ありがとうのカーネーション
「おはようございます!!!」
慣れた手つきで鉢植えを日当たりのよい場所に移してやる。今日はいつも以上に気分がよい。
「あれあれ、なんか今日元気ねぇ!良いことでもあったの?」
茶化すように俺の首に腕をまわしてくる秋野さんは、男子高校生みたいなノリを平気でかましてくる。
改めて俺は、秋野さんにお礼を言った。
花言葉を理解して、ちゃんと喜んでもらえたことを伝えながら。
「へっ!ダイヤモンドリリーの花言葉を?珍しいこともあるもんね・・・」
口元に手をあて、どこぞの探偵みたいに考えこんでいる。
?
「えっ? 秋野さんは『また会う日を楽しみに』って意味を花束にこめてたんでしょう?」
疑問に疑問で返すしかない。
「いや、それで合ってるのだけど・・・大体の花の花言葉って、いくつか意味があるものなのよ。あの花も元々3通りくらい意味があってねぇ。あたしはいつもマイナーな意味のほうを・・・」
「ちっすー!!!初めましてっ!」
話の途中で現れたのは他でもない、俺が呼んだ友人Aである。予想に反して一人なことに驚いた。
「ちょっ、大輔だけかよ?よりによって!」
「なっ!バイト休んで来てやったんだから感謝しろよな~」
きょとん顔の秋野さんを差し置いて、店先でテンション高めの言い争いが勃発する。
「お友達?いらっしゃいませー!」
「実は僕たち、今日はちょーっとご相談がありまして!」
いがみ合う俺たちは一変し、ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべたのだった。
そして迎えたインターン最終日。あれだけ面倒くさがっていた日々が嘘のように今は寂しい。
約束した通り俺と大輔は、秋野さんの許可を得たうえで、ある企みをこの日実行に移した。
手始めに、店のかたすみにあるカーネーションの花束を全て持ち去る。それらを運ぶのは、文化祭の備品室からちょうだいしてきた、荷台つきの手押し車だ。(ピンク色にデコったのは秋野さん)
向かうのは、先日配達で訪問したホストクラブのある通り。駅裏で、人通りは多いわりに悪目立ちしないで済む。(駅前には大体必ず警察署がある。職務質問だけはこの時期避けたい)
秋野さんの店は、アクセスが良いとは言いがたい。最寄り駅まで徒歩15分の距離だし、なおかつ坂の途中というのもネックだ。商店街付近のため、道は狭くごちゃごちゃとしているので、実はその存在を知らない人も多い。
良い花をたくさん売っている店なのに、知名度が低いままなのは悔しい。(それが売上が伸び悩む原因の一つだと俺は考えている)
お世話になった秋野さんに、どんな形であれ恩返しをしたいと思った。そんな俺のエゴが思いついたのが、インターン最終日に『カーネーションを売り切る』ことだった。
せっかく仕入れた花を捨てるしかない時が一番辛いのよ、とよくこぼしていた秋野さん・・・せめて今日くらいは、ちゃんと全部誰かの手に届けてあげたい。
よって、出張花屋と称して、今日は店に残っていたカーネーションをすべて売り切る。リミットは約3時間。(長時間の日差しは花を傷めることになるから)
予想外だったのは、花を売るのに華がないことだ。(秋野さんは配達、言うまでもなく愛理は航のリハビリで忙しく、円香もバイトで今日は来られないらしい)
仕方ないので、男二人で可愛らしいエプロンをつっかけて売り子をすることになった。
「よりによっておそろいでピンクか?」
俺のには相変わらずクマの刺繍、大輔のには新しくパンダの刺繍がくっついている。(by秋野さん)ま、インターンの恥はかき捨てだ。
「いらっしゃいませ~出張花屋です!大切な方へお花を贈りませんか?」
土曜の日中とだけあり、かなりの人波だ。物珍しい構図に一瞬こちらに目をむける人はいるものの、足を止めることはない。
そんななか、やっと痩せたおばあちゃんが一人で俺たちに近づいていてきた。
「あら、今どき珍しいわねぇ。母の日は今日じゃないのよ?」
にこやかな笑顔で話しかけてくる。
「母の日以外でも大丈夫ですよ!カーネーションには、『あなたに会いたい』って意味もあるんですよ。だから、今一番会いたい人のところへ行って、渡してあげてください。」
孫に1ついただくわと、ふふっと笑うと一輪手に取る。やった!
「ありがとうございます!」
俺と大輔は深くお辞儀をし、顔をあげた瞬間に互いに見合って笑った。
そこからが本領発揮だった。俺たちは、100均で買ったホワイトボードに書き込みをした。カーネーションがもつ、もう一つの花言葉を記したのだ。
あとは声出し。なるべく男くさく聞こえないよう陽気な雰囲気を出しながら叫ぶ。ずっと前、ライブの警備の派遣バイトで声を枯らすまで叫んだ日のことを思い出した。
久しぶりの、『熱中している』という感覚。手を抜くことばかり覚える大人になりかけていた自分に気づく。
そうこうしてるうちに、JK集団が俺たちに近寄ってきた。そろいもそろってスカートが短い三人組だ。
「ぶふっ!!お兄さんたち可愛すぎ!」
どうやら、似合わないエプロンを見て吹き出しているようだ。世間話をしているうち(花を買う気は全くない)、大輔は暇つぶしに、急にリュックから小さいスケッチブックを取り出した。
「みんないい笑顔してるから描かしてよ!はい、これ持ってみ。」
歯も浮きそうな恥ずかしい台詞をさらりと言う大輔に、俺は目玉が飛び出しそうだった。しかし、それは予想に反して大ウケ。見た目のわりに繊細なデッサンをする大輔の絵はとても似ていて、JKたちの目を完全に奪った。
「おおっ!さすが漫画家志望!」
「普段から人と風景を描く練習はしてるんだけど、道歩いてる人たちって大体がしかめっ面で、あんま練習になんねぇんだわ。いろんな人の笑顔描くのにはちょうど良いよ。」
JKたちは、お母さんにこの花を一本ずつ買うから絵もちょーだいとおねだりしてきた。それらを渡してやると、満足気に帰っていく。
「ひらめいた!花を買った人の顔を描いてあげて添えたら、受けとる方も送り主の顔がわかって嬉しいんじゃねぇ?」
名案に同意する大輔。少しずつくたびれていく花はまだまだ残っている。ここからが本当の勝負だ。
さっきのホワイトボードに、俺たちは
『送り主の笑顔、無料で描きます』と小さく加えた。
不思議なもので、その一言は人は惹き付けた。興味をもった人が集まりはじめ、そこからは人が人を呼ぶようになった。俺たちの周りには長い列ができはじめ、開始からちょうど二時間半ですべて売り切れとなった。
「おわったぁ~!!!予定通り!」
ちょっとした達成感と疲労でくたくたになりながら、俺と大輔は肩の力が抜けて思わず膝に手をついてほっとした。
「おおおーーー!すごいじゃない!お疲れ様でした!」
後ろから声がして振り向くと、配達帰りの秋野さんが冷たい缶ジュースを両手につっ立っていた。俺たちとおそろいのピンク色のエプロン姿で。
俺はあらかじめ自分で買い取っていたカーネーションを一輪取り出す。自分の顔が赤く染まるのを気にしないふりしながら、雑踏のなかそれを秋野さんに差し出した。(道行く数人がこちらにニヤニヤと視線を送っているのを十分感じながら・・・)
「今までありがとうございました。また遊び行きます。」
秋野さんは、少し寂しそうに笑うと、
「いいおばちゃんにこんなことして!!未来の彼女にやんなさい。いつかプロポーズの時に必要になる花束は、あたしがちゃーんと選んでやるから、ねっ!」
瞳をうるうるさせてそう返すのだった。
コンビニの前で缶ジュースを飲み終えた俺たちはそこで解散した。秋野さんは店に戻り、大輔は提出するものがあるとかで大学へ行くらしい。手押し車もこっそり返しといてくれるというからありがたかった。
花屋とは逆方向の帰り道を行く。その時になってまた、あぁ終わってしまったなと、ちょっとした虚無感が襲ってきた。
「どうでしたか?内藤くん。今回のインターンは?」
そんな俺の頭の中が丸見えになっていることを知らせるような一言が飛んでくる。
?
後方を振り返ると、先ほど追い越した電柱に背中を預けてよりかかる男がいた。どこから沸いてきたかもしらんが、例のおっさんだった。
「え?なんでここに?」
戸惑いを隠せない俺にぴしゃりと
「だから、マスコミを侮るなと警告したでしょうに。」
と言い放つのだった。それにしても、こないだまでかけていない銀の細縁の眼鏡を頭の上に載せて、プロドューサー気取りだから笑ってしまう。
「ま、そんなことより・・・花屋ってどんな仕事だと思いました?」
急な無茶ぶりに、俺はもごもごと答えるしかない。
「いや、どんなって・・・最初は眠いし薄利のわりに意外と肉体労働多くて怠いなって思ってましたけど・・・」
「・・・けど?なんですか?」
こうゆうの質問はどうせ正解なんてない。俺はそう思ってありのまま答える。
「だけど、花に意味があることを知って願いをこめれば、誰かの人生に彩りを加えられる、そんな仕事だと思います・・なんて、恥ずかしいわ俺!」
ふと我に返ると、死ぬほど恥ずかしい台詞をこぼしていた。ロマンチストの秋野さんの癖が移ったのかもしれない。
「今回は28点!まだまだですね。次も頑張ってくださいよ。」
弁解を繰り返す俺をよそに、おっさんはきっぱりと言った。何を根拠にしているか知らんが、ずいぶんと辛口評価だ。
解説を求めようとしてが、呼び止める間もなくおっさんは勝手に歩き出していた。
こうして、とりあえず俺の付き人インターン初回は幕を閉じたのだった。