受け取られない花束
消毒液の香りと、毒々しいほどに清潔感漂う白い壁。ある種、非日常的な景色が逆に人を不安にさせているとしか思えない。
だから病院は苦手だ。小さい頃も今も。
305号室が航の部屋だという愛理のラインを再確認してから、該当する部屋の扉をノックする。
おう、という聞き慣れた声がして、俺は少しほっとした気持ちになった。
左足を包帯でぐるぐる巻きに固定されている航がそこにいた。ベッドの上には愛理が持ってきたであろう、暇潰し用のスポ根マンガが高く積み上げられている。
「よお!こないだは驚かせたな!!」
いつもと変わらない様子の航。その隣の愛理も、こないだ泣きながら電話していた時とはうって変わって普段通りだった。
「いや、たまたま試合見てたからさ、あの日は。なんてゆうか、その・・・色々大変だったな。具合どう?」
航は、わざと元気そうに右足だけバタバタとさせながら言った。
「もー毎日毎日暇だよ。筋肉バカな俺がこんなじっとしてるとかキモいっしょ?動かないのをいいことに、部活の奴等には落書きされ放題だしよぉー」
よく見ると、左足に巻かれたギブス(包帯ではなかった)のようなものに、黒ペンで様々な落書きがしてあった。
「相変わらず人望あるな。部活の奴等も見舞いに来てるんだな。」
「まぁな。一人メンバー減ったらなぁ。いや、メンバーってかライバルか。」
力なく笑って、自分の髪をグシャグシャにかきむしる。それを心配そうに見つめる愛理。あ、この雰囲気はやばいな。
「いや、航いないのをみんなきっと寂しがってんだよ。チームの中心だったエースがいなくなって、メンバーもきっと辛いと思う。」
フォローで言ったつもりが、完全に火に油だ。俺の一言が、完全に状況を悪くした。
「いやぁ、そんな綺麗事のスポーツ漫画みたいじゃねぇよ、ラグビーは。お前そんな詳しくもねぇしな。」
投げやりに返す航を、愛理がちょっと、となだめる。
「・・・ごめん、気悪くしたな。」
俺も謝ることしかできない。
「見舞い来てんのに、お前がそんな辛気臭いムードやめれ。愛理もさー空気読んでるみたいな顔してるけど、同情してますみたいなの、今別に俺求めてないからさ。」
顔は無理やり笑顔だが、言葉の端々に、やりきれない航の怒り、悲しみ、悔しさが滲んでいた。サバサバとしている体育会の性格をしているアイツが、こんな風に友達に八つ当たりするなんて。
悲しくなった俺は、後ろ手に持っていた花束を愛理に渡し、バイトのふりをしてその場を離れた。今日はインターンも休みの日だというのに、そんな嘘をつくしかなかった。
ここに来るまえ、あの花束を手渡してくれた秋野さんを思い出す。
ごめん、秋野さん。でもやっぱり、花に言葉の力なんて無いんだよ。
早足で廊下を歩いている時、俺は自分の失言を悔いているのか、花束をちゃんと渡せなかったことを悔いているのかわからないが、何故だか悔しくて仕方なかった。