おっさんとの出会い。
「それで、君はこれが何回目の最終なのかな?」
「正直に申し上げますと、四回目になります。」
先ほどから、たしなむように俺の顔を見ていたおっさんの顔が急に曇り始める。予想はしていたし、この人がどう返してくるのかも大体想像はつく。俺は心にもないのに、心配そうな表情を作って顔面に張り付けてやった。ううむと小さく唸った面接官は、しかし俺の予想を遥かに越える返しを用意していた。
「……ふふ、面白いね。内藤くんと言ったよね?君の心が少しだけなんだけど、わかった気がする。君がこれまでもらった内定の会社は、全部第一志望ではない。そうだろう?」
目の前のおっさんは、開いた両足の膝の上にのせていた拳をぱっと開くと、アメリカ人がジョークをかました後みたいに、おちゃらけたポーズをとって笑った。屈託も悪意もない、その笑みのせいで、確信をついた質問が本当にジョークにしか聞こえない。俺は心臓に冷たい手で急に触れられた気持ちになった。なあんだ、結構おもろいおっさんもいるんだな。
「そんな。僕は、働いたことがないので、どんな仕事が向いているのか、どの会社であれば自分の力を役に立てるのか、わからないだけですよ。」
希望の職種に営業は入れていないが、営業マンばりの爽やかスマイルをかましてやった。どうだ、これで返しようがなかろう。
「想像通り。お見事な答えだ。君のような学生をようく知っているよ。天下の国立大卒。偏差値85以上。引く手あまただろうねぇ、そんなに優秀なんだからさ。」
ニヤリと笑うおっさんは、首の骨をポキポキいわせながら、肩回しを始めた。初夏の夕陽がブラインドを通り抜けて入ってきて、煙草臭いこの小さな事務所を明るく照らす。僕も、おっさんもその光を左頬に受けて、一瞬時間が静止する。なんだかわからないクラシックの曲が遠くで鳴っていて、どこかセンチメンタルな気持ちになった。早く終わらせて帰りたい。
「でも君は、人生における貴重な、敗北の味を知らない。そうゆう人間は、人につかわれるのを嫌がるし、無駄にプライドが高い。そして、ある時ポキッと心折れてしまうんだ。」
遠い昔を思い出すように、伏し目がちにそう呟いたおっさんは、胸ポケットを探って、ごそごそと煙草の箱を取り出した。胸のなかでぺしゃんこに潰れた歪なそれをみていると、俺も段々とイライラしてくる。
「僕もそのような例に当てはまるのかもしれませんね。確かに。お時間取らせてしまい、すみませんでした。御社も第一志望ではなかったので、他の就活生に失礼でしたね。これで失礼いたします。」
もう二度と会うこともないおっさんに、形だけのお辞儀をする。つられて立ち上がると、おっさんは最後に皮肉を付け足した。
「丁寧にありがとう。私が思うに、君は不可がないけど、飛び抜けた面白みがないんだ。人が人を気に入るポイントっていうのは、言うならば『極端さ』、なんだよ。みんなとおなじはつまらないから必要ない。君がお勉強以外に、人と比べて秀でている所はどこだい?私はそれが知りたかった。」
笑顔なのにずかずかと、こんなことを言われるなんて初めてだった。我が家の誇りだと認めてくれている両親、オールAを褒め称える教師たち、尊敬の眼差しを向けてくるクラスメイトたち。それでいて、一体何が足りないってんだ?ふざけるな!これまでの人生をあんたに全否定される筋合いはない。久しぶりに怒りという感情を覚えた。でも、ここで激怒する体力が勿体ない。すぐカッとなるのは、昔からヤンキーか馬鹿か小者と決まっている。もう無視でいいだろう。
「もし、君がそれを見つけたいっていうなら、いつでもこっちは歓迎するよ。インターンという形で、時間潰しにまた遊びにおいで。」
ヒラヒラと手を振っている気配を背後に感じながら、俺は少し強めに扉をしめて歩き出す。二度と振りかえるつもりはなかったんだ。