慌てて腹を抑えてごまかそうとする蒼、そんな彼の努力も虚しく周囲の人が軽く咳払いをしたのが聞こえてきた。


「ははは、お前、朝飯食ってないだろ?」


 伊吹がにやりと笑って、蒼を指差した。


「寝坊したし、お前も外で待っていたし、そんな時間無かったんだよ…」


 視線を伊吹の顔から車窓へ移した蒼は、溜息をついた。溜息何かついたところで腹の空腹感は回復しない。むしろ悪化する。

 と、第二弾の『ごぉ……』が鳴るのを阻止すべく踏ん張っている蒼の膝にカサっと何かが乗っかってきた。

 それは、ラップにくるまっているサンドイッチであった。白いパン生地の間には黄色いゆで卵とハムが挟んであった。


「い…伊吹ぃ…」


 蒼は嬉しさで涙と鼻水が止まらなくなっていた。声もうまく出なかった。

 伊吹は呆れた顔で、蒼を見ると、


「全くしょうがねぇなぁ、それ、俺の妹が今朝作ってくれた大切な昼飯の一部なんだからな」


と、言って小さく笑った。伊吹はこう見えても心優しい奴だ、と蒼は心の底から思った。


「そんな大切な食料を…あり…がとう」


そう言って、蒼はサンドイッチを口に放り込んだ。


―うん? 

―あれ…

―あれれれ…


蒼の口の中で何か常識とやらが砕け散った。これは…非常に…思ったより…その…


(塩辛い…?)


そして、


(まずい)


 蒼は決して心の声が伊吹に聞こえないように、無理やり笑顔を作って、


「おっ、おい…し」 


その言葉を聞いた伊吹はパッと笑顔になり、


「おお、そうだろ。千恵は料理うまいんだよ、マジで」


 と、言ったが、蒼は自分の口の中の処理で精一杯で伊吹の話は全く耳に入ってこなかった。果たして伊吹はこのサンドイッチを味見済みなのだろうか…蒼の頭の中で疑問ばかりが浮かんだ。


 約一時間後、二人を乗せた列車は目的地である『鴉ノ駅』に着いた。

 列車から下りてホームに出ると、何となく蒼は違和感を覚えた。

 何か普通とは違うような…


「うえっ、カラスがホーム上に沢山いるぞ」


 と、伊吹の言葉を聞いた蒼もこの異常なまでのカラスの数に気がついた。ホーム上だけ

 でも数十羽のカラスがいた。よく見ると、屋根の上にもカラスが何羽かいた。


「うわ…こうも数があると不気味だな」


 カラスは嫌いじゃないが、何処を見てもカラスだとさすがに気が滅入る。


「さっさと、ここから出ようぜ」


 そう言うと、伊吹はカラスを蹴散らしながら走り出した。その瞬間に何羽ものカラスが曇り空へ舞い上がっていった。蒼も直ぐに伊吹の後を追って走り出した。舞い上がったカラスから抜け落ちた黒い羽が蒼の視界を遮った。それはまるで、


―これ以上この地に足を踏み入れるな。


とでも示唆しているようだった。


「うわ、外もカラスだらけかよ」


駅から外へ出ると、目の前にはカラスの大群が広がっていた。空も地面もカラスが沢山いた。 


「どっから来たんだ?この数は尋常じゃないな」


蒼がそう言うと、彼の目の前に白いものが落下してきた。


「げっ」


地面に落ちた白い物を見るとそれは、紛れもなくカラスの糞であった。コンクリートの上でそれは大きく広がっていた。


「おい、蒼。屋根のある所へ行った方が良さそうだぜ」


「ああ、そうだな」


 二人はその後、数十メートル先にある屋根付きの商店街へ走っていった。カラスは相変わらず空の3割程の面積を埋め尽くしていた。

幸い、頭上にカラスの糞が落とされることなく商店街に着いた二人は仕方なく商店街を通って神社に行くことにした。


「全く、マジ有り得ないんですけど」


伊吹は何度も髪を触って、手を確認しながらブツブツそう言いだした。


「さすが、鴉ノ駅だな」


「そのままじゃんかよ…それ…」


「それより、せっかく商店街に入ったんだからちょっと見ていこうぜ。俺、昼飯買わないといけないしさ」


 商店街には沢山の食べ物が売っていた。唐揚げ、おにぎり、厚焼き卵、魚、肉…見ているだけで蒼の腹は再び音を立て始めた。


「なんだこれ?すげぇ…」


 伊吹が見ている場所を見てみると、そこには豚のお頭が店の前に置いてあった。豚は既に蒸されていて、まるで鳥の丸焼きの豚バージョンであった。しかもお頭のみの。


「これって、どこから食べるんだ?ってか、皮だらけに見えるんだけど…」


「さぁな」


 すると、店のおばちゃんが話しかけてきた。

「豚はお頭だろうがロースだろうがどこでも食べられるんじゃよ」


 おばちゃんはそう言うと、深い皺をさらに寄せて不敵に笑っていた。


「そっ、そうなんですか…」


「動物にも命はあるんじゃよ、せっかく命を貰っているんだから、全て利用しなくちゃあいけないだ

ろう?」


 そう言うと、おばちゃんは何かフライのようなものを二つ取り出すとこちらに渡してきた。


「ほれ、若者。これはおばちゃんからのサービスだよ、持って行きな」


「いいんですか!ありがとうございます」


蒼が目を輝かせながらそう言うと、


「豚耳フライ、美味しいよ」


 そう言って、また不敵に笑い出した。


「豚耳フライ…ですか…」


 蒼はもらったフライを手に取ると、おそるおそるフライの外見を確認した。言われてみれば、耳っぽい形をしているような…


「あの、おばちゃん。俺たち鴉ノ神社に行きたいんだけど。この商店街を通って行けますか?」


 伊吹が起点を聞かせてそう聞くと、おばちゃんの表情が一瞬変化した。先ほどまでの不敵な笑みから一転して、少々暗い表情になった。


「ほう…鴉ノ神社に行きたいのかい?お前さんたちも除災のお祈りでもしに行くのかね」


「はい」


「この通りを真っ直ぐ行って果物屋の所で右に曲がると分かるよ」


「ありがとうございました」


 その後、おばちゃんは数秒黙っていたが、小さく頷くとこちらを見てこう言った。


「除災、除災、除災、確かにあそこで祈ればそんな効果もあると思うが、所詮あそこは気休めじゃよ、一番大事なのは自分自身で災害から身を守ることなんじゃ」


 その後、おばちゃんは笑顔の無いままスタスタと店の奥へ行ってしまった。このおばちゃんも、何か大事な物を失ったのだろうか…蒼は何となく悲しくなった。

 おばちゃんから貰った豚耳フライはまだ少し暖かった。


 複雑な気持ちで店を後にした二人はおにぎり屋へ向かった。その店には十種類ものおにぎりが並べてあった。梅、昆布、たらこ、鮭、いくら、焼豚、キムチ…見ているだけでヨダレが出てきそうだった。

 さっそく昼飯に梅と鮭を選んだ蒼は伊吹に一つ聞きたいことがあったので思い切って聞いてみた。


「伊吹、あのさ、お前は何にも買わなくていいのか?」


 すると、伊吹は『はぁ?』と言って、持っていたカバンを自慢げに叩いて、


「何言ってんだお前?俺の昼飯はここにちゃんとあるだろ?千恵が作ってくれたサンドイッチというものが!」


(ダメだ、俺には言えない…千恵ちゃんの作ったおにぎりが不味くて昼飯になんかならない…なんて口が裂けても俺には言えない…)


 と、蒼は心の中で格闘していた。伊吹の誇らしげな笑顔を見て、この事は言わないであげた方が得策だと考えた蒼は、


「おお、そうだった、そうだった…お前には妹のサンドイッチがあったんだったな」


 笑顔でそう言って、自分用のおにぎりを購入した。若干、伊吹のことが可哀相に思えた。

 

 それから、肉屋のおばちゃんが言っていた通り、果物屋の所で右に曲がってしばらく歩いていると、前方に神社らしきものが見えてきた。


「おい、蒼。神社が見えてきたぜ」


 早歩きになった伊吹に続いて蒼も神社へ向かった。


(/・ω・)/そろそろ鴉と浄罪師の登場です(/・ω・)/

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