処刑
「菜々美、今晩はお父さんと私と三人で外食行くから早く帰って来なさいね」
母親は少女の妹である菜々美にそう言うと、手にお弁当を持たせた。
「お姉ちゃんは行かないの?」
不思議そうな顔で母親を見る菜々美。
「麻里は行かないのよ」
「そうなんだ」
残念そうな顔をした菜々美は弁当を手提げに入れて、そのまま家を後にした。
玄関のドアが完全に締まると、母親は目つきを変えて少女の居るリビングに向かった。
「お前もさっさと出て行きな」
「はい…」
「何だその目は?お前、いつからそんなに生意気になりやがった?え?」
少女のか細い肘を強く握り締めると、思いっきり捻った。
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「お前が消えたって私たちは困らないんだからね。ホント、出来の悪い子供は世話がやけるわ」
吐き捨てるように言った母親は、少女の背中を突き飛ばすと、
「早く出て行きな。目障りだわ。今晩、私たちは留守だからきちんと留守番しとくんだよ」
「はい…」
少女は歯を食いしばった。しかし少女の心は傷つかない。もう今までの自分とは違う。少女は笑顔で母親を見上げた。
その時、インターホンの音が耳をかすめた。と同時に、少女の鼓動は高鳴った。
「誰かしら、こんな朝早くに」
母親は首を傾げながら玄関へ向かう。
リビングの床に蹲ったままの少女は、腹の底から湧き上がる興奮と希望に耐え切れず、声を押し殺して笑い始めた。
母親は、そんな少女に気づかず、
「はい」
ドアチェーンを掛けたままドアを開けると、外にはキャップを深く被った男が立っていた。
「すみません…お宅の菜々美さんが先程事故にあって…」
「菜々美が?」
母親は慌ててドアチェーンを外した。
その隙を男は見逃さない…
「ちょ…何なんですか」
ドアが開いた瞬間、男は母親を突き飛ばして家の中へ入っていった。男は澄ました顔でドアをきっちり締めると鍵も掛けた。
「けっ警察呼ぶわよ!」
男は無言で母親の手と足を持っていたロープで縛り上げると、引きずるようにしてリビングへ運んだ。
リビングには少女が待っていた。
「本当に、やってくれたんだね」
少女は嬉しそうに男に歩み寄った。
「約束したからね。でも、本番はここからだ」
「あんたたち…私をどうするつもりなのよ」
母親は目を血走らせながら、娘と男を見上げる。
「何って…お母さん…決まっているじゃない」
少女は笑った。今まで一度もこの家で笑ったことのない少女は、この日思いっきり笑った。声を出して…最初で最後の笑顔だった。
そして少女は急に無表情となって言い放った。
「処刑よ」
処刑…
今まで少女を傷つけたことへの処刑…母親はその言葉を聞いた途端に事の重大さに気がついた。顔から血の気がさっと引いていく。
「お前…この私を殺すのか?お前の母親の私を」
母親?
少女は何だか非常に可笑しくなって笑い転げた。
「誰が私の母親だって?あんたは私の本当の母親じゃないでしょ」
思っても見なかった事が耳に入り母親は硬直する。何故、娘がこのことを知っているのか…打ち明けたことなんて一度もないはず…
「僕が調べさせて頂きました。あなたはこの子の母親ではなく、義母です」
男はそう言うと、鞄からもう一つロープを取り出して、少女に渡した。そのロープはとても頑丈そうなものだった。これで首を絞めてもちぎれない程。
「だ、だから何だってのよ」
「私を虐待したり差別したりするのは本当の子供じゃないからでしょ?おばさん?」
口元を歪ませながらロープを両手で掴んだ少女は母親の目の前に仁王立ちした。
「悪かったわ…だからそんなものは何処かへしまって…」
「ねぇ、知っている?日本の処刑は首吊りなんだって…」
「や…やめ…」
「だから、処刑は絞首刑よ」
少女が母親に歩み寄ったその瞬間、リビングの窓ガラスが割れる音が部屋中に響いた。
少女と男は急な出来事に驚き、ドアを見やった。砕け散ったガラスの破片…その先には一匹の鴉がいた。
「鴉が窓に当たっただけか」
男は鴉に近づいた。しかし、鴉の顔を見た男は衝撃のあまり、後ずさった。
「黒羽…」
「やっと見つけたぞ拝島…」
黒羽はそう言うと気を失ってしまった。どうやらガラスにぶち当たった衝撃で軽い脳震盪を起こしているらしい。
その後、窓の外から三人の人間が部屋に入って来た。
「あの鴉、バカか?無茶しやがって」
そう言って黒羽を持ち上げたのは伊吹だった。
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