消えた白い鴉
『殺してやる…お前ら全員…』
※ ※
はっ、と蒼は目を覚ます。体が震えていた。季節はもう夏の終わりなのに…
浄罪師の使徒を初めてから、二ヶ月以上経過していた。時が経つのは実に早い。鴉ノ神社の木々はオレンジや黄色に染められ、蝉の鳴き声はもう聞こえなくなった。
蒼、伊吹、柏木の三人は、この二ヶ月間、毎日のように任務を遂行し続けた。ある時は
自殺志願者を止め、ある時は大量殺人を阻止し…時には命が危険に晒されることも…
憎しみや恨み、悲しみの感情と対面する毎日…蒼たちは精神的に限界であった。そのせ
いか、蒼は最近嫌な夢をよく見るようになった。以前から自分が人を殺した夢や母親が死んだ時の夢などをよく見ていた蒼だが、ここ二ヶ月程でさらに悪化した。これも全てこの任務のせいだろう…
そして、拝島については、あれから一度も姿を見ることはなかった。任務中探してはいたが、拝島に関する情報は一つも得ることは出来なかった。今も何処かに居ると思われる拝島…早く見つけ出して、本当の事を教えてあげなくてはいけないというのに…彼は今頃、何処かで、自分が殺人者だと思いながら生活しているに違いない。
蒼は黒羽が拝島は殺人なんて起こしていないと言った時以来、ずっと拝島のことが頭から消えないでいた。しかも、黒羽によると、拝島は四人目のSランク使徒らしい。たった五人しか居ないSランクの使徒が居たというのに…このまま、彼が本当にヘレティックにでもなってしまったら…そう考えただけで、蒼は居ても立ってもいられなくなる。
横で大の字で寝ている伊吹を残し、蒼は一人で拝殿の外へ出る。外はまだ薄暗かった。まだ誰ひとりとして起きている者は居なかった。因みにここ二ヶ月間、蒼たち三人はほとんど家に帰ることはなく、ずっとこの拝殿で暮らすことになった。六畳しか無い神殿とは大違いで二部屋もある拝殿は住み心地が良い。部屋は六畳と九畳でどちらも畳である。
しかし、只今、柏木が九畳の部屋に一人で過ごしている。一人なのに九畳ってどういうことですかね?蒼は少し納得いかなかったが、伊吹が、
『ここは、レディーファーストだろ!蒼!』
なんて言うから、渋々九畳の部屋を彼女に譲った…
また、任務によっては真夜中に黒羽や白羽にたたき起こされて、強制労働の日も少なくなかった。まるで二十四時間体制の消防士のようである。
変な夢を見て眠気がすっかり吹っ飛んだ蒼は、気分転換に神社内を散歩してみることにした。真っ直ぐ進んで階段を降りていく…
黒羽もまだ寝ているようで、拝殿前の石段にある台座の上でぐっすりと眠っていた。
しかし、黒羽の台座と向かい側にある白い台座の上に白羽の姿が見当たらない。
蒼は首をかしげ、辺りを見渡す。
けれど、どこを見ても白羽の姿は見当たらなかった。木々の隙間を見ても、空を仰ぎ見ても、地面を這うようにして見回っても白羽の姿はない…
こんな朝早くから白羽は任務をしているのだろうか?でも、どうして黒羽は寝たままなのか…蒼は不思議に思い、ひとまず黒羽を起こしてみることにした。
「黒羽、ちょと…」
体を揺さぶられた黒羽は、瞼をうっすらと開けて…また閉じた。どうやらこの鴉は、一度寝たらなかなか起きないタイプらしい。
「黒羽!」
なかなか起きない黒羽に蒼は、大声で叫んだ。
その直後、黒羽の目蓋が完全に開かれた。
「なんじゃ!さっきから吾輩の名前を何度も呼びおって」
何度も呼びおって…?ということは、起きていて寝ている振りをしていたのか。ここで口論していても仕方がないので、蒼は呆れながらも本題に入った。
「白羽が見当たらないんです。こんな朝早くに何処へ行ったのでしょうか」
すると、黒羽は「知らん!」と言った後、また寝ようとし始めた。
「ちょと…黒羽!白羽は何処へ行ったんですか!」
「白羽は昨夜、吾輩が三ヶ月前からとっておいた鳩の干し肉を…」
「干し肉を…」と掠れた声で言った後、黒羽はいきなり泣き始めた。
「吾輩がせっかく仕留めた鳩の肉をあいつは一晩で全て食ってしまったんじゃ!」
「え…?それって、喧嘩したってことですか?」
呆れて言葉も出ない。つまりは、喧嘩して白羽は家出をした。と言う経緯か?しかも食べ物で?おじいちゃん、お幾つですか?
「そうじゃ、喧嘩したわい。そんで、白羽は怒って何処かへ行ってしまったんじゃよ」
「そんな…」
「ふん」と言って黒羽は、怒りを顕にした。
「いいか、蒼。吾輩の体はもう老体なのじゃ、鳩なんてものはなかなか仕留められないんじゃよ!白羽の体は、まだ吾輩より全然若いんじゃ…それなのに」
「分かった。分かったから…でも、白羽はいつ帰ってくるのかな」
すると、黒羽は首をかしげ、
「さぁ…。今夜には帰って来ると思うがな」
「だといいんだけど…」
と言うのも、この鴉ノ神社には結界がはられていて、外からヘレティックが侵入してくるのを防いでいるのだが、この神社の外はいつ何処から敵が攻めてくるかも分からないのだ。そんな外の世界で浄罪師の仲間である白羽が長時間ウロウロしていたら、危険である。
「白羽もバカじゃない。直に何事も無かったかのように帰って来るじゃろう」
「そうだと良いんですが…」
ではお休み~と言って黒羽は再び瞼を閉じる。黒羽は白羽のことが心配ではないのだろうか…もしも白羽に万が一のことがあったら…
黒羽が寝始めた後、蒼は白羽のことが心配で居ても立っても居られなくなった。
けれど、白羽が今、何処にいるのか見当もつかない。何せ白羽は鴉。人間である蒼が空を飛ぶ生き物を探し出すなんて不可能だ。
「ここは大人しく白羽の帰りを待っているのが一番か…」
そう呟いた蒼は渋々拝殿に戻り、瞼を閉じた。全然眠くなかったはずの蒼だが、目蓋を閉じると不思議と睡魔に襲われて、気がつくと深い眠りに堕ちていた。
(/・ω・)/




