あいつの告白
「まあ、あがれよ。」
珍しいことだと思いつつ、大輔を手招きすると、少しほっとしたような顔で笑って、わりぃと小さく呟く。
一体どうしたのいうのだろうか。みんなで騒いだ後に、一人だけわざわざ戻ってくるなんて。
よっぽど大勢の前では話せない内容なのだろうか?昼ドラみたいな展開に、俺は少しうろたえていた。
先ほどみんなで囲んだ低いテーブルの前に向かい合ってあぐらをかいてお互い座ってみても、大輔はなかなか口を開かない。
「・・・」
沈黙が長いので、俺の妄想は勝手に膨らんでいった。例えばよくあるドラマの展開で、義理の姉を好きになってしまったとか。例えば借金取りに追われていて、少しの間かくまってほしい、とか。
なんにせよ、大輔はどんなにふざけても常識はきちんと守るタイプだ。危険な相談ではないということはわかっている。
「わりぃな、ほんと。急にこんな改まって気持ちわりぃよな?」
俺の心を見透かしたかのように、大輔はぽつりと言った。
「んなことねーよ。で、どうした?」
それから大輔は、ゆっくりと話し出した。
「俺さ、就活辞めようかと思って。」
「・・・へ⁉なんで?」
衝撃の告白に驚きが隠せない俺は、静かな部屋ですっとんきょうな声をあげてしまった。
そこからはじまる大輔の話を要約するとこうだ。
昔から漫画家になるという夢を持っていたが、食っていけないから諦めるよう両親から言われ、渋々この大学に行くことを決めたの。しかし、夢は捨てきれず、結局始めたアルバイトで漫画に関わることになり、やはり夢が捨てきれなくなったのだと。
「・・・こんな話、急に驚くよなぁ?一緒に就活してる優には言わねぇとなって、思ってたんだけどさ。」
自分と同じく現実主義的だと思っていた大輔のそんな話を聞いて、今度は俺は黙りこんでしまった。。。漫画家になりたいなんて、それこそマンガのなかの話じゃなかろうか?
黙りこくる俺は尻目に、大輔は続けた。
「本当は、大学なんて通う気なかったんだ。親に行けと言われたとき、せめてストーリー作りに役立ちそうな文学部を受験しようかとも思ってた。でも、俺の親はそれさえ許さなくて。。。だから、お前と同じ経済学部に入ったんだ。」
講義の時、隣の席になに食わぬ顔で座っていた大輔は、そんなことを思っていたのか。確かに、居眠りをこく俺の脇で、何かを一生懸命描いていたような・・・
「実は毎日の講義がすげーつまんなくてさ、いっつもお前の隣で漫画のストーリー考えたり、キャラクターのデッサン描いたりしてやり過ごしてたよ。いつかはそんな憧れ捨てられるって。」
「・・・お前の情熱はなんとなく伝わったけど、親御さん反対なんだろ?就活辞めることは言ったのか?」
首を横にふった大輔は、こぶしを少し握りしめたまま続けた。
「いや、これからなんだ。すっげー怒られると思うよ。。。勘当されるかもだし。でも、俺このままなんとなく会社員なったら、絶対に死ぬとき後悔すると思う。毎日やり過ごすだけの、灰色な暮らしを続けてくのはもう嫌でさぁ。」
灰色の、暮らしか。単調な毎日を、代わり映えのしない時間を、嫌がっていたのは俺だけではなかったのか。
でも、大輔が俺と決定的に違う点は、そんな灰色を塗り替える術を持っていることだ。
兵隊になることを拒み、城での安定した生活を捨てられるほどの夢。
俺は胸がざわざわした。
「あ!わりぃ。つまんなかったのは講義だけで、お前らとの毎日はすげー楽しかったよ!!そういう意味ではこの大学入れて良かったんだと俺は思う。おかけで、途中で辞めないで卒業できるし。」
俺の顔色に気づいてか、優しいフォローを入れた大輔は、少し照れくさそうだった。
「・・・お前はさ、違う意味での後悔とか心配にならねぇの?ほら、よく言われるだろ?漫画家になれる確率はすごい低いって。ほんの一握り以外は、食うのにも困るってさ。」
なんだか悔しい俺は、少し冷たい意見を言った。大輔も一時の気の迷いでそんなこと言ってるのかもしれない。就活の兵隊に入るのを、拒みたいだけの理由で。
しかし、そんな俺のひがみは簡単に打ち砕かれたのだった。
「それも考えたけど、嫌なことして金持ちになるより、好きなことして貧乏なほうがましだって思って。間違ってるかもしれないけど。。。いや、食っていけなくなるのはもちろん怖いけど、それ以上に、この気持ちのまま社会に出るほうがよっぽどこえーなって。」
すがすがしい答えに、なんだか甲子園で負けた高校球児の姿がよぎった。そういや、こいつも元野球部だったっけ。。。
じっくり考えてみろよ、と俺は大輔に言った。空になった缶ビールが2つテーブルに立ちすくんでいた。