兵隊になるということ。
緑が目に染みるような季節だというのに、梅雨を思わせる講堂のなかに、古ぼけた木の深い香りがどっしりと横たわっている。日の入りを完全に見届けた俺は、やっと視線を窓枠からそらした。傾斜のついただだっ広い空間のど真ん中には、どこからかやってきた外部講師が、面接のマナーやら一般常識やらを口やかましく語っている。それを囲むようにして座っている人、ヒト、ひと。みんな紋切り型に黒いスーツに身を包み、窮屈そうに座っている。自由気ままに髪の毛の色を染め散らかしていた奴もいれば、これまで全くキャンパスに来なかった奴もいるのだろう。みな一様に黒髪黒服で、こうなったらアイデンティティも糞もない。何やら一生懸命にノートにメモを加えている兵隊。誰もが本当の自分の姿を隠す術を知りたがっているのだと思うと、俺はぞっとした。しらけた顔で他の奴等を見下ろしていた俺の視線は、隣の大輔のそれとぶつかる。
「人間観察やめれ、お前。呼ばれるぞ。あの特別講師、めっちゃ目良いから、やる気ない奴見つけたら指名して、全員の前で就活生の役やらせてボコボコに叩くらしい。」
「それはお前だろ。落書きしてんなよ。」
垣間見た大輔のノートの隅っこには、パラパラ漫画が描かれていた。ふざけて真顔で見つめ返してくるこいつの、真面目そうなのに、どこか人をおちょくっているスタンスがなんか好きだ。俺たちは入学以来ずっと一番仲が良い。お馴染みの個性豊かな面子のなかにいても、俺はどっちかといえば斜に構えて一歩ひいたところから人を見る癖があった。それにすぐに気がついたのか、大輔はすぐに俺に寄ってきた。
気心の知れた仲間と、無駄に集まって浪費した時間。それは俺にとってなくてはならないものだった。でも、世間一般の兵隊たちは、それを一様に「学生気分が抜けてない」とか、「学費をもらって遊んで」などと揶揄する。あの兵隊たちも、元々はいろんな夢を持ってたし、アイデンティティに溢れた若さがあったのだろうか。だとしたら、もっと世の中は真新しくて楽しいはずだろう。一体何が人から面白さを奪っていくんだろう。そんかことをぼやぼや考えているうちに、5限終了の鐘がなってしまった。