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遣英艦隊

 九、遣英艦隊


 ムーア中尉は船団の先頭を静々と進んでいる。

 インド洋からアデン湾を経てスエズ運河を通過した魚雷艇隊は、補給を繰り返しながらジブラルタルにまで遠征してきた。

 めざすイギリス・ポーツマスまで長躯一万千海里の旅もあと僅かである。


 大量の真空管を提供されたことを受け、開発途中の新型徹甲弾頭の試作品と基礎資料、そして携帯型ミサイルを積んだ貨物船がイギリスに向けて波を切っていた。折から激しさを増していたUボートの攻撃から積荷を守るためにムーアは派遣されていた。

 特にアデン湾から紅海への狭隘部周辺、スエズ運河入り口、そしてジブラルタル海峡周辺。そこを通過する連合国艦船の警備に当たることになっている。

 そしてムーアひきいる魚雷艇隊八隻は、ポーツマスを母港にドーバーから大西洋までの哨戒が任務であった。


 各海域に六隻の駆逐艦と補給艦を据え、イギリス本土にはより小回りのきく魚雷艇を派遣するというのが日本の方針であった。鳴り物入りで登場する派遣艦隊が、お粗末なほど小規模であることに落胆させることは承知している。しかし、広大な海域が舞台であれば、いかに大艦隊を派遣したところで点を守るにすぎない。またそうするだけの余裕もない。となれば、ここは積極防御を採るしかないとの判断である。



 神戸を出港した船団は、補給を重ねながら順次貨物船を糾合し、コロンボに待機していた船団と合流。さらにインドのコーチンで貨物船四十隻と合流し、大船団となった。それを四つの悌団に組み替え、前後を駆逐艦が警戒しながら遥かな旅を続けてきた。

 受け持ち区域先端まで送り狼となった彼らは、櫛の歯が欠けるように持ち場へ戻ってゆく。

 旅を進めるにしたがい心細くなる船団ではあるが、意気はいたって軒昂であった。



 ジブラルタルを通過して半日。付き添ってきた駆逐艦が海峡入り口へ戻ると、巨大な船団を警備するのは八隻の魚雷艇だけで、しかも、ここからがUボートの猟場なのである。船団は、キャッチボールができそうなほどに密集し、無事に帰りたい一心で速度を上げた。


 あと半日。そうすればイギリスの哨戒海域に逃げ込める。とにかく頼りない魚雷艇に護られていること自体が不安でたまらない貨物船団である。


「司令より信号、戦闘乙をとれ。荒天準備を為せ」

 見張りが伝声管で伝えてきた。


「半速、二海里まで進出。進路このまま。各員荒天準備。船団は危険海域に進入した。Uボートの襲撃に備えろ」

 一時間すぎ、二時間すぎ、西の空低く太陽が大気をゆらめかせながら海原に触れようとしている。天高く追いかけてきていた月は、高層の雲に遮られて姿を隠していた。左前方には真っ黒な雲が接するばかりに垂れ下がり、海との境目が白く霞んでいた。


 船団の前程で警戒を続けるムーアは、天候悪化と日没が同時におこったことに胸騒ぎを感じていた。

 一万千海里の長旅による疲れがたまっている。二日走っては二日休むことを繰り返していたのだから、疲れなどないはずなのに、姿を現さぬ敵を警戒しながらの航海は、若いムーアにとっても過酷なものであった。

 大型艦でなくとも、駆逐艦でも潜水艦でも三直交代をする余裕がある。しかし、魚雷艇にはそんな場所も、乗員の余裕もなかった。

 四直、つまり六時間ごとの交代で我慢するしかなかった。フカのように眠ろうとしても艇長としての責任から眠りが浅くなり、しぜん、冗談を口走ることも減っていた。


「左舷前方、何か見えます」

 そろそろ交代をと思った矢先の出来事だった。

「何かではわからん、しっかり見ろ」

 ムーアは苛立たしさを押し殺して見張りに伝えた。

「潜望鏡らしきもの、左舷前方、距離二千」

「潜望鏡に間違いないか?」

「はっきりしません。五秒ほどで見えなくなりました」

「司令に信号。潜望鏡らしきもの見ゆ、左舷二千。右回頭、之字開始。以上、送れ」

 ムーアは咄嗟に信号手に命令を下し、一瞬考えて追加を命じた。


「信号手、追加だ。二号艇は動くな。三号艇、確認に行け。以上、送れ」

 両頬を平手でバチンと叩いて眠気を追い出し、ムーアは行く手に眼を凝らした。




「音源向きを変えました、近付きます」

 聴音室から報告が入った。

「距離はわかるか?」

「おそらく四千、速度を上げています」

 狭い海図台を囲んで副長と目配せしたのは、艦長のシュミット少佐。


「潜望鏡上げ」

 副長のハンス大尉が短く命じた。


「ここ、距離四千」

 シュミットは潜望鏡に船団を捉えると、位置を報せた。そして、艦長と交代したハンスもそれを確認した。

 ハンスが潜望鏡を覗いている僅かな間に、シュミットは次の行動を考えている。


「左回頭四十度、三ノットで二千進出して停止。戦闘配置。空気の残量は?」

 シュミットは短く命令を発すると、空気残量を副長に尋ねた。


「あと三時間です。電池も少なくなっています」

 ハンスは潜航可能時間を尋ねられたものと思い、電池残量も告げ、海図に船団の位置と進路を記入した。


「あのぶんだと十五ノットくらい出てるだろう。位置関係を計算しておいてくれ」

 大船団が襲撃にそなえた運動をすると、必ず落伍するものがいるはずだ。シュミットはそれを狙うことにした。


「魚雷戦用意、一番と三番を使う」

 シュミットは必要以外の言葉を使わない。攻撃時や避退時のような緊迫した状況なら尚更である。黙りこくって学者のような風貌で佇むばかりであった。今もそれは変わらない。ほんの目配せだけで副長のハンスとは意思疎通できている。

 魚雷室から響いてきた騒音が消えると、モーターの唸りが静かに伝わるだけであった。



 ムーアの魚雷艇では、見張りが右前方に異様な反射光をみつけていた。薄墨を流したような様相を呈している波間に、一瞬だけ夕日を跳ね返したような光が輝いた。ちょうどうねりにのし上げた瞬間であった。あらためて確認しようにも、それは二度と現れなかった。


「艇長、右舷前方に妙な発光がありました。一瞬だけで消えたので確認できません」

 見張りは、念のためにムーアに報告をした。

「しっかり報告せんか。方位と距離を言え!」

「方位四十、距離不明」

 見張りの報告はムーアの眉を曇らせるに十分である。こんな海原で発光など、自然現象ではありえない。何かの反射光だとすれば、跳ねたイルカだろうか。いや、イルカの肌は光を強く跳ね返すことはないし。とすれば、最もありそうなこと、潜水艦の潜望鏡しか考えられない。しかし、船団が回頭してまだ時間がたっておらず、今また反転すれば先の潜水艦に近付くことになる。

 一か八か、ムーアは光が見えた方角に船団を誘導することにした。正面攻撃はできまいという、根拠のない希望にすがっての判断である。



「船団、通過します。右舷」

 すでに聴音手の報告が必要ないほどの音が艦内に満ちている。万一を考えて位置を変えて正解であった。潜望鏡の露頂時間は十秒ほどだったろうし、うねりが高いので発見される要素はなさそうに思われる。もし発見されたとすれば、四周を一旋させた時に反射光を見咎められたのだろうと考えた。まあいい、それより攻撃と退避の手筈を整えておくことが重要だと気持ちを切り替えた。


「右回頭、船団の下に潜れ」

 空気も電池も乏しい状況では、欲張って反復攻撃など愚の骨頂である。よしんば仕留められなくとも、すでに一隻を海底に葬っている。出撃して戦果のない艦が多い中で、胸を張ってキールに帰港できる戦果である。無理な追撃はせず、安全策をとるべきである。


 艦か回頭を終えて船団最後部に占位してなお、船団から遅れた一隻が出力を全開にして群れから引き離されまいともがいていた。さいわいなことに聴音手からは戦闘艦の存在を告げる報告がない。

 シュミットは、攻撃目標とした船が頭上を通過するとともに潜望鏡を上げさせた。


「方位、ここ。下げろ」

 海図台ではハンスがすでに進路を示す線を引いていた。そして、シュミットを窺う。


「かなり大物のようだ。この位置なら外れても前の船にあたる。こいつを仕留めてキールに帰ろう。増速しよう。発射管に注水」

「深追いはできません。電池が長くはもちません」

 ハンスは短く注意を促した。

「発射したら右に回頭、六十まで潜る。三十分待ち、戦闘艦がいなければ浮上。砲弾を撃ち込む」

 シュミットの作戦にハンスはうなずいた。



「艇長、船団が混乱しています。ただごとじゃなさそうです」

 伝声管が突然喚き声を上げた。

「どうなったのか見えるか?」

「船が邪魔で見えません」

 あの光はやはり潜水艦だったのか。俺は間違った方向に誘導したのか。ムーアの意識は一瞬で真っ白になった。


「二号艇に信号! ワレ後方確認に向かう。指揮をとれ」

 俺の責任、それが渦巻いている。もう部下を調べにやることはやめて自分の眼で確かめよう。ムーアはそう決め、転舵と増速を命じた。


 ぶつかりそうにひしめく船団の間を縫って、ムーアは異常の有無を確かめてまわり、後落する船が傾いているのに気付いた。それでも何が原因かはまだ理解できていない。

 荷崩れかもしれないし、不意の浸水かもしれない。乗員を救助するにしても魚雷艇は便乗を許さぬほどに小さいのである。

 しかたない、まずは乗員の救出を優先しよう。ムーアはそう決めると、司令の乗る補給間に急いだ。


 急を告げられた補給艦は船団の先頭にいて、船団に追い立てられるように遥か先を航行している。急な運動は船団に無用な混乱を招くために大回りせざるをえなかった。そのために時間がたっぷりかかっていた。

 そしてムーアが現場に戻る途中、貨物船から離れた場所でポッと灯りがほのめいた。十秒ほどしてダン、そして、カンという音が伝わってきた。


「艇長、潜水艦が浮上して砲撃しています。距離、推定三千五百」

 前方見張りを続けている射撃手が叫んだ。


「停止。舐めたまねしやがって、痛い目みせてやる。ここから攻撃可能か?」

「魚雷では遠すぎます。しかし、火矢では効果のほどが……」

「かまうもんか、どうせチャチなブリキ缶だろうが。当てる自信はあるのか、ないのか。はっきりしろ!」

「当てますよ。怒鳴らなくてもいいでしょう」

 射撃手は上官に平気で口答えしながら照準をつけていた。


「よし、ここから勝手に撃て」

 ムーアは腕を組んで前方を睨みつけた。


 シュボッという音をたててミサイルが飛び出した。

 あたれ、あたれ。皆の想いを聞き届けず、ミサイルは艦橋の上を通り過ぎていった。

「ばかっ、へたくそ! ちゃんと狙え!」

「あんな低い目標ですよ、勘弁してくださいよ」


「やかましい! もっと下だ。喫水線の手前を狙え」

「喫水の下ですか? 水ですよ」

「かまわん。魚雷だ、空飛ぶ魚雷。魚雷が空中で爆発するか! やれ!」

「しりませんよ」

「うるさい! 潜水艦なんてのはな、水の中は巨体なんだ。どこかに当たる!」

 ムーアが喚きちらすのに音をあげた射撃手は、喫水線より五mほど手前に向けて第二弾を発射した。



 突如飛来した妙な物体に驚き、潜水艦では砲の防水を始めていた。その作業がすまないうちに再び飛来した物体は、艦の少し手前で派手な飛沫を上げ、一瞬後、水中で大きな爆発をおこした。すさまじい音響とともに艦体がビリビリ震える。

「機関停止、モーターに切り替え。前進半速。状況報告、損傷を調べろ。砲員戻りしだい潜れ」

 シュミットは各部に通達をだし、一刻も早く砲員が艦内に戻るのを待った。


「魚雷室異常なし」「機関室異常なし」「電池室異常なし」……

 各部から異常なしの報告が届いた。たしかにさきほどの衝撃は音ばかり大きく、艦がゆさぶられるほどひどくはなかった。とりあえず潜行して姿をくらますのが最善だろうとシュミットは判断した。


「空気残量六時間、電池六十パーセント。前部注水」

 ハンスは淡々と潜航指示をだしているが、艦が傾斜し、潜航を始める前にさきほどと同じ衝撃を二度受けている。各部からの報告は相変わらず異常なしばかりであった。

 しかし、何がおこったのかシュミットもハンスも正確にはつかんでいなかった。



 合計三度の水中爆発を確認したものの、効果があったのかなかったのか、潜水艦は水中に没してしまった。撃沈できなかったことに悔いは残るが、攻撃を受けた貨物船の救助が最優先である。幸いなことに補給艦が縄梯子を垂らして救助にあたっていた。

 破れた船腹からは、どす黒い煙をすかして炎が徐々に大きくなっている。すでに喫水が上がり、破孔に海水が迫っていた。


 その時は突然にきた。わずかに傾いて煙を噴き上げていた貨物船は、突然に傾斜を増すと一気に横倒しとなった。そして、あちこちから空気が抜けると共に徐々に沈み始め、やがて完全に沈没してしまった。


 一方の潜水艦もまったく似たような末路を辿っていた。

 急速潜航で海中に突っ込んだまではよかったのだが、水平に戻したとたんに横の吊り合いが狂ってしまったのである。吊り合いタンクへの移水で制御を試みたもののうまくゆかず、横の傾斜が増すばかりであった。窮余の一策、砲撃戦覚悟で浮上しようとタンクに圧縮空気を送り込んだのが間違いであった。

 ゴーっと音を立てて流れ込んだ空気は片舷のタンクに溜まるばかりで、もう一方のタンクからはゴボゴボと漏れ出てしまうのである。空気を入れたばかりに傾斜は急速に増し、横転寸前になってしまった。

 すでに操舵手は席からずり落ち、バルブ操作もできなくなってしまった。仮にタンクの空気を全部放出したところで、復元する保障はどこにもない。ましてやすべて閉鎖された区画の中がどうなっているか確かめるすべすら失っていた。そうさせたのは三発のミサイルである。いくら水中爆発で威力が減じられたとはいえ、ごく薄いタンク外板を破るくらいの芸当はしてのけたのであった。

 かくして潜水艦は浮力を得ることができなくなり、圧壊への一本道を辿るほかなかった。

 しかし潜水艦の運命を、おそらくムーアは死ぬまで知ることはない。




 ポーツマスで、ムーアたち魚雷艇隊は盛大に迎えられたのだが、取るに足りない補助艦艇の派遣ということで軍部では冷ややかな眼で見られてもいた。歓迎式典でも通り一遍の挨拶を交わす程度で、せめて巡洋艦の増援予定はないのかと明け透けに不満を口にする武官さえいた。いや、それが本音だったのだろう。一隻喰われたのだから反論できない事情もあった。


「ムーア大尉、よく来てくれた」

 よそよそしい式典を慰めてくれたのがスコット少佐である。彼はバルチック艦隊を打ち負かした日本の能力と気力、そして新技術をたかく買っていた。

「あなたはスコット大尉、お会いできて光栄です」

 スコットが本国の技師と同僚をひきつれて日本の兵器を見学にきてからの付き合いである。スコットは現実のみを見、些細なことにこだわらない将校であった。


「日本の技術を紹介したことを褒められて、少佐に昇進したよ。日本のおかげで少佐になったというわけだ。前と同じ、大尉として付き合ってくれ。ところで、せっかく来てくれたのに陰気な歓迎会になってしまった。すまないと思っている」

 日本人の敢闘精神や攻撃能力を知る者はほとんどいない。ましてや独自開発した未知の兵器を扱うことなど考えてもいない。いくら説明しても、未開の東洋人に開発能力があるなどと信じる者は、まったくといっていいほどいないのである。それが補助艦艇だけでやってきた。きっと泥棒猫に違いないとしか思えないのであった。その意味からすれば、スコットは異端児である。

「心配するな。日本で教えられた同僚や技師もお前たちを信じている。会いたがってたぞ」

 スコットの心遣いがムーアには嬉しく、フッと顔をほころばせた。


「しかし、貨物船を守れなかった。俺が間違えさえしなければむざむざ喰われなかった」

「なにを言う。あの船団なら三隻や五隻の犠牲はつきものだ。多いときなら十隻沈められることだってある。大成功だ」

「ところで、頼みがあるんだが、……手をかしてもらえないか」

「言ってみろ」

「もっと馬力のある機関がほしい。もっと速く走れたら一隻も沈めずにすんだかもしれない。潜水艦を沈められたかもしれない。だからなるべく馬力のある小型機関がほしい」

「よし、技師に連絡してやる。他はないか?」

「プロペラを試作してほしい。もっと径を大きくして、羽根の数を増やしたい」

「何か意味があるのか?」

「なにもない。ただ、プロペラが回りやすくならないかと思っただけだ」

「なんだ、理論的裏づけはないのか」

「それが俺たちのやりかただ。理屈を考える前に試してみる。だめなら元に戻すだけだ」


「それはそうと、土産はなんだ? また奇妙な兵器を作ったのではないのか?」

「それなんだが、イギリス以外には知られないように厳命されている」

「アメリカも共同作戦にあたるが、どうする?」

「上から申し入れがあると思う。それより妙なことに気付いてな。明日時間をとれないか?」

「時間?」

「魚雷艇を一隻貸してくれ。体験すればわかる」


 ムーアの気付いたことを体験させるための実験が始まった。

 港外に出て順次速度を上げながら並走するだけの簡単な実験である。全速で五分走り、スコットが船を乗り換えて同様に港へ戻るだけである。いったいどんな意味があるのかスコットには見当がつかなかった。


 港外に出た二艇は、波に向かって速度を上げた。

 ゆったりとした上下動がおさまると、船首が微動だにしなくなる瞬間がある。更に速度があがると波の上で飛び跳ねるように激しい上下動が始まった。

 沖合いで船を移ったスコットは、すぐにムーアの言う意味を悟った。さっきまでは何かに掴まらねば立っていられなかったのに、日本の船は穏やかにうねるだけでどんどん速度を増している。全速になると船体が持ち上がったためか波の圧力が強くなりはしたが、それでも飛び跳ねることはなく、それは船体を叩く音にも現れていた。


「ムーア、昼からもう一度実験してくれ。今のと引き換えにエンジンを手に入れることができるかもしれん」

 スコットは、ムーアの了解をとりつけると技師に連絡し、司令官にも同乗してもらうよう駆けずり回ったのである。


「ムーア、教えてくれ。どうしてこんなに安定して航行できるかを」

 スコットは興奮してまくしたてていた。もしかすると大型艦にも採用できる技術かもしれないのである。上下動を抑えることができれば命中精度を上げられる。左右の揺れは艦底に設置した翼により無視できるまでに収まっているので、上下動さえ制御できれば陸上砲台のようになるはずである。


「それがなぜかわからないんだ。なにも特別な改修は受けていないし……」

 ムーアはすまなそうにスコットを見つめた。


「それでは私から質問させてください。以前と違う改修を施したのは?」

 造船技師なのか、白衣を着た男が発言した。

「以前と違うといえば、船底の翼を取替えました。元は水平の翼が取り付けてあったのですが、どうも安定が悪い。少し横から力がかかると安定がくずれるので、それを防ぐ目的で斜めの翼に取替えました。だから肘を張っているような格好になってしまったのです」「その時はどうでした?」

「いつもと同じでしたよ。舌を噛むくらいバタバタしていましたから」

「そのほかの改修は?」

「特に何もありません」

「……妙ですね、何も改修しないのに性格がかわるなんてありえませんから」

「そういえば、イギリス派遣が決まって兵器の交換をしました。兵器といっても魚雷しかありませんが、肉薄攻撃が当たり前の魚雷艇には普通の魚雷など必要ありません。短距離を走ってくれればよいのでそれなりに小さくして、無理に四本搭載したのです。しかし、たった四本ですよ。もう搭載できないかということで、無理を頼んで船首に一本搭載できるようにしました。万一浮遊物で信管を叩かないようにカバーを取り付けてあります」

「船首にカバー?」

「はい、喫水線下にヌッと飛び出しています。なんとも不細工ですよ」

「わかりました。……それが原因かもしれませんね。早速模型で実験してみましょう」


「司令官にお願いがあります」

 技師の質問が終わったところでスコットが意外な発言をした。

「なにかね、スコット少佐」

「実は、ムーア大尉は貨物船を守れなかったことを気に病んでいます。もっと高出力なエンジンがあれば一隻も犠牲を出さなかったと悩んでいます。日本の魚雷艇に高出力エンジンを提供いただけないでしょうか。彼らなら戦艦だって静める能力があります。どうかお願いします」

「手頃なのが一基あります。よければ用立ててもけっこうです。作業は三日ほどあれば十分です」

 なにを思ったか、技師が司令官に同意を求めた。


「いいだろう、許可する。期待せずに待っていることにしよう」

「もう一つお願いがあります。魚雷艇同士の襲撃演習をさせてください。もちろん司令官も同乗していただきたいのです。そうすれば彼らの実力を理解していただけます」

 スコットは不適な面構えをしていた。挑戦的な眼差しを司令官に向けている。それは、艦隊勤務一筋の司令官に対するプライドの挑戦であった。特に決闘を尊ぶ司令官を味方につける賭けでもあった。



「いかがでしたか、司令官。彼らの実力では不合格ですか?」

 善は急げで行われた襲撃演習。桟橋をよろめく足でしばし棒立ちになっている司令官にスコットが尋ねた。足をガクガクさせていることなど気遣いもしない。つまらぬ気遣いでプライドを損なうことはままある。せっかくの目論見をふいにしないためにあえて無視をしているのである。

「スコット少佐、今までのことはあやまる。かれらは強い、優秀だ。貨物船護衛ではもったいない。すぐにエンジンを調達しろ。最高のエンジンをえらべ。それと、他に改修の希望があれば叶えてやれ。真っ先にやれ」

 司令官は苦笑いをうかべ、ムーアに対して挙手の礼をとった。あわててムーアも敬礼すると、司令官はじっとそのまま動かない。


「ムーア大尉、今まで疑っていたことを許してほしい。嫌な思いをさせてしまった。君たちは素晴らしい艦隊だ。先におろしたまえ」

「司令官こそ」

「命令だ、先におろしたまえ」

 司令官の万感の想いをこめた命令であった。



 補給艦からおろされた木箱を囲んだ機密会議が終盤にさしかかっていた。その大部分はミサイルである。距離と目標により種類分けされ、弾頭によっても種類が分かれている。

 ただ、弾頭部分はどれにも取替えられるようになっていた。

 特に秀逸なのは、貫徹弾と命名された弾頭で、爆発の際の熱を一点に収束させるような形状をしている。携行できるほどの小型弾頭でも分厚い鉄板に孔を明け、高熱を吹き込む効果がある。艦橋内部を焼き尽くすことで統一指揮を阻止するのが狙いで開発された。船種を問わず搭載できることから、自衛用に備えられる利点がある。

 小型艦艇に搭載すれば、肉薄攻撃とあいまって主力兵器となりうる性格のものである。

 ほかには、榴弾として使える携行式ミサイルもぎっしり詰まっていた。

 その取り扱いや製造方法を説明し、一切の資料とともに託すことで最重要課題は完遂した。

 とはいえ、アメリカにその情報が洩れ伝わる心配が拭えない。輸送にあたっただけの者はさておき、駐英武官はそればかりを気にしていた。


 事務手続きが完了し、イギリス政府の手配でささやかな夕食となった。

「申し訳ないが、少し中座させていただきます」

 派遣艦隊司令が静かに席を立った。

 スープが配られ、前菜が配られ、賑やかな会話のうちに次々と料理が運ばれてくる。そして、食後の紅茶が運ばれても司令は席に戻らなかった。


 方々を探していた給仕が血相変えて飛び込んできた。

「お客様が大変です」

 給仕は青い顔で震えだした。

「大変だけではわからない。しっかり説明したまえ」

「はい。お客様が会議室で……。血の海です」

 給仕はかろうじてそれだけ言った。

 全員が立ち上がる中で、日本の将校はおのれの迂闊さを悔いながら眼を見合わせていた。



 会議室の奥まった隅で、司令は壁に向かって伏していた。血の広がるのを防ぐためか、テーブルシーツを敷いた上である。机の上には丁寧にたたんだ上着と軍帽。そして書付が並べられていた。


「これはいったい……」

「なぜこのようなことを……」

 イギリス人には司令の自殺がどうしても理解できない。


「もっと気を配るべきでした。彼は貨物船を失った責任を重く感じていたのです。部下が責任を感じているとも言っていました。きっと部下の命を救うために自害したのでしょう。」

「それには何が書いてあるのですか?」

「……」

「読んでください。私たちにも責任があるかもしれない」

「……ようするに、大切な物資と船を守るのが彼の任務でした。それをまもれず、犠牲者もだしたことを死んでお詫びするということです。部下はできるかぎりのことをしたから許してやってほしいそうです」

「なぜ死ぬのですか。死んでも何も解決しないのに」

「これが武士の作法です。武士は守るために存在します。守れなかったら死をもって詫びるのが武士です。参謀、本日より司令代理を命ずる。司令代理に命令。司令が切腹したことを伝えよ、別名あるまで何人たりとも切腹はゆるさん!」

 叫ぶように命令を下すと、長い間敬礼をし続けた。



 司令の葬儀をはさんでムーアの乗艇から機関が撤去され、最新型の機関に換装された。ついでにプロペラも取り外され、大直径のプロペラが取り付けられた。これまでの三枚ペラから七枚になり、少しは抵抗が減ったのではと期待できるのだが、プロペラが船底に接触するためにシャフト工事も必要であった。

 その試運転をすることになり、スコットも伴走で仕上がりを確かめることになっていた。


 港外に出て、いよいよ速度試験が始まった。

「半速、進路このまま」

 ムーアは慎重に機関を解放させてゆく。速度計がジリジリ周り、十五ノットに達した。


「これが半速か? 開きすぎということはないか?」

「半速です。加速がいいですね」

「よし、ゆっくり強速にしてみろ。ゆっくりだぞ」

 よほど馬力が違うのか、素直に速度が上がってゆく。これまでの最高速度、三十ノットを超えて、まだ速度が上がり続けた。そして、三十五ノットを超えるとともに経験したことがないほど船体が持ち上がってきた。


「艇長、こんなに持ち上がったのは初めてです。どうしますか?」

「どうだ、まだ速度があがりそうか?」

「きっと上がりますよ。水の抵抗がずいぶん減りましたから」

「よし、もう少しやってみろ」

 操舵手の言うとおり、舷側をはねる水しぶきがずいぶん減っていた。そして速度計はまだ回り続けている。


「艇長、すごいです。四十ノットですよ」

 操舵手は興奮して叫んでいた。

 次の瞬間、船体が完全に水面を切り、船体を叩く水音が消えた。そしてさらに勢いよく速度計が動き続けていた。


「艇長!」

「浮いた……のか? まさか、浮いてるのか?」

「水の上を走っています。全速試験をします」

 機関が狂ったように回る音だけが響いてくる。前方の波はいつの間にか縮緬皺のように瞬間に飛び去っていた。速度計は五十五ノットで震えていた。



 スコットは、日本の魚雷艇が空中に躍り出た瞬間をはっきり目撃した。操舵室の全員と、見張りもはっきりと確認している。

 最初こそ並走していたのだが、やがて後落しはじめ、全速を出しても距離が開いてゆくのに感心していたら、スーッと船体が浮き上がり、より勢いよく離されてしまったのである。スコットの艇は三十ノットに達していた。


 信じられない光景であった。何度眼をこすってもありありと見える、まぎれもない事実であった。あんな魚雷艇にかかったらどんな俊足の艦艇でも亀のようにノロマに見えるだろう。

 あんな速度で突入されたら砲撃なんかで阻止できるものではない。

 彼らはこうして思いつきを試しながら進歩してきたのだ。いや、恐れ入った。すぐに技師に話そう。すっかり彼らの理解者になった司令官にも報告しよう。

 それがスコットの結論だった。



 スコットの報告により司令部は大混乱に陥っていた。理性的な者は、船が空中を走ったというのを絵空事と切り捨てる。一方で、スコットの報告に興味を示す者もいる。議論にならない議論の末に、公開実験ということで落ち着いた。

 スコットがムーアに実験をたのむと、ムーアは難色を示し、条件をつけてきた。アメリカに知られないことがその条件である。日本とアメリカには国交がないこともある。さらに、アメリカ人は野蛮だという言い伝えを彼らは信じているのである。


 司令官の判断で船団を組み、はるか水平線のかなたで行った公開実験により、イギリス海軍は新たな技術を導入することになった。喫水線下に安定翼と姿勢制御翼を設けることと、横方向専用のプロペラを設けること。更に球状突起を船首に設け、推進プロペラを改造することである。

 日本の提唱した、艦橋を主目標とする攻撃法も取り入れることになった。

 そのすべては軍極秘とされ、同盟関係にあったアメリカにも知られないようにすることが決定された。

 その礼として、魚雷艇隊には最新式の機関のほかに、小型無線電話が贈られた。


 第一次大戦において、ドイツが海上戦力を失うきっかけとなったのは、日本の攻撃兵器と、日本式敢闘精神であった。

 そして、戦後処理では日本の貢献をたかく評価し、戦時賠償としてマリアナ諸島の移管が決定された。

 ただし、日本の台頭を嫌ったアメリカは難色を示し、グァムを領有したのである。



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