任務の始まり
「黒羽、我が眠っている間に世界はどのように変化したのですか?」
真雛は三百年もの間、封印されていたせいで、外の世界を全く知らなかった。
「はい、真雛様が封印されている間に世界は大きく変わりました。真雛様が住んでいた鴉ノ森は開拓され、今では一割以下の面積となっております。また、昔と違って、高層ビルや自動車といったハイテクなものが街中に見られるようになりました」
淡々と話す黒羽を真雛は、呆然と見つめていた。
「鴉ノ森が随分と狭くなったのですか…」
「はい、残念ですが人間どもがビルやマンションを建てるためにどんどん土地を奪っていきました」
鴉ノ森とは、この神社を囲んでいる森のことである。昔は広大な森であったが、今ではとても狭くなってしまっている。神社の裏に森が少し残っているだけで、神社を出ると直ぐに人間の街になっている。
「ところで、人間の魂はどうなったのだ?」
真雛の一番心配している事、それは人の魂の状況だ。浄罪師の居なくなった世界では、人殺しをした魂は排気処分されずに生まれ変わる。さらに、汚れた魂も浄罪されることなく世に出され続けたのだ。
「真雛様…それが、今から二百年程前に人による戦争が起こり、多くの殺人がなされました。そのせいで大量の魂が汚れてしまいました」
今から二年前、世界中で大きな戦争が起こった。そこで人々は殺人を繰り返し、多くの魂が汚れていったのだ。
「そうか…覚悟はしていたが、やはり世界は大変なことになってしまっているのだな」
「はい…ですがまだ間に合います。世にまだ200程の浄罪師の使徒が存在しているので…」
「200人か…という事は、浄罪師の使徒の中から汚れた魂を持つ者も…」
「その通りです…真雛様。100近くの使徒の魂が既に犯されています」
「我が封印された時点では300はいた使徒が随分と減った…という事はヘレティックの数の方が多くなっ
ているのか?」
「はい、もともと300のヘレティックがいましたが、この三百年間で100の使徒の魂が汚れてしまったので、それも合わせると、400ということになります」
真雛は数秒間、沈黙であったが、気を取り戻したのか、
「まぁ、ヘレティックも所詮人間と同じ寿命…我が復活した今、そこまで問題ではない」
真雛は確信を得たように、ニヤリと笑うと蒼と伊吹を指して、
「今日から、お前たちに二つの任務を与えます」
声を張り上げてそう言うと、二人に任務が言い渡された。
まず、一つ目の任務は、黒羽から得た情報を元にして、これから殺人を犯そうとしている人間を観察、そして殺人が起きる前に阻止すること。黒羽は魂の濁りを察知することが出来る。だから黒羽が指定した人物を見張れば良いのだ。
この任務は、必ず犯行の起こる直前に阻止しなければならない。何故なら、犯行前にいくら止めても、完全に阻止できず、その者が再び犯行をする可能性があるからだ。犯行寸前に止めて、警察に突き出すのが一番の手だそうだ。
二つ目の任務は、敵であるヘレティックから真雛の身を守ること。真雛はどうも普通の人間には無い特別な力をいくつか持っている様だが、さすがに大勢のヘレティックに襲われたら危険である。その為に、蒼と伊吹は真雛の護衛任務も託された。
話によると、この神社敷地内であれば、ヘレティックは入ってこられないそうだ。真雛の張った結界が神社の周辺にあるため、ヘレティックは勿論、人間や動物さえも中に入らせないらしい…真雛が許可した者しか入れない神社、道理でこの神社には外に沢山いるカラスが一匹もいない訳だ。黒羽を除いて…
そして、一通りの説明が終わった後、真雛が付け加えた。
「もう一つ、この二つの任務よりも最優先して欲しいモノがあります」
すると伊吹が、
「決して命は掛けるな、だろ?」
伊吹の失言に怒った黒羽は、彼の足首に突っつきを入れた。
「馬鹿者めっ!違うわい」
「いいえ、命は掛けてもらいます。お前たちは例え死んでもまた生まれ変われるのですから、寧ろ、命を掛けてもらう為に我はお前たちに永遠の記憶を与えたようなものです」
永遠の記憶、それは真雛が命懸けで任務を果たしてもらえるように特別に使徒に与えたモノ。例え使徒が命を失っても、その魂は再び新たな体になって蘇る。しかも、記憶はそのままで。だから使徒は、死んでも死なない。永遠の記憶がある限り、彼らには死は訪れない。
そうして浄罪師は自分に忠実な使徒を手に入れた…という具合か。
真雛は澄ました顔でそう言うと、三歩近づいて止まった。
「必ず最優先していただきたいのは、『決して人を殺すな』ということです」
ついに浄罪師の使徒として蒼たちは動きます。