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僕らにどうか青い鳥を!!!  作者: 汐音凛子
付き人① 秋野みすず編
9/15

彩りある日々

「・・・あのぉー!おはようございます。今日からお世話になる内藤ですが・・・」


声を張ってはみたものの、まだ薄暗い空に小鳥のさえずりが瞬くのみだ。店の中に人はおらず、がらんどうとしている。


商店街を抜け、緩やかな坂を登りきる途中にある小さな花屋。看板は少し錆びが付いており、赤茶色にくたびれている。インテリアとして看板が置かれている店先の三輪車が、レトロな雰囲気を醸し出しているせいかもしれない。


「すみませーん。誰もいないんですか?」


しばらく経っても一向に返事が返ってこない。初日からこれじゃあ先が思いやられる。インターンに来たことをすでに後悔し始めた俺は、店の前でしゃがみこむしかない。


とりあえず、眠い。


講義がない日でも、朝の報道番組の途中くらいには目が勝手に醒める。朝に強い俺でも、さすがに5時起床はこたえる。新聞配達の勤労少年でもあるまいし。全くもって苛々する。



目と鼻の高さにある色彩豊かな花々は、そんなこともつゆ知らず、しずくをしたたらせてキラキラしている。今が旬の紫陽花の淡い紫色が、ひときわ目に付いた。じっと見つめていると、花弁のなかに緑色の何かが混じっていることに気づく。


「・・・ん?カマキリか。」


久々にみる昆虫を、物珍しげに掴みかかった瞬間、後方で甲高い車輪の音が鳴った。


「・・・コラ!!!!花弁勝手にむしるな!!!」



振り向くと、スタンドを蹴飛ばして自転車を置き、こちらに向かってツカツカと歩いてくる女性がいる。呆気に取られて見ていると、声の主の表情が急に変わる。



「あぁ!!!君もしかして、今日からお手伝いの学生さん?てっきり近所のイタズラ坊主かと・・・てか、忘れててゴメンね。配達一件あってさ。」


ポンっと小気味好く掌を顔の前で合わせて謝るその人は、クマ柄の刺しゅうが入ったピンクのエプロンを首につっかけている。明るめの茶色の髪をおさげにしており、年のわりに若くみえる。言い方は悪いが、なんだか元ヤンと言われれば否定できないような見た目だ。


・・・てか、こんな早起きなイタズラ坊主なんているかよ、と内心つっこんでしまう。この人はちょっと天然なのかもしれない。


「あぁ、いえ。大丈夫です。来たばかりですから。今日からよろしくお願いします。」


挨拶が終わるやいなや、鼻先にポツポツと冷たい雨粒が降り注いだ。



「あーーー!!!ついに降ってきた!これだから梅雨は嫌いだ!君、ぼーっと突っ立ってないで、早く鉢植え中に入れるの手伝って!」


急かされるまま、俺は動いた。





「へぇ〜今の若い子たちって大変そうねぇ。それにしても、バイト君は何故に花屋でインターンを?」


「それは・・・っ!!!へぷしっ」


店の中は温度管理がしてあるためか、やけに冷える。俺がくしゃみをすると、店長はココアを勧めてくれた。甘いのがあまり得意でないことを伝えると、奥からブラックコーヒーの渋い香りが漂ってくる。



「ちょーっと待ってね。今熱々をお持ちするわぁ。そういや君、名前は?」


コトンともったり重そうな形のクリーム色のマグカップが目の前に出された。俺はお礼を言いながら名乗る。ゆーくん、というアダ名がその瞬間に誕生した。


店長は気さくな感じで、自分のことをみすずさんと呼んでね♡なんて言うけど、初めて出会ったばかりで馴れ馴れしいので、俺は店長を秋野さんと呼ぶことにした。



話し合いの中で決まったルールは三つ。


1、インターン中は、俺が毎朝花の水やりをすること。


2、秋野さんが大変な時には配達も手伝うこと。


3、出来るだけ花の名前と花言葉を覚えること。



「3つ目の決まりは男の子にはちょっと酷かもしれないけど、頑張ってちょーだいねっ!」



思い切り背中を叩かれる。おかげで、先ほどまでの眠気はとうに消え去っていた。



なんでも、俺はこの店始まって以来、初めてのお手伝いさんらしい。小さい店なので、人を雇う余裕がないのだろう。


店内を見渡すと、それぞれの花に名札がついていた。頑張って覚えなくては。



「意外と高いんですね、花って・・・あんまり買わないからわからなかったけど。」



秋野さんは、花束にリボンを巻きつけながら、優しく笑った。



「あったり前でしょう?花は命なんだから。人間と同じで、育て方や手のかけ方だって全然違うし。意外と大変なのよ〜」



生計を立てるためにどのくらい利益を出す必要があるのか、自営業の基礎的なことを学んでおけるのは、なかなか有意義かもしれない。



俺の学生生活の最期に、少しだけ彩りある日々が始まろうとしていた。



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