振り下ろされた鎌
拝島と少女と別れた後、蒼たちは鴉ノ駅に向かった。
鴉ノ駅へ無事に着いた彼らは、商店街を通って、神社へ向かおうと歩き出す。
「全く、相変わらずカラスの群れうぜぇ…」
空はカラスの大群によって夕日が遮られ、さらに薄暗くなっていた。
三人は糞がかからない様に、急いで商店街へ駆け込んだ。
「うぎゃ」
屋根がある所まで着いた時、伊吹の叫び声が聞こえた。彼を見ると、頭に白い物体がこびり付いていた。
どうやら、カラスの糞が直撃したようだ。ご自慢の緑がかった銀髪がカラスの糞にまみれる…
「何なんだよ、この有様は!」
吹はひと目も憚らず、一人で憤慨し始めた。相当頭にきているようで、足元に落ちていた小石を拾うと、
周囲に飛んでいるカラスに向けて思いっきり投げた。
放り投げられた石をどうにかして避けようとしたカラスの群れは大きく乱れた。
そんな伊吹を落ち着かせようと、蒼と柏木はできる限りの慰め言葉を掛けたが、彼の耳には何も入ってい
なかった。
そんな時、商店街の先から一人の男性がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「何だ?」
さすがの伊吹も、この状況に気がつき、その男を見た。
だんだん近づいてくる男。その凄まじい形相はまるで何かに追いかけられているかのようだった。
「おい、こっちに突進してくるぞ」
伊吹と柏木は急いで逆側に走っていくが、蒼は足が動かなかった。理由は分からないが、ここで身を引い
てはいけない気がした。
「蒼、逃げろ!」
伊吹の叫び声も、耳をかすめる程度で、ほとんど脳には届かなかった。
男との距離が3メートル程になった時、蒼は我に帰った。
しかし、時既に遅く蒼はその男にしがみつかれた。
「た…助けてくれぇ…」
その男は、荒々しい息使いで言い放った。
「え…」
混乱する蒼…すると、男の後ろ側にもう一つ、人影が見えた。
「どうか…助け…」
その直後、男の目がかっと見開いた。それは、全身の力を目蓋に集中させたかのようで、凄まじい表情で
あった。眼球が下に落下するのではないかと思う程であった。
「どうしたんですか…」
蒼は急にもたれ掛かってきた男を両手で抱き抱えた。すると、驚く程その身体は重く感じた。
男の目はその後しばらく開いたままで、蒼は事の重大さに気がついた。
「死、死んでる…」
その直後、死体の後ろから声が聞こえた。
「次は、お前だ…」
そいつは何かをこちらに向けて、振り下ろしてきた。
急いで、右に移動した蒼は間一髪で、直撃を防げた。しかし、左腕に激痛が走った。
よく見ると、そいつは四十代半ばといった感じの男で、片手には刃長三十センチ程の鎌を握っていた。
刃先からは、赤い液体が滴り落ちている。どうやら、腕に刃がかすったらしい。腕がじんじんと痛い…
「蒼に何すんだぁ!」
走って来た伊吹はそいつを思いっきりぶん殴った。その衝撃で男は派手に転んだ。
「痛いな、何する!この小僧が!」
そいつは、殴られた方の頬を抑えながら、ゆっくりと起き上がると、持っていた鎌の刃先を伊吹に向け
始めた。
「お前から先に死んでもらう」
そう言って、伊吹に向かって鎌を振り回した。伊吹は辛うじて鎌を交わすと、両手で鎌を取り押さえた。
「調子に乗るなよ。おっさん」
驚くことに、伊吹は握った鎌の柄を男に向け、そのまま突き出した。
「うああああああ…あれ?」
しかし、鎌の刃は男の頬に小さな擦り傷を付けただけで終わっていた。男は不思議そうに自らの安全を
確認する。人を殺すことの出来無い手袋を身につけている伊吹は、相手に致命傷を与えることが出来ない
のだ。それを知っていて伊吹はわざと顔面を狙って攻撃をした。しかし、こんなにも浅い傷しかつけられ
ないとは…伊吹は少々後悔した。もっと腹部辺りを狙えば良かったと。
このままでは伊吹が危ない、と感じた蒼は一歩前に進む。その直後、斬られた腕に激痛が走る。
「くっ」
それでも蒼は腕の痛みを堪えながら、背中から下がった刀を抜き取った。
「伊吹、どけ」
蒼は刀を構えると、伊吹の横を通り過ぎて、男と対面した。
「お前、その刀、どっから持ってきた…」
男は蒼が持つ刀を見るなり、震え上がった。それも無理はない、今時、刀なんか持っている人間は常識
的に考えて居ないのだから。
「これで、斬られたくないなら、大人しく…」
すると、男は豹変し、まるで狂った怪物のように鎌を振り、蒼に向かって突進してきた。
鎌は目にも止まらぬ速さで、蒼の頭上をかすめる。間一髪で男の懐に飛び込んだ蒼は、躊躇わずに刀を差
し込んだ。
「うっ」
しかし、人を斬ることが出来ない蒼の刀は男の腹に僅かに食い込んだだけで終わった。蒼の刀がしたこ
とは、直径五センチ程度の穴を服に空けただけである。
男は自分が無事だということに気がつくと、
「何だ?おもちゃの刀だったのか、いけないね大人をからかっちゃ…」
そう言って、一瞬、不気味な笑みを浮かべると、再び蒼の頭上目掛けて、大きな鎌を振り下ろした。
果たしてこんな刀で大丈夫なのか。。。




