犯罪発生率90%
「ではさっそく、今から吾輩が指名する人物の見張りをしてもらう」
黒羽の声が気のせいか少し低くなった。とうとう本題へ、という具合か。
「朝っぱらからかよ…」
伊吹は面倒くさそうにそう言ったが、どこか、嬉しそうに聞こえた。おそらく、
「当たり前じゃ」
「それで、誰を見張れば…」
蒼は相手がどんな人物なのか、ずっと気になっていた。もし、屈強な奴だったら…間違いなく殺される…
「今回事件を起こすと思われる人間は、秋山湊人、入江学園中等部の理科教師じゃ」
「…!入江学園?」
入江学園。そこは、蒼と伊吹が通っている中高一貫校である。秋山湊人という教師は蒼たちが高校に上がってから入ってきた教師だった。だから、二人ともこの秋山という教師についてあまり知らない。
「確か、入江学園はおぬしらの通っている学校じゃったな」
「おい、黒羽。今日、その秋山って教師が殺人を犯すってことか?」
伊吹は動揺しているのか、声が少し震えていた。
「90%の確率でな」
黒羽は自信ありげにそう言った。90%というと、ほとんど当たると考えたほうが良いではないかっ!と蒼の顔色は青く変色していった。
「あの…これから俺たちはどうすれば…」
全く頼りがいの無い蒼を見ると、黒羽は呆れて、
「今から、行くんじゃよ。入江学園に」
時刻は八時二十分。天気は相変わらず曇り。大急ぎで入江学園の校門を駆けていく。
「クソっ、あのカラスめっ。何が『あとはおぬしらに任せる』だよっ」
伊吹は吐き捨てるように言うと走る速度を上げた。
蒼も前方を走っている伊吹に続いて、息を切らせながら何とかついていく…
「全くだ…、どうやって…調べるんだよ…」
中等部の教師をずっと監視していろと?大体、学校で犯罪を起こす可能性は低いはずだ。何故なら、こんなに多くの生徒がいる校内で、そんな隙があるとは思えない。殺人を犯す奴は大抵、ひと目の無い場所で、実行するはずだ。
下駄箱に辿りついた二人は、急いで靴を履き替え始めた。
と、その時、蒼は後ろから誰かに話しかけられた。
「おはよう、蒼くん」
蒼が振り返った先には、眠い目をも覚ます、絶世の…とは言い過ぎだが、美女が立っていた。
柏木朱音である。蒼はびっくりし過ぎて、一瞬言葉が出なかった。
「……、あ、どうも」
「蒼くんも寝坊したの?実は私も今日寝坊しちゃってさ、でも、あと五分あるよね」
ショートホームルームが始まるのは、八時三十分である。まだ、それまでに五分はあった。
「か…柏木も寝坊なんだ」
その言葉はぎこちなかった。
伊吹は数秒間、固まっていたが、ようやく我に帰り、柏木を一瞥したあと、蒼の袖を引っ張って、小声で聞いた。
「おい、蒼、なんでお前にあの柏木が話しかけてくるんだ?いつ知り合いになったんだよ」
蒼も小さな声で、
「一昨日、母さんの墓参りに行くときに偶然会っただけだよ…」
「なにィ」
最後の『ィ』には力が込められていた。蒼は(何か誤解されているような…)と思った。
「何二人でこそこそ話しているの?」
柏木は不思議そうな目で二人を見ている。
「いやぁ、何でもないよ」
「ふーん、じゃ、また後でね」
そう言うと、柏木はスタスタと階段を駆け上がって行った。
「おい、蒼。柏木って言ったら、校内では裏ブームになっているんだぞ?」
裏ブームとは、裏でブームになっているという意味だ。要するに柏木は多くの男子から神的存在だと思われているのだ。しかし、そんな柏木に積極的に近づける人間はほぼ居ない。なぜなら、彼女は神だから…そんな訳で、彼女は雲の上の存在。よって、裏(心の中)でブームとなっている。
「たまたま話しかけてくれたんだよ…」
その後、二人は無事時間内に教室へ入ることが出来た。二人が教室へ入った途端にチャイムが鳴った。生徒たちはそれぞれ自分の席へ一斉に向かっていった。
「じゃ、また後でな」
「おう」
伊吹は小さく頷いた。
蒼は窓際にある自分の席へ着くと、頬杖をついた。教室の中は相変わらずといった感じで、特に真雛の封印が解けたからといって、変わったことは無いように見えた。一人一人の顔をちらっと見渡したが、気になるような事は何ひとつ無かった。いつもと様子が違うのは、蒼と伊吹だけ…
まだ先生が来ないので、蒼は窓の外を見た。曇天の空、雨はまだ降っていなかった。
(秋山湊人…どんな人なのだろうか…)
秋山湊人という理科の教師が今日、何か事件を起こす可能性は黒羽曰く、90%だ。その時間も場所もはっきりしない中で、秋山の犯行を阻止しなければならない蒼は不安でいっぱいになった。
秋山は犯罪を犯すのでしょうか。。。