俺たちのアルバイト
「うわー!もう!!!待ちきれん」
沸々と湯気の出る真ん丸をつまようじでひと刺しすると、冷ましもせずに口に放りこんだ航は、あまりの熱さに声も出せないようだ。
「・・・・・っ!!!!!」
側で氷の入ったコップをしきりにすすめる愛理。いつも甲斐甲斐しい限りだ。
「ぶははっ!航の顔真っ赤!お前がゆでダコじゃんか」
あぐらをかいたまま後ろに仰け反って笑う大輔の陽気な声が響いた。
ここは俺の家。築35年と古めかしいが、大学から徒歩3分の好立地ということだけは評価に値する。理由もなくこうしていつの間にか人が寄ってくるのもそれが理由だ。
「お前、ちょっとがっつき過ぎだから反省しろよーいくら部活後で腹へってるからってさ」
俺がそう付け加えたところで、ダンダンとアパートの階段を誰かが登る音がした。
「あ!円香」
足音でわかったのか愛理がそう言うとちょうど同時に、ドアがバタンと荒々しく開け放たれ、バイト帰りの円香が疲れた顔で仁王立ちしていた。
「ちょっと!あなたたちいつも鍵閉めなって言ってるでしょ!無用心なんだからまったく~」
家主の俺に構うことなく、崩れかけたお団子頭を振りほどきながら円香が隣に腰を下ろした。
「なんか円香今日疲れてるね。化粧もボロボロ・・・」
悪びれもなく言う大輔をきっと睨むと、堰をきったように早口で円香が喋りだした。
「まったく!シフト急に代われとかいわわれて本当に参ったわ。しかも、理由が卒業旅行だって!!!信じられる⁉普通は1ヶ月前くらいから言っとくもんでしょう?」
円香は結婚式場でアルバイトをしている。きちっとした性格で向いているとは思うが、ミスの許されない内容な分、ハードなことは想像できる。
「まどちゃん偉いねぇー内定出たあともちゃんと働いて学費稼いでさぁ。あたしだったら遊んじゃうなぁ」
悪気なく励ます愛理の言葉は火に油だった。
「そうゆう学生のノリもいいけどさぁ、社会に出たらそんなん許されないじゃん!バイトだってその練習だと思ってしっかりすべきよね⁉あたし間違ってるかな?」
怒りがおさまらない円香は他にも、勤務中にお客様の残したバケットをつまみ食いする輩のことや、乾杯酒をお客様にぶっかけた後輩のことを愚痴ってはため息をついた。
「まーまー、そんなカリカリすんなよ円香。君はちゃんと素敵な会社で働くことが約束されてるんだしさ。」
俺がなだめると、内定有りの余裕を思い出したのか、少し落ち着いた様子でソースがまだかかっていないたこ焼きを一つ口に放りなげるともぐもぐと頷いた。
「・・・まーね。。。今のバイトも給料良くて続けてるだけだし」
「俺なんて居酒屋だけど、いっつもゲロ掃除だぜ。本当にあんな仕事一生やるとかぜってー無理。」
火傷がおさまった航がいつもの調子を取り戻して付け加えた。
「確かに!それ辛いな。俺は個人プレーで淡々と楽しくやってるけど。一生やってるうち、いつかは単調さに嫌気さすかな?」
出版社でバイトしている大輔は、マンガのコマの誤字や脱字をチェックしている。花形の出版社といっても、そんな地味な内容の仕事のほうが多いとよく大輔は言う。
「イケメン多そうでいいよねー大ちゃんのバイト先はさ。あたしが前にやってたアパレルのバイトは綺麗な女の人相手で怖かったよぉー同性ばっかりの職場は懲りたよぉ」
嘘泣きする愛理をなでなでする航は俺に聞いてきた。
「可愛そうな愛理!そういや優はまだ塾やってんだっけ?」
就活スタートと同時に辞めた塾のアルバイトのことだ。それなりの知名度の大学に通っているためか、すんなり採用された。元々キャンパスの掲示板に載っていた面接を受けただけだったのだ。
いたいけな中学生たちを相手に、それなりに無難にこなせたとは思う。
担当の生徒の成績が上がったので、同じ系列の家庭教師枠に移籍する話もあったがお断りしたのだった。
元々、うちはバイトしないでも良いお家柄というやつで、学費や遊ぶ金も働かなくても手に入った。国立有名大学に受かった俺に、両親は感謝すらしている。
だから、自分にとってのアルバイトはあくまで社会経験だった。金を稼ぐ手段ですらない。そこには何の情熱も、目標もなかった。
「あー、辞めたんだ。就活一本に絞ろうかと思ってさ」
これだからお坊ちゃんは困るわーという野次を飛ばされたが、聞こえないふりをして話題を変えた。家柄に対する嫉妬や中傷を受け流す術は心得ている。
不動産会社の社長をやっている親父と、法律事務所で働く弁護士の母の間に生まれた俺が、いち早く覚えたのは謙遜だった。
出る釘は打たれるのが宿命なのだ。
たこ焼きパーティーの後片付けをして、そろそろお開きとなった。
時計を見ると、ゆうに深夜の12時をまわっている。
「スーツ、ちゃんとファブリーズしといたほうがいいよ!」
帰りがけに円香にそう注意され、ふとベッド脇の壁にかけてあるスーツに目をやった。また明日もあれを着るのかと思うと、なんだか心が沈んだ。
みんなを見送って部屋に一人取り残されると、毎度のことながら、なんとも味気ない気分になった。楽しいことはいつか必ず終わることを思い知らされるように。
そんな感傷に浸っていると、閉めたはずの玄関のドアがチャイムもなしにガチャガチャとなった。この無遠慮な開け方は。。。
扉をあけると俺の想像通り、扉の前には大輔が立っていた。
「なんだ?忘れ物?」
俺が聞くと苦笑いしながら、ちょっと飲み見直さねぇ?と言う大輔の手首には、向かいのコンビニで買ってきたであろう缶ビールが2つぶら下がっていた。